日本のベンチャー企業を取り巻く環境があまりに悲惨すぎる件について
今回はちゅんぷくさんのブログ『よそ行きの妄想』からご寄稿いただきました。
日本のベンチャー企業を取り巻く環境があまりに悲惨すぎる件について
ベンチャーキャピタルを含む日本のベンチャービジネスをめぐる環境は(おそらくシリコンバレーなんかと比べて)まだまだ未整備で、日本からGoogleやAmazonやAppleのような高い成長を実現するベンチャー企業が出て来ないことの一因となっている、なんてことは実によく言われることで耳にタコなわけだが、先般ふとしたきっかけで某ベンチャー企業の資金調達のアドバイザリーの仕事を引き受けさせていただいたので、実際にいろいろベンチャーキャピタルやらなにやら回ってみたところ、まったく虚しい回答ばかりで資金がさっぱり集まらないという実にお寒い状況に直面し、こんなことでは日本からGoogleやAmazonやAppleのような高い成長を実現するベンチャー企業が出て来ないよと強く思ったので、少し不満など整理しておく。
ファンドの満期
たいがいのベンチャーキャピタルは、ファンドを運用している。つまり年金やら生保やらといったところからカネを集め、ファンドを通じてベンチャービジネスに投資するわけだが、そのファンドには基本的に満期というものがある。満期(まで)にファンドの出資者に払戻しをしますよということだ。
で、ファンドの満期というのは、大体5年から8年くらいが多い。たった5年から8年だ。ベンチャービジネスに投資をするにはあまりにも短すぎる期間で、そもそも創成期のベンチャービジネスに投資する気があるのか疑わしい。
こうしたベンチャーキャピタルの投資期間に無理矢理目線を合わせると、ベンチャービジネスを営む企業の側も、必然的に設備投資が軽く、比較的早期に損益分岐を超えてくるようなビジネスに焦点を絞らざるを得ず、結果としてどうでもいい受託型のシステム開発企業と、CGM *1 やSNS *2 と言えば聞こえはいいが単なる流行りものの二番煎(せん)じみたいなクソ企業が世に氾濫(はんらん)することになる。このような惨状の一因は、間違いなく主だったベンチャーキャピタルの投資期間が一様に短いことによるものだろう。
*1:Consumer Generated Media(略称:CGM)。インターネットなどを活用して消費者が内容を生成していくメディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/Consumer_Generated_Media
*2:Social Network Service(略称:SNS)。社会的ネットワークをインターネット上で構築するサービス
http://ja.wikipedia.org/wiki/ソーシャル・ネットワーキング・サービス
また、ベンチャーキャピタルはこうした資金の集め方をする限り、必然的に5年から8年おきに大型のファンドレイズを続けて行く格好になるが、ではそのタイミングでたまたま市況が悪く投資マインドが低迷しているとどうなるかというと、ファンドレイズが滞ることになる。
最近ベンチャーキャピタルを回っていて頻繁に聞くのは、「現状で走っているファンドについては概ね組み入れが終わっている一方で、新しいファンドは予定が立っていないため、創業期の会社に投資できるエンティティが存在しておらず、結果としていま投資できるとすると上場を間近に控えたようなレイターステージの会社くらいだ」という、聞くも無惨語るも無惨な悲しい懐(ふところ)事情である。
そんな都合のいい投資先がそうそうあるはずもない(レイターステージの会社は一般的に資金に困窮していない)し、ベンチャーキャピタルがそんな状況では、ベンチャーキャピタルをあてにしたベンチャービジネスの創業は事実上不可能である。
イグジットはIPO *3
今でも多くのベンチャーキャピタルはVB(ベンチャービジネス)投資における投資回収の基本路線として、IPOをあげる。IPOというのはつまり新規株式公開のことで、IPOで回収という場合、投資先が株式を公開した後に保有株式を株式市場で売却することを指す。
*3:Initial Public Offering(略称:IPO)。未上場会社の株式を(公募や売出しによって)株式公開証券市場(株式市場)において新規に公開し、売買可能にすること。
http://ja.wikipedia.org/wiki/株式公開
ベンチャーキャピタルのスタンスは基本的にキャピタルゲイン(譲渡益)ねらいだということだ。キャピタルゲインというのは確かに当たればデカい。VB投資であれば投資額が 10倍程度になることはざらだし、100倍以上だって夢ではない。
ただし問題なのは、結局譲渡益というものは、譲渡の相手先がいなければ実現できないという点だろう。投資先の業績がいかに良くても、それを実際に高く評価し、かつそれを購入する資力のある相手がいない限りキャピタルゲインは実現し得ない。
要するにキャピタルゲインによるイグジットを前提に据えた投資は、投資先の事業リスクに加えて、イグジット時点のマーケットリスクをとっているということになる。ただでさえVB投資においては投資先の事業リスクが計り知れないほど大きいのに、その上マーケットリスクまで負っていては事業としてかなり厳しいだろう。
そもそも投資時において、投資先の事業内容の審査こそすれど、イグジット時点のマーケットリスクについてまで検討しているようなベンチャーキャピタルは、見たことも聞いたこともない。イグジットはIPOと公言しているにもかかわらずだ。
そして現実には、案の定、IPOの主戦場たる新興市場の市況に振り回されているわけである。ベンチャーキャピタルが口をそろえて言うのは、「IPOの件数自体が激減*4しており、業績が厳しく、新規の投資はストップしている」ということだ。数ある投資先のうちには業績がいい先もあろうが、IPOマーケットが悪ければベンチャーキャピタルの業績にはまったくつながらないわけだ。バカじゃないんだろうか。
*4:2006年には200件近くあったIPOだが、2009年はまさかの19件だった。
金貸し気質
投資に際しての条件に担保提供や代表者による連帯保証を求めてくるベンチャーキャピタルは、一度自分たちのやっている事業がなんであったか、声に出して確認してみていただきたい。ベンチャーキャピタルが銀行と同じスタンスをとったら、存在意義がないではないか。
連帯保証については、億単位の債務など個人が保証したところでどうせ返せるはずもなく、ベンチャーキャピタルに言わせればおそらく“覚悟の問題(精神論)”なのだろうと思われ、まあそれはそれでそこまで強く否定するつもりもないが、担保となる資産を求める様には絶句せざるを得ない。担保となる資産がないからこそ高い資本コストを払って資本調達をするんであって、担保があるのであれば銀行から調達するだろう常識的に考えて。
そうしたスタンスであるからその営業もまったく銀行のようで、要はカネなどいらないような優良先に、何とかカネを入れさせてくださいと頼むというものだ。
確かに、カネを欲しがっている先にカネを渡すと使ってしまうから、回収できなくなるリスクが高いが、カネが余っている先であればそういった心配はない。自分で言っていてもバカバカしくなるほど当たり前の話だけれど、それはそうだ。しかしそれは世の中の役にも何にも立たないまったく無駄な事業である。
ハンズオン(笑)
ことほどさようにベンチャービジネスにとって当てにもならなければ頼りにもならないベンチャーキャピタルが、自分達が投資先に対して提供する価値として何とかの一つ覚えのように得意げに吹聴しているものが、ハンズオン投資である。
「単に資金を提供するだけに留まらず、管理系役職員の派遣や投資先企業同士のアライアンス斡旋(あっせん)など積極的に経営の支援を行い、リソースが不足しがちなベンチャービジネスを全面的にサポートします(キリッ)」みたいな金看板がそれだ。
で、実際になにをするかと言えば、「我々は事業のことは素人なので」などと逃げを打ちつつ、雑談に毛が生えたような思い付きを垂れ流す程度のものである。
本質的に金融の会社であるにもかかわらず、何故か事業面でのサポートで付加価値を出そうという姿勢がそもそも歪(いびつ)で、カネのいらない先に無理矢理投資するための口上にすぎないことは火を見るより明らかである。
結論に代えて
要するに、既存のベンチャーキャピタル *5 のビジネスデザインは、背後にいる投資家の都合だけでつくられていると断ぜざるを得ない。
*5:日本の、とは言わない。海外の状況はあまり知らないから。
結局、投資家が投資しやすいようにファンドの満期を可能な限り短く設定するものだから、短い期間で何とか投資を回収するためにキャピタルゲインに頼らざるを得ず、おかげで余計なマーケットリスクを背負っているがために損失には不寛容で金貸し気質によらざるを得ない。挙句にハンズオン投資などという絵空事を掲げて、カネのいらないような先に無理矢理投資する傍、投資家に対してはさも自分達がサポートすることでVB投資が成功する確率を上げることが出来るかのような顔をするわけである。
ベンチャーキャピタルも、当然だが、本質的には金融業なのだから、その商品はカネである。であれば、投資家というのは仕入れ先であり、投資先こそが顧客に他ならない。確かにカネの需給を考えると仕入れがボトルネックになることは明らかだから、仕入れを中心に据えたビジネスモデルを構築することはある意味で理に適っていると言えるかもしれない。しかし、顧客に対して提供する価値を増大させずに、ビジネスを成功に導くことは不可能であることもまた真実と言えるのではあるまいか。
ベンチャーキャピタルが提供出来る価値とはなにかと言えば、それはつまり顧客がベンチャーキャピタルに求めているものであって、要するに超長期性資金の提供以外の何ものでもない。
本来、この超長期性資金の提供こそが、ベンチャーキャピタルのビジネスをデザインするうえで中心に来なければならないものである。安定した資本を得れればこそ、優秀な企業経営者がベンチャービジネスに専念できるのだ。
顧客との長期的な関係を念頭に置けば、投資から数年で無理なキャピタルゲインをねらう必要もなくなる。ゆっくり配当で回収して行けばよいのだ。予期せずにキャピタルゲインを得る機会もあろうが、それはそれで臨時収入として歓迎すればよい。無理なキャピタルゲインねらいの投資さえやめれば、過剰なマーケットリスクに頭を悩ませるようなこともなくなり、ベンチャーキャピタル自体の収益も安定したものになるだろう。
問題は、逆に、ベンチャーキャピタルがそのような長期性資金をいかに調達すべきかということになろうが、これについては、投資家が急に資金を回収したくなったときのためにファンドの出資持分に流動性を持たせる(出資持分の上場など)か、ファンドに余剰な資金をプールしておくか、もしくはそもそも超長期の投資に耐えうるようなゆとりある投資家だけを相手にすることなどが考えられる。
執筆: この記事はちゅんぷくさんのブログ『よそ行きの妄想』からご寄稿いただきました。
文責: ガジェット通信
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