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キャラの立った科学的ミステリと思いきや、吃驚仰天のクライマックス

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 なんと「音響SF」。音楽SFはこれまでも書かれているが、オキシタケヒコが試みるのはそれと似て非なる新領域である。わざわざ新領域と言ったのは、本書が目新しいアイデアだけではなく、世界認識そのものを提示しているからだ。人間はおもに五感を媒介して世界とつながっている。ところが、そのつながりが言語化される際、視覚情報へ大きく偏る。では、聴覚を通して知る世界とはどんなものだろう。

 本書は四篇の連作からなる。その開幕篇「エコーの中でもう一度」には、失った視力を補うため聴覚による世界認識を発達させた花倉加世子が登場する。彼女はコウモリやイルカと同じように、音波の反響で位置を測定し形を知覚する。この反響定位(エコーロケーション)は記憶と連動し、視力をなくす前に録音した町の音を聞くだけで、その当時の様子がありありと想起できる。

 加世子は懐かしい録音からノイズを消す困難な作業を、武佐(むさ)音響研究所へと持ちこむ。研究所を名乗っているものの、実態はメンバー三人だけの零細企業だ。所長の佐敷裕一郎は外見こそ温厚だが、幼少時の事故とひきかえに天使の声帯をわがものとしており、その声の迫力によって他人の内面へズカズカと入りこむ。チーフエンジニアの武藤富士伸は佐敷とは若いころからの腐れ縁で、腕はバツグンだが口と態度の悪さも一級。アシスタントの鏑島(かぶらじま)カリンは覆面音楽作家《KYOW》にぞっこんで、その愛を語りはじめるとポエム的な賛辞を一晩中でもつづけてしまう。

 物語は加世子からの依頼で幕を開けるが、それに割りこむようにワケありの案件が持ちこまれる。研究所と因縁浅からぬ《KYOW》が失踪したのだ。彼女が所属する大手音楽プロダクションの辻神は、失踪ではなく誘拐だという。それにしても、《KYOW》のマネージャーではなく、プロダクション社長の子息である辻神がじきじきに調査依頼に来るとは尋常ではない。

 公にされていないが《KYOW》はかつて急激に難聴が進行し、その手術の際、聴覚器官内に録音機能を有する超小型チップを埋めこんでいる。武佐音響研究所は、その特注チップの開発を請けおった。

 今回の調査では、そのチップの機能が重要なカギを握る。武藤は残された通話音声から《KYOW》の居場所を突きとめる方法を考えだすが、それは誰でも実行できるようなものではない。武藤が頼りの綱としたのは花倉加世子の反響定位能力だった。そこから先の展開は、SFというよりも科学的ミステリの流れとなる。

 つづく第二篇「亡霊と天使のビート」、第三篇「サイレンの呪文」も、物語の骨格は「エコーの中でもう一度」と同様だ。冒頭で不可解な謎が提示され、それを音響の知見や技術によって合理的に解明していく。私たちの常識(視覚的思いこみ?)とは別な「解」へ至るのが、この連作特有のセンス・オヴ・ワンダーだ。

 ただし、物語の読みどころはむしろ登場人物が織りなす人間関係や、過去の巡りあわせが現在へとつながる機微だろう。キャラクターの立てかた、文章のタッチ(とくに心の動きを説明する手つき)は、ちょっと新井素子作品を彷彿とさせる。

 最後の一篇が書き下ろしの表題作で、それまでのエピソードで登場した主要人物が総出演する。それもたんなる顔見せではなく、それまでとは比べものにならない大きな謎と深く結びついている。先行する三篇はあくまで独立した作品ながら、この最終篇の伏線にもなっているのだ。

 その大きな謎とは「曲によって感染する奇病」だ。《transwarp》と題されたその曲自体は、大音量でもなく不快な音でもない。ただ不思議な効果があった。それを聴く者すべてが、森、湿度、登り道を具体的にイメージする。正式にリリースされた楽曲ではなく、《KYOW》がデビュー以来取り組んだが完成に至らずアーカイヴに眠っていたものだ。その音源が不法に持ちだされた。

 人体へ直接に作用する音楽。この大胆なアイデアは、川又千秋『幻詩狩り』や伊藤計劃『虐殺器官』を思わせる。また、音源がハッキングされて流出する経緯、そして謎を捜査する過程で佐敷裕一郎が駆使する自作エキスパートシステム《U2》の挙動は、サイバーパンク(とくにウィリアム・ギブスン『あいどる』)の匂いもする。しかし、それくらいで感心していては身が持たない。驚くべきは《transwarp》の起源だ。クライマックスで到達するヴィジョンはスタニスワフ・レムばり。

 しかも、そこからちゃんとハートウォーミングな物語へ戻っていくのだから、オキシタケヒコなかなかの手練れだ。

(牧眞司)

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