「こどものきもち」vol.6 キム・ソンへ
「悩みがなかった子どもの頃に戻りたい」なんて台詞をよく聞くけれど、子ども時代にも悩みはもちろんあったのを大人になって忘れているだけだと思う。小さいながらにプライドも心配かけたくないという想いもあって、誰にも相談できないこともあるかもしれない。子どもに笑顔で過ごしてもらうにはどうしたらいいのか。全6回にわたり、子どもを持つ親であるクリエイターに登場してもらい、日頃どんな風に子どもと接しているか、親子関係で大切にしていることなどを語ってもらう本連載。最終回となる今回は、シャンデリアアーティストのキム・ソンへが登場。三人の子どもを育てながら数々の作品を発表し、今年でデビュー10周年を迎える彼女。多忙な日々のなか、仕事と家庭の両立、そして子どもたちとどう向き合きあっているか、改めて話を聞いた。
――今年でデビュー10周年ですね。
キム・ソンへ「2005年に独立して、今年で10年目になります。もともとファッションの世界にいて、デザインの専門学校を卒業した後は、アルバイトをしたり、ノゾミイシグロで働いたりしてました。2006年にroomsに初出展したのが自分にとってのデビューです。シャンデリアを作りはじめたのはほとんど思いつきでした。ノゾミさんの演出を手がけていた男性が石でシャンデリア作っていたんですけど、その作品があまりに衝撃的で、自分でも作ってみようと思ったのがはじまりです。たまたまぬいぐるみが沢山あったので、最初の頃は手持ちの廃材で作ってました。それからどんどんコラボが多くなって、既成の素材も使うようになったり……。
今年の11月にラフォーレミュージアムで個展を開きます。同時に、作品集も出す予定。作品集は去年からずっと作っていて、ちょうど個展も決まったことだし、タイミングもいいということで合わせて出すことになりました。私にとっては初ブックです。個展も作品集も10周年のいい記念になりそうです」
――アーティストとして活躍する傍ら、三人の子どものお母さんとしての顔も持つキム・ソンへさん。子どもを生んで何か変わったことはありますか?
キム・ソンへ「一人目が産まれたのはデビューから3年後のこと。“子どもを育てていかなきゃいけない!”っていう本能的な何かが働いたのか、子どもを生んでからすごく保守的になっていた時期がありました。それまで何も考えずに作っていたのが、“こういう風にした方が売れるかな?”っなんて、ヘンにあれこれ考えるようになっちゃった。保守的な要素が入ってきたことで、思うように作品が作れなくなっていったというか。何だか面白くないなって思いながら、ひとり悶々としてました。
あとシブカル祭が出てきたり、きゃりーぱみゅぱみゅの世界観を見た時に、本質は違うんだけど、同じようなことを自分より大規模にやってるひとたちがいるという焦りが出て。私はどうしたらいいんだろうと……。
その時は無理して人と並ぼうとしたり、負けたくないって思ったり、どこか子どもっぽいところがあった。でも最近やっとそういうものから解放されたというか、もう少し自由に、人の目を気にせずに作ってみようというところに戻ってこれた。ずっと悶々としてたけど、それが世の中の評価を気にしてのことだと気づいて、自分でも“どうしようもないな”って思ったんです。今はもう少し余裕を持って作品を作れる気がするし、精神的にもかなりいい状態だと思います。いろいろ悩んだ時期もありましたけど、すごくラクになりました。きっと私、10年周期なんですね。10年経って気づいて、また原点に戻ってきた感じです」
――精神的に解放されたきっかけは何だったのでしょう?
キム・ソンへ「個展が決まったことで、これで何か違う道が開けるかなって思えました。それで、やっと本当の自分に戻れた気がします。あと、三人目の子供を生んだことも大きかったですね。妊娠中って世間に追いていかれる感じがしちゃうので、周りにはギリギリまで内緒にして、普通に仕事をしてました。三人ともそうだったんですけど、幸いなことに私はつわりが全くなくて、妊娠中も平気で動けてしまうんです。だから、余計に仕事がしたいって思っちゃう。生まれる前もそうだったけど、生まれてからもすごく元気で、病室まで歩いていけるくらい。ところが3人目のとき、生んですぐ働き出したら、産後の肥立ちがすごく悪くて。身体がボロボロになっちゃって、ここまでして仕事をする必要があるのかなって思ったんですよね」
――身体を壊してはじめて気付くものがあったという……。
キム・ソンへ「というのも出産直後に出展した展示で、思ったほどリアクションがなくて“ここまで命削ってやったのに!”ってショックがかなり大きかったんです。そのとき、自分は母親なのに、子どもがお腹にいるのなんて一瞬なのに、何をやってるだろうって気付かされた。仕事も子育てもどっちもやりたいっていう気持ちはどうしようもないけれど、だからといって子どもを犠牲にしてはいけないし、子ども以上のものはないってことに気づけたというか。それまでは、子どもは欲しい、でも仕事も沢山したいって感じだった。だけど、子ども優先に考えてあげたいって、やっと思えるようになりました。結果として、創作スタイルを見直すいいきっかけにもなりました」
――最近は作品のテイストも変わってきたように感じます。全体の色も変わりましたよね。
キム・ソンへ「悩んでいた頃は感覚だけで作っていた部分がありました。だけど感覚だけではなくて、“どうしてこれを作るのか?”とひとつひとつ考えながら創作するようになった。他のアーティストさんたちを見ていると、コンセプトがしっかりあって、いろいろ考えながら創作してますよね。いまさらですけど、私もようやくそこに気付いた。昔と比べると、確かに作品の色合いも薄くなってきてるかもしれない。グロイ感じは子どもと一緒に流れていっちゃったのかも(笑)。自分では意識はしてなかったけど、最近はちょっと雰囲気もほっこりしてますもんね」
――子育てと仕事はどのように両立していますか? 普段の生活スタイルを教えてください。
キム・ソンへ「まず朝子どもを送り出してから、自宅で制作したり、打ち合わせがある日は外出したり。でも子どもたちが帰って来ると、本当に何もできなくなっちゃう。よっぽど急ぎの仕事があるときは、お婆ちゃんにお願いして来てもらうこともあります。上の子はだいぶ手がかからなくなってきたけれど、下は赤ちゃんなので、まだまだ先は長いですね。
昔は明け方まで飲んで、昼まで寝て、また飲んで……、の繰り返し。ずっと飲み続けてたから、“一体いつ制作してたんだろう?”って自分でも不思議なくらい(笑)。だけど今は、たいてい子どもたちと一緒に寝ちゃいます。早いときは22時くらいに寝てるから、自然と朝起きるのが早くなって、人間らしい生活になりました。子どもがいると、どうしても次の日のことを考えてしまうので、お酒の量もかなり減りました。作品のトーンが変わったのも、朝陽にあたるようになったからかも。こういう生活をしていれば、やっぱりグロテスクな要素は減りますよね(笑)」
――子どもたちはお母さんの仕事をどう受け止めていますか?
キム・ソンへ「上の子は私に似たのか、毎日のように何かしら作っています。なかなか器用で、最近は“やるじゃん!”ってびっくりするような出来の作品を作ったりすることも。それを私が勝手に作品に使ってみたり、売っちゃったり(笑)。この前は葉っぱを接着剤でくっつけてオブジェを作ってました。こういうのがいっぱいあったらいいな、どんどん作ってもらおうかなと思って(笑)。物作りという意味では、上の子が一番受け継いでる感じですね。真ん中の子は残念ながら興味がないらしく、今は仮面ライダーに夢中です(笑)」
――母娘のコラボ作品ができそうですね。
キム・ソンヘ「そうですね。これからはもっと生活に基づいた作品を作って、それを撮影して残していきたいと思っています。今度出す作品集もそういう感じで、母校で撮影したり、銭湯で撮影したりと、いろいろ新しいことにチャレンジしています。何でもないところにいきなり作品を置いて、“何なんだコレは?”みたいな違和感と、同時にちょっと笑える感じを出したくて。本当はゲリラ的に公共の場に作品を置いてみたりと、笑える仕掛けができたらいいなと思ってるんですけど……。ずっとやりたいとは思ってたけれど、でも現実的にできてなかった。最近は、そろそろやってみようかなって余裕が出てきたのかもしれません。アートとしてみんなに楽しんでもらえたらなっていう想いと、何でもやれるんじゃないかなって気持ちがふつふつと沸いてるのを感じています」
撮影 吉場正和/photo Masakazu Yoshiba
映像 山本雅映/movie Masateru Yamamoto
取材 桑原亮子/interview Ryoko Kuwahara
文 小野寺悦子/text Etsuko Onodera
キム・ソンへ/ シャンデリアアーティスト
1982年東京生まれ。織田デザイン専門学校卒業後、デザイン活動を開始。2005年、セレクトショップ「Loveless」に展示したシャンデリア作品が注目を集める。以降、ぬいぐるみやアメリカン・トイなど既成のアイテムをコラージュする手法を用いた制作を中心に、ショップ空間のディスプレイなども数多く手掛ける。「ジャンク・コラージュ」とでも表現できるそれらの作品は、ごちゃごちゃのようでいて奇妙なバランスで統合されており、イノセントな感覚を観る側に呼び起こす。2009年にはサンフランシスコやソウルの美術館などで作品を展示。最近は達磨や招き猫、熊手といった縁起物に注目し、多幸感あふれる作品を発表している。
シャンデリアアーティスト キム・ソンヘの最新作を含む大規模個展が開催決定。同タイミングで初の作品集もリリース。
kimsonghe exhibition 2015 《Trophy》
キム・ソンヘ展 「トロフィー」
会期:2015年11月6日(金)~11月15日(日) ※10日間/無休
11時~21時
会場:ラフォーレミュージアム原宿
入場料:無料
問:ラフォーレ原宿 03-3475-0411
都市で暮らす女性のためのカルチャーWebマガジン。最新ファッションや映画、音楽、 占いなど、創作を刺激する情報を発信。アーティスト連載も多数。
ウェブサイト: http://www.neol.jp/
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。