「ともに上を向いてがんばろう」震災から立ち上がる塩竈の青年たち
宮城県塩竈市。宮城県のほぼ中央に位置する人口5万6千人ほどの港町。2011年3月11日に発生した東日本大地震による被災地の一つだ。日本有数のマグロの水揚げ高を誇る港町であったが、震災の影響で見る影もない。沿岸部の家屋は200戸以上が浸水の被害に遭い、未だ1000人以上が避難生活を余儀なくされている。そんな中、地元青年団を中心とした活動が疲弊した町に希望を与えている。
「手と手を合わせ助け合いながら、ともに上を向いてがんばろう」。こう発言するのは塩竈青年会議所理事長の鈴木貴資(あつし)さん。震災にあった当日から町の復興のために尽力してきた。鈴木さんを中心とした地元青年団は、交通整理、炊き出し、瓦礫の撤去などのボランティア活動に奔走している。未だ多くの被災地ではボランティアの受け入れ態勢が整っていない。そのため、多くの被災地では、鈴木さんのように現地の人間が救援活動に励んでいる。
鈴木さんは仲間とともに3月20日正午頃、塩竈保健センター前の広場で炊き出しを始めた。「これから保健所前で炊き出しを始めます。お茶碗とお箸をご持参のうえ、お越しください」と拡声器で呼びかけると、瓦礫が散乱する路地から被災者が集まり始めた。通信手段が制限されているにも関わらず、口コミで人は集まり、用意していたおにぎりや豚汁は見る間に減っていった。「ごちそうさまでした」「感謝しています」などの声に頭を下げて答える鈴木さん。炊き出しをする理由について訊ねると「みんなに食べてもらって、元気をつけて復興を目指す。そういう思いで(炊き出しを)している」と笑顔で答えた。
■ 「空洞化」する被災地
少しずつ復興への光明が見え始めているが、未だ先行きは不透明。「今、一番必要なものは何か」との問いに対して、鈴木さんは「とにかく全てが足りない。物資が来てもガソリンがないから、輸送するための車が動かせないし、断水しているので水も足りない。炊き出しをするための材料も不足している」と語った。
鈴木さんは塩竈市が「空洞化している」と指摘する。「これ(支援物資)は全国の(日本青年会議所の)仲間から送ってもらった物。役所に問い合わせても、食材も何も出してくれない。ここ(塩竈市)は被災地だけど空洞化している」と語った。鈴木さんは続けて、「町にまだ建物が残っているから。町がまるごと飲み込まれた南三陸の志津川などに、全部(救助要員や支援物資が)集中している」と、その原因を説明した。
塩竈市の総務部長は食料支援について「町内会を通じて要請された場合は食料と水を届けているが、個別となると難しい。災害復旧と避難民の対応があり、(個別の食糧支援まで)手は行き届かない」と説明している。
なお、この記事の内容はショートドキュメンタリー化されており、以下から視聴できる。
【関連サイト】
社団法人塩釜青年会議所 公式サイト
塩竈市のホームページ 公式サイト
(三好尚紀、水田昌男)
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