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グローバル化と草の根を同時に主張する人々(メカAG)

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今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

グローバル化と草の根を同時に主張する人々(メカAG)

世界はグローバル化し、国家なんてたいして意味を持たない時代がくると主張する人々がいる。まあ、その主張自体は一つの考え方としてあっていいと思う。江戸時代の幕藩体制が明治維新によって中央集権国家に生まれ変わったように、あるいはヨーロッパが長いみつのりの末EUまでこぎつけたように、いまの歴史の流れが今後大きく変わらなければ、ゆるやかに時間をかけてそういう方向には向かっていくだろう。

一方で大衆というのは「草の根運動」が好きなんだよね。自分でもできる身近なちょっとした努力が社会を良くしていく。政治家でなくても、主婦や学生でも社会に貢献できる、耳に心地よい言葉だ。そういう方法で成果を上げる分野も確かにあるだろうし。

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でもグローバル化という国家間のマクロな政治と、主婦や学生が行う草の根運動、たとえば割り箸廃止とか、レジ袋削減とか、これは相性が悪い。最悪なほど相性が悪い。

最終的に地球上の国家の消滅をゴールとするグローバル化に対して、身近なところから改善と言うアプローチをとるなら、とりあえず自分の所属する社会、国家、行政組織の否定になるだろう。身近なところから国家解体(笑)。

明治維新を見てもEU統合を見ても、そのプロセスは国家の解体(否定)ではないんだよね。最終的には解体になるのかもしれないが、過程が大切。国家を維持し、国家間の協調により上位の組織を作り、次第に国家の権限を縮小していく。明治維新も同じ。上位の組織を作った後に、藩は消滅したわけで、それができないうちに藩を解体してしまったら、周りの藩に侵略されるだけだろう。

EUだって個々の国はまだ存在しているし軍隊も持っている。そのうえで上位の組織に決定権を徐々に以上していきましょうとうものだ。いきなりドイツやフランスが武装解除して政府も解体してしまったわけではない。

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ところが草の根の市民運動が好きで、なおかつグローバル化が好きな人達は、あまりそういうことを考えてない。グローバル化だ、国家は不要だ、とりあえず日本政府を消滅させよう、みたいな(苦笑)。まあ消滅とまでは行かなくても、権限を縮小しようというのは本気で主張してるよね。軍隊の否定とか戦争の反対とか。あるいはなんでもかんでも良い所はOECDの他の国に合わせようとか。

不慣れなことを無理矢理やってもうまくいかない。スポーツ選手がフォームを変えるときに一時的にスランプに陥るようなもの。スポーツ選手ならスランプですむが、国の場合は一時的にせよ経済や軍事力が弱体化してしまうと、侵略されてしまう。侵略というのはなにも戦争だけではないからね。強国によるさまざまな影響力によって主体性を奪われてしまう。

スポーツ選手だって飯が食えなくなるほど長期に渡る深刻なスランプに陥ったら、最終的に抜けだした時にバラ色の世界が約束されていても、そこに辿りつけない。

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承知の通りパソコンのキーボード配列は不合理極まりない。なんどか合理的な配列が考案されたが普及しなかった。もし誰かが「キーボード配列は合理的であるべきだ」と考え、それを強制する法律を日本に作ったとする。最終的にそれが定着すれば、日本のIT産業は飛躍的に効率化されるだろう。

でもそういう日はきっと来ない。合理的なキーボードが成果を生み出す前に、大混乱が生じ、IT技術者は日本から逃げ出し、日本のIT産業は壊滅してしまうだろう。どう実現するか?を考えずに最終的な理想だけ掲げても空虚なだけだ。なにのある種の人たちには「合理的なキーボード」に反対する人は、伝統にとらわれて変化を拒否する愚かな人間に見えるらしい。

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明治維新の時に漢字は非効率で欧米の文化に追い付くには日本語をローマ字表記に切り替えるべきだという主張があった。結果的にそれは実現しなかったが、ある意味合理的な主張だったろう。

しかし隣の国の韓国では漢字を廃止してしまったがために、自国の古い文献が読めず文化的な不連続が生じ問題になっているという。むろんこらから何百年も経てば、漢字なしの独自の文化が栄えていくのだろうし、最終的にはその方が民族にあった素晴らしい文化になるのかもしれないが、過去に蓄積した自国の文化を漢字と一緒に捨て去ってしまったハンデは小さくないだろう。

日本のローマ字表記運動は実現しなくてよかった。安易に伝統を軽視し捨て去らなくてよかった。目先の合理性だけを考えるとろくな事にならない。OECDの他の国と比べて日本はここが劣っているから改善すべきだとかいうバカの一つ覚えの安直な主張も、ローマ字表記運動と同じ危うさを感じる。

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時代に適応するために変わっていかなければならないのはその通り。しかしどんな素晴らしい変化も混乱が伴うものだ。その混乱が大きすぎれば、ゴールに辿り着く前に力尽きてしまう。

そういうことを考えず、いきなり最終的な完成形を掲げ「これが合理的な社会だ」といったところで、迷惑千万なんだけどね。よく言われるはなし。橋が建設途中で崩壊してしまった。橋の設計者は完成時の強度は考慮したが、建設途中の強度を考えなかったために、途中で自重に耐えられなくなったわけだ。

完成形に辿りつけない橋を無責任に「これが合理的な橋だ、これが理想的な橋だ」とはしゃいでいる人達が多い。アホは自分たちなのに、それがわからず、相手を変化に抵抗する頭の硬い人たちと呼ぶ。変化に抵抗するのは伝統に無意味に囚われた人たちだとか。

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そういうのは実際に何かものを作ったことがない人たちなのだろう。ジャーナリストとか評論家とか。プロジェクトはその過程がだいじなのであって、過程を無視して、実現できないような完成形を掲げても、相手にされない。最終的に莫大な利益をもたらすプロジェクトでも、その途中で資金が尽きたら完成しない。

まあ素人にはウケるかもしれないけど、本気で実現可能なことを検討している人間からは児戯に見えることだろう。「で、その橋はどうやって作るの?」と。作り方がわからない完成形だけの橋を作れるのは、魔法使いか神様だけだ。

頭がお花畑の人たちは「みんなでがんばれる」と魔法も使えるようになるらしい。再生可能エネルギーなんかまさにそうだよね。実現のめどが立たないものも、みんなで頑張ることが重要、みたいな(苦笑)。努力すればなんでもできると思っている人たちは、たぶんこれまで一度も本気で努力したことがない人たちなのだろう。

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年05月21日時点のものです。

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