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自己啓発の歴史(5) 洗脳と超越

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自己啓発の歴史(5) 洗脳と超越
今回は橘玲さんのブログ『Stairway to Heaven』からご寄稿いただきました。

自己啓発の歴史(5) 洗脳と超越

CIA捜査官エドワード・ハンターは、朝鮮戦争で中国軍の捕虜となった兵士の一部に奇妙な現象が起きていることに気がついた。ごくふつうのアメリカ青年だった彼らは、いまや毛沢東を賛美し、母国を非難する共産主義者に転向していたからだ。ハンターは、中国の捕虜収容所で兵士の思想の人為的な改造が行なわれていると考え、これを〝Brainwashing〟と名づけた。中国語の「洗脳」の直訳である。

米軍の研究者たちは、中国軍の行なった洗脳の技術を解明しようとさまざまな実験を行ない、それを分離・移行・統合の3つのプロセスにまとめた。

分離とは、相手を日常生活から完全に隔離すること。捕虜収容所や軍隊の新兵訓練所、オウム真理教のサティアンなどがこれにあたる。捕虜は名前を奪われて番号やホーリーネームで呼ばれ、私物はすべて取り上げられ、現実世界との交流を絶たれ、逃げ出す術がないことを思い知らされる。

移行では、自意識や自尊心を破壊し、セルフコントロールを失わせて精神的に不安定な状態(変成意識状態)に誘導する。いわゆる、「頭がからっぽになる」ことだ。極端な不眠や絶食をさせたり、罵詈雑言を浴びせたり、意味不明のマントラを何十時間も唱えつづけさせることで、意識を人為的に不安定にし、追いつめていく。

統合とは、宙ぶらりんになった自己を“正しい”場所に着地させることだ。教義や思想を徹底して教え込んだあと、壁を打ち壊すような体験(イニシエーション)をさせる。軍隊では、戦場で敵を殺すことで仲間から祝福され、兵士としてのアイデンティティを確立する。中国軍の捕虜収容所では、毛沢東思想を賛美する手紙を故国の親に書くという「儀式」を乗り越えると、これまで鬼のようだった訊問官たちが満面の笑みを浮かべて抱擁してくれる。それによって兵士や捕虜は、自分が“正しい”場所にたどり着いたことを知るのだ。

その一方で、洗脳の軍事研究とは別に、さまざまな「心理操作」のテクニックがヨーロッパからアメリカへと伝えられ、大学などの教育機関でもひろく研究されはじめていた。

ベルリン大学でゲシュタルト心理学を講じていたクルト・レヴィンは、ナチスの台頭を逃れてアメリカに渡り、1940年代に「グループ・ダイナミクス」と呼ばれる集団でのリーダーシップ訓練を編み出した。この手法は対人関係を向上させる「感受性訓練」(ST=センシティビティ・トレーニング)として、企業向けの管理職研修などに使われるようになった。

オーストリアの精神科医ヤコブ・レヴィ・モレノは、心理劇によってこころの抑制を取り払い、感情を自発的に表現することでカタルシス(浄化)を得る集団療法を1920年代に生み出した。戦時下にニューヨークに移ったモレノは、この療法を「エンカウンター」と名づけ、心理療法家カール・ロジャーズらとともに普及につとめた。エンカウンターは「出会い」のことで、参加者は心理劇や集団討論を通じて日頃抑えつけていた感情を爆発させ、新しい自分と出会うのだ。

このようにして1960年代には、軍による洗脳研究とSTやエンカウンターなどの集団心理療法が合体し、全米各地の教育機関や官庁、企業、病院、軍隊などで人間性の向上や意識改革を目指すさまざまな試みが行なわれるようになった。

ゲシュタルト療法のパールズがアメリカを永住の地に定め、エスリンにやってきたのは70歳のときだったが、それに対してウィリアム・シュッツは40代の新進気鋭の心理療法家としてこの地に招かれた。

シュッツはUCLAで心理学の博士号を取得した後、ハーヴァードでエンカウンターを体験し、母校で教鞭をとるべくカリフォルニアに戻ってきた。彼は集団心理療法のさまざまな技法を統合したオープン・エンカウンターを提唱し、67年に『よろこび―人間のアウェアネスを拡大する』という本を出したばかりだった。シュッツは、ヒューマン・ポテンシャル運動の中心であるエスリンこそが、新しい心理療法を試す格好の場だと考えた。

シュッツの主張は、秘教的なパールズのゲシュタルト療法に比べてはるかにわかりやすかった。テレビのトークシショーに出演して、彼はいった。

「さあ、よろこび(Joy)を手に入れましょう。いい気持ちになる(feeling good)ことは、自分の可能性を充たすことです。自分が愛されているとわかれば、その感情を自由に表現する自信が湧いてきます」

「よろこび」はエスリンの大ヒット商品となり、シュッツのセミナーには〝Joy〟を得ようと参加者が列をなした。

その当時行なわれた伝説的なワークショップに、人種間エンカウンターがある。参加者は白人と有色人種(黒人と若干の東洋人)の男女35人で、カウンセラーや教師などリベラルな中流層が集まった。

集団討論が開始されると、白人の参加者たちは、パーティには黒人のゲストを招くとか、会社では黒人を採用して昇進させているとくちぐちに述べ、自分が人種差別とは無縁の進歩的な自由主義者であることを認めさせようと躍起になった。だが中流黒人男性のオベッカゲーム、白人女性をナンパするゲームなど人種間ゲームを行なうやいなや、たちまちのうちに白人参加者の偽善と黒人たちの怒りがさらけ出された。

トレーナーは、人種間の緊張に風穴を開けるために、土曜日の朝から日曜日の昼まで、一睡もせずに30時間ぶっとうしでつづくマラソングループを行なうことにした。だが徹夜のエンカウンターセッションは絶望的なもので、黒人も白人もつぎからつぎへと湧いてくる怒りを抑えることができなかった。この集まりは、エスリンで行なわれたなかで最悪のものになりそうだった。

そして太陽が昇る頃、“奇跡”は起きた。

精神的に限界まで追いつめられた一人の白人女性が、「私はもう黒人としかデートしない」といった。「白人男性には愛想をつかした」からだという。

参加者の誰もが、彼女の言い訳が白人自由主義者のうすっぺらなごまかしだと知っていた。それを責められた女性は、その場に座り込んで泣き出した。

そのとき一人の黒人女性が、部屋を横切っていって彼女を抱きしめた。そのままふたりは、いっしょに泣いた。

しばらくのあいだ、まったくの沈黙が支配した。参加者たちは、黒人が白人のために泣くという信じられない光景を見つめていた。それからお互いに顔を見合わせ、相手の目にも涙が溢れているのを知った。ごく自然に誰もが抱き合い、やがて部屋は泣き声で包まれた。最悪のセッションは、これまででもっとも感動的な場面を生み出した。

それはエスリンでしか得られない、信じられないような「超越体験」だった。人種間エンカウンターは定期的な催しになり、しばらくのあいだ大変な成功を収めた。

1960年代末から70年代はじめにかけて、エスリンの名声は頂点に達した。アメリカばかりでなく世界各地に、人間性開発の「成長センター」が100カ所以上もつくられた。ヒューマン・ポテンシャル運動のショーウインドウとして、ヨーガや瞑想などのスピリチュアルから、ゲシュタルト療法、エンカウンターなどニューエイジ系の心理療法まで、人間の潜在的な可能性を拡大するありとあらゆる試みがエスリンで行なわれ、その成果が世界じゅうに発信された。

執筆: この記事は橘玲さんのブログ『Stairway to Heaven』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2013年02月21日時点のものです。

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