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教育について思うこと

教育について思うこと

今回は内田樹さんのブログ『内田樹の研究室』からご寄稿いただきました。

教育について思うこと

先週末に日教組の教育研究全国集会で基調講演をした。

何度か依頼されていたのだが、在職中は入試のハイシーズンで都合がつかず、今回はじめて登壇することになった。

日教組は現在組合員27万人、組織率30%を切るまで力を失ったが、依然として国内最大の教職員組合である(ほかに共産党系の全教、自民党系の全日教連がある。全教が組合員7万人、全日教連はさらに少ない)。

私が子どもの頃、日教組の組織率は90%近かったから、高校生の私でも宮之原貞光の名は知っていた。
加藤良輔委員長に槇枝元文以降の委員長名を訊いてみたが、私は誰の名も知らなかった。
槇枝が委員長を辞めたのが83年。バブルの始まる頃である。おそらく、その頃から日教組の社会的影響力は急激に低下することになったのだろう。
私自身は1982年から90年まで日教組大学部の組合員だった。

都立大学の組合は代々木系の人たちが仕切っていたので、私は同期の助手たちと「助手会」という自主的な組織をつくって、研究室横断的に情報交換ネットワークをつくってはいたが、組合費を納めていただけで、組合活動には何もコミットしなかった。
神戸女学院大学では管理職になるまで15年間組合員で、執行委員長を2期つとめた。
神戸女学院大学は私の就任したころには、山口光朔先生のような反骨のエートスを持った方たちが学風を形成していたし、歴代の大学執行部の多くも組合経験者で占められていたから、労使間の不信や対立というようなことを私は経験しないですんだ。
それが私のさしたる波乱のない「組合員」キャリアの全部である。

日教組については「日本の教育をダメにした諸悪の根源」というタイプの言説が行き交っている。
その人たちがどういう根拠でそういうことを言っているのか、私にはよくわからない。
前にテレビで「日教組の偏向教育のせいで、日本はダメになった」ということを三人の論客が口角泡を飛ばして述べ立てていた。
私が不思議に思ったのは、そういう彼ら自身年齢的にはあきらかに「日教組の偏向教育」なるものを受けて育った人のはずだったからである。
イデオロギー教育のバイアスが彼らの言うとおり強い力を持つものなら、彼らは今もそのイデオロギーの支配下になければならない。
もし、彼らがその支配を無事に脱することに成功したのだとしたら、イデオロギー教育のバイアスは彼らが言うほど強いものではなかったことになる。

ひとによって教育から受ける影響はさまざまであり、どんな影響を受けるかは最終的には人によって異なるということであれば、「教職員組合が諸悪の根源である」という説明はあまり説得力を持たないだろう。
日教組の教育理念や方法が「間違っている」ということと、それが「強力な社会的影響力を有している」ということは別の次元の話である。
この二つのことは個別に論証しなければならない。

だが、日教組批判者は「間違っていること」の証明には熱心だが、「強力な社会的影響力の存否」についてはそれほど証明に熱心ではない。
「諸悪の根源」が存在し、それがすべての悪を分泌している。だから、それを除去しさえすれば、社会は浄化されるという話形にすがりつきたい人の気持ちは私にもわからないではない。

そういう説明で話が済むなら、社会問題を考察する上での知的負荷は劇的に軽減するからである。
だから、複雑な知的操作が苦手な人は「諸悪の根源」仮説を好む。

残念ながら、今日の学校教育が直面している危機は無数の行為の複合的効果である。
そして、たぶんそのほとんどの行為は「善意」に基づいて行われている。
日本の教育をダメにしてやろうと陰謀を画策している好都合な「張本人」はどこにもいない。
文教族も、文科省の官僚も、教育委員会も、自治体の首長も、現場の教師も、保護者も、メディアも、教育学者も、もちろん子どもたちも・・・全員が「日本の教育を良くしたい」と思ってさまざまなことを行ってきた、その集積が今日のこのありさまなのである。
私たちが目の前にしているのは「問題」ではなく、「答え」である。

私たちの誰かの悪意や怠惰の結果ではなく、私たち全員の勤勉なる努力の結果なのである。
戦後68年間、私たちは教育現場に有形無形さまざまな干渉を行い、その算術的総和として、教育の現状を現出させたのである。
単一の「有責者」を名指して、それを排除すれば話が終わると言うような知性の怠惰が許される場面ではない。
その簡単な話がなかなか通じない。

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