台湾の中国時報で離職者続出(ジャーナリスト野嶋剛)
台湾の「中国時報」は長く台湾知識人の拠点のような役割を果たしてきた新聞で、1990年代の民主化では、リベラルかつクオリティの高い新聞として圧倒的な信頼度を誇っていた。優秀な記者が多く、地元メディアを情報源とする外国の記者としては、中国時報の記者たちのネットワークをちゃんと押さえておけば、台湾の政治情報はつかめる、という状況だった。
その中国時報で、いま幹部の離職者が続出している。10年来の友人である副総主筆の荘さんも先週に辞めてしまい、そのときちょうど台湾にいたので、最後の勤務日の夜に一緒に食事した。「今日まで社員だし、自分の愛する中国時報の悪口はあまり言いたくない」と内部で何が起きたかについて詳しくは語らなかったが、とにかく寂しそうで心が痛んだ。
離職の原因は、同紙の急激な親中化とオーナーによる報道の私物化にある。中国時報グループはその傘下に複数のテレビ、雑誌、出版社まで抱える台湾最大のメディアグループで、創業者の余紀忠がずっと経営のたずなをにぎってきた。しかし、2009年に中国でスナック菓子のビジネスで大成功を収めた台湾の企業家・蔡衍明の旺旺グループに買収されてから、その中道リベラルの路線(陳水扁政権末期には中道保守に傾きつつあったが)を一気に親中路線に転換。紙面を挙げて、中国との関係強化をアピールするようになった。
そこまでだったら過去に香港などでも起きたメディアの親中化ということで何とか理解できるのだが、この蔡衍明という人、メディアにおけるオーナーの役割たるものをほとんど理解していない人で、自分の意向に沿わない記事を書いた編集幹部を次々と左遷するなど、ひたすら報道の私物化を進めていった。
それがピークに達したのが最近で、旺旺中国時報グループが新たにテレビ事業を拡大しようとしてテレビ局の買収を手がけたところ、もともと旺旺中国時報の動向に懸念を持っていた学者や知識人が反対の声を一斉に上げた。すると、その中心人物の学者を24時間監視するように記者を自宅まで派遣して追い回し、紙面を大きく使って誹謗中傷の論陣を張り続けた。嫌気が差した現場の記者が相次いで執筆を拒否して退職しただけでなく、前述の副主筆の荘さんだけではなく、総主筆も退職を申請し、副総編集長も先々週に退職してその日にフェイスブックに告発文を発表している。
同業なので他人事ではないが、ビジネスとしてしかメディアの役割を認識していない経営者になった時点で、メディアとして中国時報の生命はほぼ絶たれたに等しい、ということだろうか。昔の輝かしい時代を知るだけになおさら惜しいと思う。
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野嶋剛 Nojima Tsuyoshi
ジャーナリスト
1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長。現在は国際編集部。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)がある。
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※画像:「台湾また行き台湾」By hydlide
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