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安価な「意識の高い人」が量産される仕組み

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今回は笹生英作さんのブログ『雛形の祭典』からご寄稿いただきました。

安価な「意識の高い人」が量産される仕組み

以前、ココイチで隣に座っていたバイト仲間とおぼしき若い男性4人が「いかにして店の売り上げを上げられるか」について熱い議論を交わしていた。その後「パチンコいくか」とバイト代を溶かしに出かけてた。
「良いようにやられすぎだろ」と思いながら、「その店の店長はいい買い物したな」ともドライに考えた。

この、彼らの時給が幾らかはしらないがおそらく高くても1000円前後だろう。
一日8時間、週3日×4=月9万ちょっとの給料を貰い、さらに仕事後も仕事について熱く議論。その条件で彼らが何を買ってるのかと言えば「働いてる実感」「職場という家族へのコミット感」あたりだろうな、と想像する。

彼らの気持ちはわからんでもない。

家族的雰囲気のあるコミュニティに参加できている実感ってのはたしかにイイ物がある。それが生きるためのお金につながるのなら尚更。さらにその組織が「日本を変える!」みたいな方向に進んでたら、誰でもコロッといくよね。

けどそういう実感って危険でもある。
「意識高く働く」という事は、おおよそ妥当とは言えない給料で給料分以上に働かされるリスクと表裏一体だ。
この若い人の「意識高くありたい」=「替えのきかない人になりたい」という欲求。たちの悪い事に、欲求の増幅装置機構が若者の成長過程に組み込まれており、増幅されきった結果、巧みに利用されるような仕組みが存在している。

一言でいえば安価な「意識の高い人たち」が量産されるしくみ

この仕組みとその危険性をいかまとめました。

「意識の高さ」はどのように経営側に便利なのか

「自分は職場にとって替えのきかない人材である」
よく聞く発話だ。こういう理由で病気なのに休まなかったり、有給を取らなかったり、休日出勤したり、サービス残業したりする人を散見する。

たしかに、「替えのきかない人材になる」はお金と安定を得る為の個人としての最適解だ。
小中校と12年かけて「普通の事が普通にできる人」=「替えのきく人材」になった所で、いつでも誰とも交換可能な人になることになんの意味があるって話な上に、普通の事が普通で無くなった時、つまり需要の変化に酷く脆くなる。

一方で、組織運営の立場から見れば「替えのきかない人材だけ」で作った組織は酷く脆い。会社組織の全員が「替えのきかない人材」になるのは組織として脆弱すぎで発展もないな。ドライに考えれば「誰がいついなくなっても大丈夫」なのが理想的な組織であって、だからこその組織と言える。

だから実態としては「替えのきく人材」だけで組織を作りたい。というのが経営側のピュアな思惑だけど、
「求む!替えのきく人材!」なんて求人広告をうっても、そんな職場に人が集まるわけがない。っていうかそんなの見たことない。

さて、
自分の事を「替えのきかない人材」だと自覚した時の人間のモチベーションって馬鹿にできないものがある。休みなしで、または残業代なしで人を勤労に駆り立てるパワーがある。その突破力には正直、しばしば感心する。
こういう人。経営側としては非常に欲しい。

けど、先述のとおり、組織運営の立場としては「替えのきく人材」だ。

ということは?

組織として望ましいのは「自分の事を”替えのきかない人材”だと思っている”替えのきく人材”」って事になる。
こんな書き方すると身もふたもないけど、合理的に考えすすめていくと、経営者の目標はこういうところに落ち着く。

けど、このような前提にたってみると、学校にしても職場にしてもメディアにしても、
発話空間のある所はこういう経営側の欲求を満たすために実にうまく出来上がっているように僕には見える。

高い意識の生産方法

「自分は他の普通の人たちと違って、そこらへんにはいない特殊な人間だ」
このように「自分は人とは違う」と思い込む為の文脈はそこらへんにあふれている。
ヤンキーになるにしてもオタクになるにしても、リア充になるにしても非リアになるにしても、
そこには常に「オレって量産品じゃない」という自覚のチャンスが用意されてる。

おそらく誰だって「オレって人と違うな」という自覚位は持ったことがあるだろう。
僭越ながら、それはそう思い込みやすいようにこの世が組みあがっているせいだ。

どういうことか。
例えば学校なら「普通の人を生産しようと言う強制」に反発すればするほど「特殊な自分になれる」という実感を買う事が出来る。
授業を「ダルい」と連呼すればするほど、というかするだけで「普通の人を生産しようとする工程から外れている」という自覚を実に安く買える。

これは別に学校がその事を目的として作られた。と言いたいわけではない。
けもの道みたいに出来上がってしまった経路だと思って欲しい。

刑務所がその意図と逆に犯罪を再生産する機能を提供してしまっているのと全く同様だ。学校も「普通の人を生産する」という意図と逆に「オレは普通の人ではない」と思い込むチャンスを生徒に与えてしまっているように僕には見える。 学校があるから反抗する対象が明白になってしまっている。
尾崎豊が何故に「夜の校舎窓ガラス壊してまわった」のかと言えば、それはそこに校舎があったからで、もし校舎なんてものがこの世になければ、彼はバイクの窃盗で捕まる「普通の」犯罪者になっていたし、どこにでもいるバイクの窃盗犯の歌に耳を傾ける人などいなかっただろう。

違う例を挙げれば、「なんでもいいから何かの作者になりたい」つまり「クリエイターになりたい」という世代年代を通して普遍的な欲望も「替えのきかない人になりたい」という願いの一つの現れ方なんだと思う。そういう願いを持っている時点でオリジナルな人材とはいえなさそうなのにね。

ことほど左様に、6歳から始まる若者の社会生活の前半は「オレはそこらへんにはいない特別な人間=替えのきかないだ」と自覚させてもらえるチャンスが溢れている。


というわけで、「社会人の生産システム」はそのデザインの意図とは真逆に「俺は替えのきかない人」という自覚を量産してしまう。
しまうんだけど・・・悲しいかな、若者の身体は普通の人になるべく調理されているので「自分の事を”替えのきかない人材”だと思っている”替えのきく人材”」として出荷されてしまう。

しかも沢山出荷されてしまう。
経営側からみれば、それを放っておく手は無いよね。

それはどうして危険なのか

上記のような仕組みで「普通の身体と”普通じゃない”心」のパッケージが量産される。
しかも、この仕組みは全国津々浦々大体どこにでもあるので、大量に出荷される。

大量に似たようなものがあるって事は、それを安く買えるって事だ。

供給は需要を生み出すわけで、この手の人たちが安く出回っている事に気付く人は気付く。
そしたら「安く仕入れた意識の高い人たち」を使って美味い商売をしようと思うよね。これがブラック企業を生み出す。


ブラック企業問題は「たちの悪い企業がほかの企業の中に紛れ込んでいて、その罠に嵌ってしまう若者がいる」という単純な仕組みではない。
「自分の事を”替えのきかない人材”だと思っている”替えのきく人材”」が安く大量に出回っているからこそそういうビジネスモデルの会社が伸びる、という競争条件に関連する問題なのだ。

誤解を恐れず言えば、ブラック企業は単に合理的な商売をやっているだけで、彼らに安くて便利な労働力を供給してしまった側にも問題がある。

そう考えると、文化として当然発生する「若者らしい反抗」すらも実に巧妙に巨大な経済装置に組み込まれてしまったかのように見える。マトリックスの仕組みをイメージするとわかりやすい。「人類の反乱」それ自体が一種の予定調和でそれすらもマトリックスの企みだったっていう。

こうなると、最初の設問に立ち返って、個人としての最適解が「替えのきかない人材になる」って発話が正しいのかどうか自信がなくなってくる。
頑張って頑張って「替えのきかない人材」になった所で釈迦の掌の上なら意味がない。

じゃあどうするのか

一歩退いて考えれば家族以外のコミュニティで「替えのきかない人材」になった所でなんだと言うんだろう。当たり前だけど僕と同じような給料で僕と同じ事が出来る人は幾らでもいるわけで、個人が経済システムに対して脆弱なのは今に始まった話じゃないから、そこを突き詰めすぎても仕方ない。

そろそろまとめると。
戦う相手は「個人を特別では無くする仕組み」では無いという気がしてきてしかたない。そこへの戦いはもう負けたとして次の戦地に移るべきなのだろう。

上に挙げたような「普通の人を生産しようとする仕組み」に反抗しなければ得られないような「自己肯定感」は所詮量産品でしかない。

一番いいのは「自分は生まれながらにして価値のある人間である」という健康的な自覚を身体に伝える。
だれがやるのか その人を産んだ家族がそれをその人に伝える。
そうすれば「自分は特別かそうでないか、いやどうか」という戦いを避けられる。

普通であるかそうでないか、替えがきくかそうでないか、その悩みを忘れる事からすべては始まる。

オリジナルである事を追求しすぎても、結局コモディティになるだけ。
身体的実感、原始的自覚として、「自分は何もしなくても特別」と感じる事の出来る子供。
こういう子供を増やしていくのが、ぱっと思いつく戦い方だ。

と考える次第。

執筆: この記事は笹生英作さんのブログ『雛形の祭典』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2013年05月07日時点のものです。

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