なぜ、日本人は子どもを被曝させたか?(3) 医師の反逆と医の倫理

なぜ、日本人は子どもを被曝させたか?(3) 医師の反逆と医の倫理

今回は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。

なぜ、日本人は子どもを被曝させたか?(3) 医師の反逆と医の倫理

福島原発以後、医師に相談できなくて困っている人が多い。その理由は医師が法令や事故前に言ったことを無視した発言をするからだ。つまり「法令では飲酒運転は禁止されていますが、私は大丈夫と思いますよ」というようなことをいうのだから、信用できないのは当然だ。ではなぜ、そんなことになったのだろうか?

原発や放射性物質、放射線の利用が始まってから、日本国民は日本の法律で被曝から守られてきた。自然放射線や核実験による降下物を除いて、「産業からの被曝」と「医療用被曝」を区別し、医療に関する医師の判断を尊重して、「治療に関する被曝量は法令で決めない」としてきたと認識している。

医療は一般社会と全く違う。足が壊疽を起こしたら足を切断することがあるが、医師は「傷害罪」に問われない。それは「足を切断する」ことより「壊疽が進んでより重篤になる」ということを医師が判断することができるからだ。

一方、「産業からの被曝」はそれほどのメリットは無い。だから、1年1ミリシーベルト(内部+外部)で制限してきた。これは一般人ばかりでは無く、原子炉作業員ですら、自主規制してきた値である。

ところが原発の爆発が起こり、一部の医師が反逆して、「産業からの被曝量も医師が決めることができる」と言い出した。これは「東電の社員でも、一般人の足を切り落としても良い」ということだから、これまでの日本の常識、倫理、法令にすべて反することだった。

尊敬すべき医師がこのような態度にでて、国民の被曝を増やす原因となった理由は何だろうか? つぎのようなことが考えられる。

1)被曝の法令が存在することを知らなかった(否定される)
2)知らぬうちにすっかり傲慢になり、法令より自分の判断が上と思った
3)放射線関係のメーカーからの便宜を受けている(賄賂系)
4)政府、福島県などから強要された
5)そもそも「医学」と「医療」の区別ができなかった

おそらく原発からの被曝が1年100ミリまで良いなどと言った医師は、このうちの複数の理由によるものと考えられる。

ところが現状はさらに問題がある。つまり、放射線の専門医は「1年100ミリシーベルトまで被曝は認められる」と言ったが、それから約2年。どうも医師は「治療に何ミリシーベルトまで良い」という基準を持っていないような様子だ。医師に個別に聞いて見ると、「100ミリじゃないですか」という程度だ。つまり医師は際限なく患者を被曝させることができると思っているらしい。

どんな医療でも個別の医師が全権を持っているわけでは無い。治療もガイドラインがあり、安楽死はもとより、制限のない臓器移植や、残酷な治療、重篤な副作用のある治療は学会などで検討され、不適切とされている。

すでに2004年のランセット(医学の世界的学術誌)で、日本の医療被曝で医療を原因としたガンが先進国の中で飛び抜けて高く、3倍以上の可能性があることが指摘されている。

まして、医師が「私たちもメスで体を切るのだから、ナイフで人を刺すのがなにが悪い」などというのは完全な反社会的な行為で、とうてい許されない。最近の日経新聞で国連の被曝記事を出していたが、これも原発から等の被曝との関係をまったく書かれていないもので、「メスとナイフ」の類いであった。

今まで医療について信頼してきた私は、深く失望した。多くの医師は個人の生活を犠牲にして患者の治療に当たっている。でも、治療のために使う被曝の限度も国民に説明せず、医療以外の被曝の領域をあたかも自分が決めることができるように言うのだから、かなり悪質な医師がいることは確かだ。

日本では、医師が治療を自由に行えるように、治療の判断を医師に任せている。でも、天井知らずの被曝をさせることが常識となっているのなら、医師の治療限度を法令で定めなければならない。しかし、それは日本の医療について悪い方向に行くだろう。

医師は信頼され、尊敬されなければならない。人は自らの体を傷つけた医師に「ありがとうございます」というのだから、医師は信頼され、尊敬されていなければならないのだ。

2011年の原発事故は、政府、自治体や技術者、有識者の問題を浮き彫りにしたが、医師もまた法令違反、倫理に悖る行為、あるいはムチャクチャというような言動をくり返した。

念を押しておきたいが、「集団における低線量被曝」については「科学的に明確では無く、従って予防原則にそって、科学的に明らかになるまで安全サイドを盗る」というシッカリした概念と、国際的に認められた「被曝は個人の損害だから、それに見合う利益が得られなければ被曝は認められない」という正当化の原理に基づいている。

治療被曝と産業からの被曝を混同した医師は、1)自らの間違いを認め、それを公表すること、2)もし治療用被曝と産業被曝は同じと考える医師は医師免許を返上すること、を求める。

これ以上、「危険かも知れない」被曝を国民が受けるのは許されることではない。最近の日経新聞が国連の機関が「被曝は大したことはない」という報告を出したことを報道しているが、そこには「日本人は日本の法令で守られる」ということに全く触れていない。

医師も日経新聞も「国民を病気にさせる鬼」になってはいけない。日本の法令について少しでも触れて、それと自らの主張を明らかにすべきだ。

執筆: この記事は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。

  1. HOME
  2. 政治・経済・社会
  3. なぜ、日本人は子どもを被曝させたか?(3) 医師の反逆と医の倫理

寄稿

ガジェット通信はデジタルガジェット情報・ライフスタイル提案等を提供するウェブ媒体です。シリアスさを排除し、ジョークを交えながら肩の力を抜いて楽しんでいただけるやわらかニュースサイトを目指しています。 こちらのアカウントから記事の寄稿依頼をさせていただいております。

TwitterID: getnews_kiko

  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。