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たった6年前まで「日本でiPhoneは流行らない」と言われていた事実から学ぶこと 未来予測の難しさ、想像力の限界(未来を探求するブログ)

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今回はYuki Hosonoさんのブログ『未来を探求するブログ』からご寄稿いただきました。

たった6年前まで「日本でiPhoneは流行らない」と言われていた事実から学ぶこと 未来予測の難しさ、想像力の限界(未来を探求するブログ)

今となっては日本人の多くがスマートフォンを持っている。そして、シェアの多くをiPhoneが占めることになった。かつてはITに精通していたり、ビジネス寄りのユーザがアーリーアダプターとなって購入するケースが多かったが、もはやとうにキャズムを超え、広く流通しているのは周知の事実だ。

マジョリティとなったiPhoneも、かつては「絶対に流行らない」と言われていた。「将来、女子高生が好んでiPhone持つようになるよ」と語ってもどれだけの人がイメージできたのだろうか。

考えるきっかけは6年前のこの記事。iPhone3Gが発売されて少し経った段階だ。

「iPhoneが売れていない、という印象を植え付けようとするどこかの誰かさん、にもの申す」 2009年03月01日 『オルタナティブ・ブログ』
http://blogs.itmedia.co.jp/speedfeed/2009/03/iphone-dc01.html

著者の小川浩さんはこう書いている。

日本のケータイは確かに良く出来ている。しかし、ことインターネットを使う、ということについては偽物だ。ケータイのWebは湖のようなものであり、iPhone(と、それに続く挑戦者達)のWebは大海そのものなのである。
僕たちは湖で泳がされていたが、iPhoneによって本物の海にいつでもアクセスできることを知ったら、もう戻れない。もちろん海より湖が好きな人もいるだろう。しかし、海の良さを知ることを邪魔するのは止めるべきだ。

実はこれ、記事本文よりもコメント欄のほうがが示唆に富んでいて面白い。

iPhone反対派の意見

iPhoneでなければ受けられないサービスなんてごくごく少数だし、ブラックベリーに至っては… 反対に、特定のキャリアの携帯じゃないと受けられないサービスは山ほどあります。「ガラパゴス」なりに「進化」しちゃったんですよ。

実際に売れているか売れていないかはわからないが、間違いなくiPhoneは日本市場において、重大な欠陥製品であると言わざるを得ない。 正直ものすごくかっこいいし、魅力的だが、おサイフケータイが使えないという一点において選択肢から外れてしまう。

「慣れたもの」があるところに「慣れないもの」が割り込むわけですから、「慣れたもの」をさらに良くする方向にすべきですし、「慣れないもの」をすんなり受け入れられるようにするのが筋でしょう。

iPhoneを電話だと思うと不便すぎ、物理的に大きすぎて、小さいPCだと思うと今度は制限の多さに絶望させられます。なんでこんな中途半端な代物をありがたがるのか、全く理解できません。

いわゆるガラケー文化は根強かったようで、おサイフケータイがないと嫌とか、赤外線通信できない、メールが貧弱…などの理由があったように思う。このコメント欄にはないけれど、ストラップが付けられないと到底若い女子には受け入れられないだろう、とも言われていた。

事実、iPhoneが発売されたばかりの頃は海外に比べて売り上げが芳しくなかったようで、各所から驚きと安堵の声が上がっていた。

「iPhone不振は「想定内」とKDDI小野寺社長 「スマートフォンよりケータイの方が使いやすい」」 2008年09月17日 『ITmediaニュース』
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0809/17/news089.html

一方で、iPhoneを肯定する意見があったことも紹介したい。

iPhone肯定派の意見

日本のケータイで出来ることは、単にPCで出来ることを格キャリアがアレンジした子供だまし/フェイクでしかありません。SMSしかり、メールしかり、住所録のシンクロ etc..全てをPC環境(世界的に標準の環境)で統一してくれればどれだけ便利で効率が良いか

なにをどういったところでもう3~4年もすればiPhoneが席巻してますって。iPodと同じ道を歩んでるんですよ。要は、単に今の日本の携帯に「慣れた」だけ。そしてiPhoneに対しては「自分が慣れてない」ってだけであれこれ理屈をこねくり回してるだけ。みっともない行為です。まあ、それも3~4年もすればそんなことも「都合良く忘れて」iPhoneとか似たようなデバイス使ってるんでしょうけど。笑

ワープロ専用機がパソコンに駆逐され、PC-9801がDOS/Vに駆逐され、MDとかウォークマンとかもがiPodの前に瀕死の状態です。一度は繁栄した日本独自規格が国際標準規格の前にあっけなく消え去っていた事例がこれほどありながら、日本の携帯業界に危機感とかはないのでしょうかね。私はこれでも愛国者のつもりなので、今の事態を深く憂れいています。頭からiPhoneを否定してるばかりでは日本の未来は暗いです。ほんと、このままじゃヤバイですよ。

どちらが未来を言い当てているかは言わずもがなだ。iPhoneは見事にガラケー文化をぶち壊してしまった。

未来予測の難しさと、想像力の限界と

iPhoneは流行った。マジョリティ層まで、見事に行き渡った。
ここから学ぶことは何なのだろうか。

iPhone肯定派の意見に「お前らはガラケーに慣れているだけ」というのがある。ひとつはこれ。
人間は完全な客観性を獲得することなんてできないし、所詮は感覚的な生き物だから、なんとなく嫌だな…と思ったことをベースにそこからロジックを組み立てる。

優れている・劣っているという評価を、「慣れ」から引き離して客観的に観察しないと見間違うことになる、という教訓が得られそうだ。

次に、赤外線通信やストラップについて。「これがないと流行らねえよ」と言われていたにもかかわらず流行ったのはなぜなのか。

ユーザは赤外線通信自体に目的意識があったわけではなく、友人と連絡先を交換したかっただけだ。携帯メール文化が盛んだったことや、友人もみな赤外線通信できる、といった背景を考えると、周囲の環境要因も絡んでいると思われる。今となっては赤外線通信なんてする必要がない。LINEの台頭の影響もあるかもしれない。

ストラップは、「かわいくしたい」「自分らしさを体現したい」という目的はそのままに、iPhoneケースにとってかわられた。

今でも何かの製品に対して「●●がないからダメ」といった意見はあるけれど、その機能が提供している「価値」を見極め、代替できてしまえば「決してダメではない」ことになる。

最後に環境の変化だ。ユーザを取り巻く環境自体の変化も見逃せない。

こういった歴史を眺めてみると、当時の社会がいかにプロダクトを批評し受け入れるかが分かってくる。
未来を見通すことは難しいけれど、数年後どうなっているか見通す「想像力」を得るためにはなにかコツがあるのではないか、とも思えてくる。

5年後、いったいどんなプロダクトが市場を席巻しているだろうか。

執筆: この記事はYuki Hosonoさんのブログ『未来を探求するブログ』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2015年06月05日時点のものです。

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