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内なる無限

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今回はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

内なる無限

人間の思考を支えているのはロジックと経験則。この2つははたして同じものなのか、違うものなのか。経験則を洗練・抽象化していったのがロジックだという考えがある。では経験則はいつロジックに変わるのだろうか。

数学は単純な公理から出発し驚くほど広大な世界を構築している。なぜ数学だけがそれを可能なのか?物理学者の湯川秀樹は、数学的帰納法にあるのではないかと述べている。

「数学的帰納法とトートロジー」 『メカAG』
http://mechag.asks.jp/283709.html

数学以外の論理だと前提条件以上の結論をなかなか導き出せない。つまりトートロジーの呪縛から脱出できない。

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数学的帰納法は無限を扱える。記述は有限な数式だが、対象は無限。有限と無限の架け橋のようだ。プログラムでいえば「再帰呼び出し」が有限のコードで無限のデータの処理を可能にする(もちろん現実的には時間も記憶領域も有限だから、無限は無理だが)。プログラムのループも無限を扱えるが、そもそもループというのは再帰呼び出しの特殊な形態にすぎない。

プログラムは究極的に単純化すれば、入力されたデータを一定の法則にしたがって出力しているだけなわけで、すべての入力パターンを網羅した一覧表があれば済む事が多い。初心者にプログラムを書かせると、if文の羅列になったりする。こういう場合はこういう答えを返せ、と。むろん羅列ではコードの量が馬鹿でかくなって効率が悪いし、すべてのケースを列挙することは現実的には実用的ではないけど。

しかし一箇所でも無限ループや無限の再帰になるケースがあれば、列挙だけでは実現できなくなる。プロセス(プログラムが実現している機能)と列挙された一覧表(情報、知識)の違いはここにあるのだろう。無限を内包できるか否か。まあ、これがすべてのケースをチェックできず、バグが生じる理由でもある(笑)。

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大数学者のヒルベルトは、「点」や「直線」を「ビールジョッキ」や「机」に置き換えても、数学の公理は成り立つと主張した。「2直線は1点で交わる」と「2つの机は1つのビールジョッキで交わる」は等価だと。

普通の人間は「点」や「直線」を抽象的概念だと考えるが、ヒルベルトの目には、それらはまだまだ具象的で、人間が「点」や「直線」に抱くイメージから切り離し、さらに抽象度を上げる必要を感じていたのだろう。

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ロジックと経験則の間に何らかの違いがあるとすれば、やはり「無限」が絡んでいる気がする。ではその無限とはどういうものだろう?

経験則を洗練させ抽象化していくと、一般に粒度が細かくなる。大きなものを小さな物へ分解していく。全体の複雑さは同じだから、単純なものに分解していくと、数が増える。単純なものをたくさん組み合わせて、複雑なものを処理しているわけだ。

無限というと量がものすごく多いことを真っ先に連想するけれど、無限に細かくしていく方向も同じく無限だ。そして細かくしていく過程で、どこかで再帰の要素が入り込むのではなかろうか。そこで経験則からロジックへの相転移が起きる。

たぶんそれは具象的なものの中では、他のものと結合して安定しているのだろう。地球上に酸化物が多いように。それを引き剥がして(還元)やれば、本来の爆発的な自由度を取り戻す。抽象化の真の意味とは具象的なものに取り込まれ制約されている「再帰」の解放…。

執筆: この記事はメカAGさんのブログからご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年07月10日時点のものです。

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