丸山健二氏特別寄稿(1)『文学の黄金期は存在しない。』

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丸山健二特別寄稿(1)『文学の黄金期は存在しない。』

丸山健二氏特別寄稿(1)『文学の黄金期は存在しない。』

文学の衰退が叫ばれて久しく、活字離れを嘆く声が慢性化している昨今ではあるが、しかし、すでに四十年余りにわたって文壇とは決定的な距離を置いた立場でこの世界で生きてきた私に言わせれば、そうしたたぐいの苦悶は的を射たものではない。なぜとならば、その愚痴の意味するところには、さも文学の黄金期が存在したかのごとき印象が付きまとっているからで、もしもそんな幻影に本気でしがみついているのだとしたら、おめでたさの極みであり、そんな認識だったからこそ迎えてしまった凋落ということになる。

近代文学の黎明期における、欧米文学のパクり易いところだけをパクるという、いかにも安易で、いかにも日本的な取り組みの姿勢は、当初はそれだけで新鮮な衝撃を与え、ラジオもテレビも映画もない時代における最大の娯楽と文化になり得て、その質より何より商売的な大繁盛を迎えるという幸運に恵まれ、不幸にしてその大盛況が即、文学の黄金期と錯覚するまでに至り、そのレベルが最高峰という途轍もなく間抜けな価値観が固定化されてしまった。

つまり、本物の文学へと通じる世界へのとば口に立つことはできたものの、大儲けによってそこで立ち往生することになり、結果として夏目漱石を超えられないまま、さらにひどい体たらくを迎え、視覚や聴覚に直接訴えかけてくるほかの大衆文化に叩きのめされて商売として成り立たなくなっただけのことなのだ。それをもって文学の衰退だの、活字離れだのと大げさに嘆くのは笑止千万であり、文学と呼べる域にはほど遠く、むしろ、せいぜい小説もどきのレベルにしか到達できなかった関係者の無能ぶりを嘆くべきであろう。

日本の近代文学は萌芽の段階で早くも腐敗へと向かって突き進み、前進や発展など望むべくもなかったのだ。それが偽らざる実態である。

丸山健二『千日の瑠璃』

丸山健二氏プロフィール
1943 年 12 月 23 日生まれ。小説家。長野県飯山市出身。1966 年「夏の流れ」で第 56 回芥川賞受賞。このときの芥川賞受賞の最年少記録は2004年の綿矢りさ氏受賞まで破られなかった。受賞後長野県へ移住。以降数々の作品が賞の候補作となるが辞退。「孤高の作家」とも呼ばれる。作品執筆の傍ら、350坪の庭の作庭に一人で励む。
Twitter:@maruyamakenji

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