抗ホレ薬

抗ホレ薬

今回は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。
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抗ホレ薬

抗ホレ薬

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ミノサイクリン*1(写真:構造式)は、主にニキビなどの皮膚感染症に使われる、テトラサイクリン系抗生物質*2です。

*1:「ミノサイクリン」 『Wikipedia』
http://ja.wikipedia.org/wiki/ミノサイクリン

*2:「テトラサイクリン系抗生物質」 『Wikipedia』
http://ja.wikipedia.org/wiki/テトラサイクリン系抗生物質

以前からこの抗生物質には変わった副作用があることが報告されていました。ミノサイクリンを服用すると、雑念に惑わされず、集中力が持続でき、冷静な判断を下せるといったものから、覚せい剤が効きにくくなる、うつ病の症状が改善するといった作用です。これはミノサイクリンが、日常生活における不安や恐怖といった感情を抑え、それによって生じる社会的に不適応な行動を抑制できる可能性を示しています。

そこで、早稲田大学政治経済学術院の渡部幹氏と、九州大学大学院医学研究院の加藤隆弘氏らは、感情を刺激する介入を与えたことによって影響される他者への信頼行動を、ミノサイクリンが実際に是正可能かどうかを検証しました。と書くとなんやら小難しそうですが、要は美女に弱い男の本能が、ミノサイクリンで抑制可能かどうかを実験したというわけです。

実験では、平均年齢21.5歳の男性98名が集められ、ミノサイクリンもしくは偽薬(乳糖)100mgを1日2回、4日間服用し、5日目に信頼ゲームと呼ばれるゲームをするよう指示されます。これは、対戦相手に自分の持ち金1300円のうち、いくらかを預け、相手が自分を信頼してくれれば、預けた金額の3倍を二人で山分けできるが、相手が裏切った場合は、預けた全額が相手のものとなり、自分には一銭も戻ってこないというゲームです。つまり相手に預けた金額が、その相手への信頼度をあらわすというわけです。

そして、その相手というのが、平均年齢19.9歳の女性8名です。このゲームで女性側も、持ち金1300円を渡され、男性側と協力すれば、預け金の1.5倍、協力しなければ3倍もらえることになります。常識的に考えれば、女性が協力するわけがなく、事実、女子大学生61人の中から、このゲームで、たとえ実験相手から信頼してもらって、全額預けられても、絶対に協力しないと答えた8名が対戦相手として選ばれ、顔写真のみ相手に見せ、ゲームに望みました。彼女たちにとって、後はどれだけ高額のお金を男性に預けさせることができるかが、勝負となるわけです。

必ずだまされることになるとは知る由もない男性側の被験者は、預ける金額を決定した後、対戦相手の女性の顔写真が自分にとってどれほど魅力的だったのかを11段階評価するよう求められました。つまり、女性の容姿が自分好みかどうかによって、相手に対する信頼度、つまり預ける金額が変化するのかどうか。そして、その変化は、ミノサイクリンを服用したことによってどうなるのかを検証したということです。

結果は、容姿の好みを、好みか好みじゃないかの2段階に分けた場合、好みじゃなかった相手の女性に対しては、ミノサイクリンの服用に関わらず、平均で持ち金の50%弱を預けたのに対し、好みの女性に対しては、偽薬投与グループが平均で持ち金の67%を預けました。この結果は、確かに男性は好みの女性には盲目的な信頼を置きやすい傾向があることを示しています。ところが、ミノサイクリン投与グループでは、好みの女性に対しても、50%強の持ち金しか預けておらず、女性の容姿にだまされることはなかったのです。これは、ミノサイクリンに、容姿という魅力に惑わされることなく、合理的な判断を下せる「抗ホレ薬」として使える可能性を示しているといえます。この研究成果は、Nature誌の姉妹誌、Scientific Reports誌に、4月18日付で掲載されました*3(購読無料)。

*3:「Minocycline, a microglial inhibitor, reduces ‘honey trap’ risk in human economic exchange」 『SCIENTIFIC REPORTS』
http://www.nature.com/srep/2013/130418/srep01685/full/srep01685.html

面白いことに、このミノサイクリンの抗ホレ薬効果は、男性に対しても有効のようで、今回の実験と全く同じ手法で、ただし対戦相手が女性ではなく、男性の場合も、ミノサイクリンは対戦相手に対する信頼度を、有意に下げることを、渡部氏らは昨年、PLOS ONE誌に発表しています*4(購読無料)。この場合、対戦相手に関する情報は、男性というだけで、顔写真もなく、実際は実験者サイドのスタッフが一人で演じていたようです。ですので、”抗ホレ薬”というより、”お人よし改善薬”とでも言ったほうが適切ですね。

*4:「Minocycline Modulates Human Social Decision-Making: Possible Impact of Microglia on Personality-Oriented Social Behaviors」 『PLOS ONE』
http://www.plosone.org/article/info:doi/10.1371/journal.pone.0040461

ミノサイクリンのこのような作用は、ミノサイクリンがミクログリア*5と呼ばれる脳内の免疫細胞に作用し、その活動を抑制することに起因していると言われています。ミクログリアの活動を抑制すると本能に左右されず、慎重な判断が下せるようになるということですが、以前のブログ記事で書いた、過度の強迫観念から自分自身の毛を引き抜いてしまう抜毛症の話*6は、ミノサイクリンのこうした使い方に警鐘を鳴らすかもしれません。ヒトと同様の抜毛症を生じるマウス突然変異体では、ミクログリアの数が15%も低くなっており、正常マウスからミクログリアをもらうと抜毛症が直るという報告がありました。ミノサイクリンでミクログリアの活動を抑え過ぎると、もしかしたら結果に対して慎重になり過ぎる結果、完ぺき主義、潔癖症といった別の弊害を生むかもしれません。

*5:「脳の免疫系を担うミクログリア」 『日経サイエンス』
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/9601/microglia.html

*6:「骨髄移植で心も変る?」 2010年06月11日 『サイエンスあれこれ』
http://blog.livedoor.jp/science_q/archives/1175310.html

執筆: この記事は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年05月24日時点のものです。

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