マリファナと脂肪酸と釈迦(しゃか)の弟子

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化学と仏教というのはあまり関係がないと思っていましたが、仏教に由来した化学用語があったのですね。それが「脳内マリファナ」ということに不思議と納得してしまいました。今回は佐藤健太郎さんのブログ『有機化学美術館・分館』からご寄稿いただきました。

マリファナと脂肪酸と釈迦(しゃか)の弟子
先日、職場のブログの方で川島隆幸教授・狩野直和准教授らによる「阿修羅(あしゅら)結合」の研究 *1 を紹介しました。現場の担当者ならではの面白いお話が聞けましたので、ご覧いただければさいわいです。

阿修羅(あしゅら)結合の図

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化学用語で仏教由来のものは珍しいんじゃないかな、と考えていたのですが、ひとつだけ思い出しました。神経伝達物質のひとつ、アナンダミドがそれです。『ananda』はサンスクリット語で「法悦」や「歓喜」を表す言葉で、もともとは釈迦(しゃか)の十大弟子のひとりアナンダの名前から来ているそうです。アナンダは美男子として知られ、今の仏教があるのは釈迦(しゃか)の言葉を全て暗記していた彼のおかげである――というのは、マンガ『聖☆おにいさん』 *2 から得た知識であったりします。

アナンダミド

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さてこのひょろ長い分子になぜ「歓喜」などという大仰な名前がついているかといえば、実はアナンダミドは「脳内マリファナ」とも呼ばれる物質であるからです。

大麻(マリファナ)の主成分はカンナビノイドと呼ばれる一群の化合物で、これが脳内のCB1及びCB2受容体に結合すると、多幸感・幻覚などを引き起こします。下図に示すテトラヒドロカンナビノールは、代表的なカンナビノイドとして知られます。

テトラヒドロカンナビノール

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しかしこれらカンナビノイドは、もともと人間の体内にある物質ではありません。そんなものの受容体を人間が持っているわけがありませんから、体内にはこれらCB1・CB2受容体に適合する物質が存在しているはずです。その捜索過程で発見されたのがアナンダミドで、鎮痛作用を持つ他、記憶や睡眠などにも関わっていると考えられています。植物由来のカンナビノイドは、たまたまこの受容体にはまり込んでしまうために、ああした麻薬作用を示すものと考えられます。

ただしその後の研究によれば、アナンダミドだけでなく、2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)などもこの受容体に結合することがわかっており、こちらが本来のリガンド(特定の受容体に結合する物質)なのではないかという見方もあるようです。

2-AG

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というわけで、牛肉を食べると幸せな気分になるのは、牛肉に含まれるアラキドン酸からこれら「脳内マリファナ」ができるおかげだ――などという話が流れたこともあったようです。さすがにこれはかなりまゆつばものの話だという気はしますが。

しかしこれらアナンダミドや2-AGは、アラキドン酸とエタノールアミンまたはグリセリンという、極めて平凡な物質が結びついたものです。そんなものにこうした作用があるというのはいかにも不思議なことに思えます。

アラキドン酸は炭素数が20個で、4個の二重結合を持っていますが、この炭素数や二重結合数が増えても減っても、「脳内マリファナ」としての作用は激減するそうです。

アラキドン酸は、プロスタグランジンやロイコトリエン、トロンボキサンなど重要な体内物質の原料でもあります。数ある脂肪酸の中、なぜアラキドン酸だけがかくも重要な物質の原料になっているのか、筆者などには少々不思議なことであったりもします。

*1:『科学が変わる、化学が変える – 東京大学グローバルCOE 理工連携による化学イノベーション』 2010-01-29 「阿修羅(あしゅら)降臨 ~川島研究室~」
http://d.hatena.ne.jp/TodaiGCOE/20100129
*2:『聖☆おにいさん』中村光著
http://kc.kodansha.co.jp/product/top.php/1234607173

執筆: この記事は佐藤健太郎さんのブログ『有機化学美術館・分館』より寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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