「産むべきか、産まないべきか」出生前診断で私たちに委ねられる選択

「産むべきか、産まないべきか」出生前診断で私たちに委ねられる選択
 医療の発達によって問われるようになったのが「生命倫理」だ。その中でもとりわけ議論が活発にされてきたのは「死」の部分で、尊厳死や脳死の問題はその代表例ともいえる。
 そして、現在は「生」――「生きる」や「生まれる」ところでの倫理が問われている。その議論の一つが「出生前診断」や「遺伝子検査」だ。

 2013年4月から、妊婦の血液から胎児の染色体異常を調べる「新型出生前診断」(正確には「無侵襲的出生前遺伝学的検査」など)が始まり、以前と比べて「簡単・安全」に胎児がダウン症候群をはじめとした先天性障がいを持っている可能性があるかわかるようになった。また、この検査は妊娠10週からの受診が可能なので、人工妊娠中絶が許されている妊娠22週(正確には21週6日)まで「考える時間」があるということになる。
 ここで問われるのが「生命倫理」だ。
 精神科医の香山リカ氏は『新型出生前診断と「命の選択」』(祥伝社/刊)で、この答えが出ない問いに対して正面から向き合い、読者たちに問題を提起する。

 香山氏は、検査のハードルが下がったことによって、「誰もが受けられる検査」より「受けないわけにはいかない検査」になりつつあることを指摘する。
 それの何が問題なのか、検査も中絶も選択の自由だと考える人もいるだろう。しかし、それが先天性の障がいを持つ胎児を排除することだと主張する人もいる。
 そして何より、妊娠し、喜びいっぱいでその誕生を心待ちにしている男女が、検査の結果「胎児の染色体に“異常”があるかも知れない」と指摘され、突然「数日以内に答えを出して下さい」という選択を迫られる。そして、「選択の自由」だとか「排除の思想」といった抽象的なことを考える余裕もないまま、答えを出さなければいけないという、非情な現実が待ち受けているのだ。

 晩婚化が進む昨今において、高齢出産は当たり前のようになってきた。そして、出産年齢が高齢になればなるほど、先天的な障がいを持って生まれる心配も高まる。そう考えれば、この新型出生前診断はそういった社会の変化に要請されていたものなのかも知れない。
 たが、前述の男女が対峙した現実を私たちは受け入れる覚悟を持っているだろうか?

 『新型出生前診断と「命の選択」』は最終的に、「私たちの生命とは一体何なのか」という問いを読み手に考えさせる。健康とは一体何をもってして健康なのか、何が障がいで何が健常なのか、生命に優劣はあるのか……考えればキリがない。しかし、今、私たちの目の前には、その問いが突きつけられている。
 今年5月にハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーが、乳がんの発症を防ぐために、両乳房の切除を行ったことを公表した。それは、「乳がんになる確率が87%、卵巣がんになる可能性が50%(いずれも最大で)」という遺伝子検査を受けての選択だった。
 この先に待っている未来に何が起こるか、分かった方がいいと考える人もいるだろう。リスクはできるだけ取り除いておきたいものだし、結果的に苦しむ未来があるならば、できるだけ回避したいと思うのは心情的にも分かる話だ。

 しかし、それが果たして良いと思うかどうかは、おそらく人によって分かれる。もちろん香山氏もその答えは出してくれない。しかし、本書は考えるための入り口に立たせてくれる。そして、思考の森に入るための重要な情報を与えてくれる。
 これからさらに医療技術は進歩するはず。そんな時代の中で、自分なりの選択ができるようになっておきたいものだ。
(新刊JP編集部)



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