結末が分かっていても謎だらけ『フォックスキャッチャー』は超一級のミステリー[映画レビュー]

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“なぜ大財閥の御曹司は、オリンピックの金メダリストを殺したのか?”

「大財閥」「オリンピックの金メダリスト」「殺した」 - 平凡な人生にはおよそ関係のないこの3つの言葉、だからこそ誰もが気になるのではないでしょうか。ましてやそれが実話ならなおのこと。そんなセンセーショナルな事件を映画化した2月14日(土)公開のアメリカ映画『フォックスキャッチャー』は、カンヌ国際映画祭にて監督賞を受賞、本年度アカデミー賞では、監督賞・主演男優賞・助演男優賞他計5部門でノミネートされています。

【ストーリー】
1984年のロサンゼルスオリンピックでレスリングの金メダリストとなったマーク・シュルツ。そのわずか3年後の今、つましい生活で日銭を稼ぎながら次の大会に向けて黙々と練習をする彼に、過去の栄光に対する恩恵はみじんもなかった。同時に金メダルを獲った兄デイヴは、妻と子ども2人で暖かい家庭を築いていた。
そんなある日、マークに一本の電話が入る。世界でも有数の大富豪、デュポン財閥直系の御曹司ジョン・デュポンが、ペンシルバニアにある豪邸に招待するという。当惑しながらも行ってみたマークに驚くべきオファーが示された。次のソウル五輪でメダル獲得という条件で、彼のレスリングチーム“フォックスキャッチャー”の一員としてそこで生活しながら練習に励めば、破格の年収を支払うということだった。広大な敷地と立派な練習場を目の当たりにすると、幼い頃から父親代わりの兄の助言も聞かずにマークは契約。希望に満ちた新生活を始める。だが日が経つにつれ、気前の良いスポーツ好きな富豪だと思われていたジョンが異様な言動を繰り返すようになり、同時にマークの精神もじわじわと侵されていく。

実際に起きた事件で、キャッチコピーにあるように犯人と被害者は明らか。にもかかわらず、この映画はいたるところ謎に満ちています。なぜ大富豪はレスリングチームのパトロンになったのか。大富豪のレスリングに対する執着心は何なのか。マークが精神的に追い詰められた理由は何か。そして最大の謎、大富豪の殺人の動機はなんだったのか。そうした謎の数々が、ある時は極限までそぎ落とされた会話の中で、そしてある時は画面の明暗によって浮かび上がります。感情をもりあげる音楽は一切使われず、まわりの息遣いさえ聞こえてしまうほどの静寂の中で、観客はその信じられない出来事の数々に衝撃を受けずにはいられません。

ストーリーを読んで気づかれた方も多いと思いますが、冒頭の一文は非常にトリッキーです。
この事件に金メダリストは2人 - つまり兄と弟、どちらが大富豪に殺されたのか?
ミステリーの世界では、捜す対象が「犯人」以外にも「動機」、「トリック」等と多様ですが、「被害者」を伏せている作品もあります(*後述)。監督の前作品『カポーティ』と『マネーボール』は、まるでドキュメンタリーのような冷静な視点で緻密に描かれた作品ですが、どちらも細部まで手を抜かず、観客に証拠や事実を提示するところなどはミステリー小説の手法と近いように感じます。

そしてこの映画が優れている理由の一つは、登場人物の誰一人も、作り手の感情で描かれていないところです。常軌を逸した行動を取る人間も、家族思いで愛情あふれる人間も、どう取るかは観客の判断にゆだねています。さらに忘れてはならないのは、主演3人の恐るべき演技力。事件の概要を知った観客相手でも、飽きさせるどころかスクリーンから目を離せなくする - そんな気迫をともなったすさまじい演技が、過去の事実を予測不能なサスペンスに変えていきます。クライマックスの悲劇に至ってやっと、誰が犯人で誰が被害者かを思い出した時には、 “この3人の中では、誰が犯人で誰が被害者でもおかしくない”と感じるのではないでしょうか。それほどまでに『フォックスキャッチャー』は、ラスト一瞬まで謎と緊張感に満ちみちた超一級のミステリー映画です。

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(C)MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

監督:ベネット・ミラー(『カポーティ』、『マネーボール』)
出演:スティーヴ・カレル(『40歳の童貞男』、『デート&ナイト』)
   チャニング・テイタム(『マジック・マイク』、『ホワイトハウス・ダウン』) 
   マーク・ラファロ(『アベンジャーズ』、『キッズ・オールライト』)
http://foxcatcher-movie.jp/

(*)有名なところではパット・マガー『被害者を探せ!』(絶版)がありますが、“わたしはこの事件の探偵でもあり、証人でもあり、被害者であり、犯人なのです”というショッキングな一文が忘れられないセバスチャン・ジャプリゾ『シンデレラの罠』(平岡敦訳・創元推理文庫)は大変オススメです。尚、『カポーティ』をこれからご覧になる方は、その前にぜひトルーマン・カポーティ『冷血』(佐々田雅子訳・新潮文庫)を読んでみてください。映画の背景がより理解できるとともに、ミラー監督がフォックスキャッチャー事件にひかれた理由がわかるかもしれません。

【著者プロフィール】♪akira
WEBマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」(http://www.targma.jp/yanashita/)内、“♪akiraのスットコ映画の夕べ”で映画レビューを、「翻訳ミステリー大賞シンジケート」HP(http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/)では、腐女子にオススメのミステリレビュー“読んで、腐って、萌えつきて”を連載中。AXNミステリー『SHERLOCK シャーロック』特集サイトのロケ地ガイド(http://mystery.co.jp/program/sherlock/map/)も執筆しています。

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