郷土の町立探偵ユニット〈竿竹室士〉が行く!

郷土の町立探偵ユニット〈竿竹室士〉が行く!

 仕事半分、趣味半分で徒歩旅行をよくやる。旧街道をとぼとぼ歩いていきながら感じるのは、日本はあちこちに神の居ます国だなということだ。至るところに村社、郷社を見かける。集会所はしばしば神社と隣接している。小さな祠もまるで道標のように建っている。「神さん」はごく身近な存在なのだ。

 そんなことを考えながら小川一水『美森まんじゃしろのサオリさん』(光文社)を読んだ。

—-G県豊来郡美森町。日本の国土の端の端というわけではないが、ど真ん中に位置してもおらず、新幹線も飛行機も高速道路も素通りしてしまう。めぼしい繁華街も教育施設もレジャーランドもなく、人の動きは常に控えめで、地場のお茶だけがちょっとおいしい。
 虚飾なく言ってしまうなら、特徴のない中山間の過疎地である。(「美森まんじゃしろの姫隠し」)。

 まんじゃしろとは卍社、平成の大合併で町に成る前の美森村の中心となっていた神社である。そこには美森さまという神様が祀られており、それにまつわるさまざまな民俗・伝承が残されている。

 本書の語り手である岩室猛志は、この美森さまをこよなく愛する地元出身の貫行詐織と〈竿竹室士〉というユニットを組んでいる。猛志は都会の生まれだが、亡くなった祖母が美森に住んでいた。その家を空いたままにしておくこともできず、大学受験に失敗して浮いた立場になっていた猛志に白羽の矢が立てられたのである。とりあえず何でも屋を開業した彼は、大学生のはずなのに通う様子もなく地元でぶらぶらしている詐織と出会った。そしてなし崩しに美森の治安を守る町立探偵としてデビューすることになったのである。風貌が怖くて周囲の人から一目置かれる猛志が探偵、詐織がその助手という役回りだ。もちろん、実際の作業分担はその通りではない。

 第1話の「まんじゃしろのふしみさん」は、病で亡くなったはずの老婆が出歩いていた、という不思議な事件を扱っている。第2話の「いおり童子とこむら返し」は、身許不明の男の子がいるはずのない家に出現したという発端だ。ふしみさんとは死人を動かす悪戯をする「伏見さん」、いおり童子は「庵リ童子」で、杣人が留守の間に上がりこんでその小屋を使うという。それぞれ美森さまのお使いとされる存在だ。このように、美森卍社の伝承に沿った不思議が起き、それを竿竹室士の二人が解決するというのが話の定型となっている。そこに絡められているのが現行の少し先を言っているテクノロジーで「ちょっと不思議」と「ちょっと未来」がほどよく配分された設定が読んでいて心地いい。

 探偵役2人の人物配置もおもしろく、地元出身ではないだけに美森の暮らしについてはまだまだ知らないことがある猛志と、心からこの地を愛しているらしい詐織の立ち位置が次第に変化していくところが一つの読みどころになっている。貫行詐織は、外見はゆるふわだが内心は鋭い刃物のような物の考え方をしている掴みどころのないキャラクターだ。その彼女についてもっと知りたいという猛志の思いがいつしか読者にも伝染し、そのことによって彼女が何を考えて美森の地を守ろうとしているのか、という問いが物語の主題として浮上してくる。そこで明らかにされるのは、〈郷土〉についてのある普遍的な思いである。

 美森はいわゆる限界集落寸前の町だ。負の意味で語られることの多いこの言葉に作者は光を当てなおし、そこに住む人の思いはいかなるものかということを描いていく。ミステリーであると同時に、人がふるさとに対して抱く原風景についての小説にもなっているのだ。おお、これは正しい民俗学小説ではないか。

 小川は『第六大陸』などの作品で幾度も星雲賞に輝いており、SFのイメージが強い作家だ。しかし『煙突の上にハイヒール』『トネイロ会の非殺人事件』(ともに光文社文庫)などのミステリーの著作も多く、隠れたトリックメイカーでもある。本書に描かれた懐かしい風景に魅せられた人は、ぜひ他の作品も試してみていただきたい。

(杉江松恋)

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