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刑事ヴァランダー・シリーズ前日譚『ピラミッド』

刑事ヴァランダー・シリーズ前日譚『ピラミッド』

 作家が小説を書くのにはさまざまなやり方がある。

 わざと迷路にはまりこんでみて出口を探すように文章を置いていく者、急流の中で命を救う手立てを見つけるときのように必死に言葉を繰り出す者、初めから答えがわかっているジグソーパズルを作るかの如く悠揚迫らずピースを置いていく者。

 ヘニング・マンケル『ピラミッド』を読み、ああ、この人はシンボルの作家なのだ、と感じた。シンボル、小説の中心に聳え立つもの。それが作品の形を決定し、輪郭線をあらかじめ定める。マンケルはおそらくシンボルに導くとおりに構図を決めていたのだ。彼の作品を読むと、捜査に当たるクルト・ヴァランダーの足取りがいかにも覚束ないのに、背景に見えている問題の壮大さに初めから圧倒され、果たしてこの主人公は答えにたどり着けるのだろうか、と危ぶむことが幾度もあった。しかしマンケルの中では、ヴァランダーが踏み出す一歩一歩が間違いなく自身の置いたシンボルへ続くものと意識されていたのだろう。

 ヘニング・マンケル作品の魅力とは骨太のプロット、と幾度も書いてきた。事件が発生し、答えに向けて捜査官であるクルト・ヴァランダーがひとつひとつ証拠を集めて進んでいく。それだけの物語で、主人公自身の人間関係などがサブプロットになっているものの、あくまでも力点は主筋の方にある。それだけで読者を魅了するに十分な小説の力があるのだ。

 ピラミッド。
 マンケルがシンボルに据えるものとして、これ以上魅力的な題材があるだろうか。

『ピラミッド』は、スウェーデンのミステリー作家ヘニング・マンケルが1999年に上梓した作品である。マンケルはスウェーデンの南端に近い田舎町、イースタの犯罪捜査官クルト・ヴァランダーの登場するシリーズで人気を得たが、本書はその第九作ということになり、初の短篇集でもある。すでに第八作の『ファイアーウォール』と、彼の娘リンダがやはり警官になって主役を務める『霜の降りる前に』までのシリーズ作品が刊行されている。熱心なファンはそこまでお読みだろうが、そうではない初心者にとっても本作は恰好の入門書である。1991年に発表された第一作『殺人者の顔』につながる前日譚として書かれているからだ。ここからクルト・ヴァランダーの人となりを知り、興味を持ったならばぜひシリーズの他の長篇にも当たってみてもらいたい。

 収録作の五篇は作中の年代順に配置されている。「ナイフの一突き」のヴァランダーはまだ二十二歳になったばかり、大都市マルメでパトロール任務に就く制服警官である。その彼がヴェトナム戦争反対デモで市民を殴ったと少女になじられ、腐る場面がある。実際には彼は少しも暴力をふるっていないのだが、制服警官である以上は罪は同じだ、と糾弾されるのである。このへんのくだりは、スウェーデン・ミステリーの先人マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーの代表作『笑う警官』がやはりヴェトナム戦争デモの一夜から始まっていることを思い起こすと興味深い。マルティン・ベックとクルト・ヴァランダー、二つのシリーズが線でつながった瞬間と言ってもいいだろう。

「ナイフの一突き」のあとで念願の刑事課に配属されたヴァランダーは「裂け目」で現代スウェーデンが旧き良き伝統と新しく到来しつつある社会秩序の中で引き裂かれていることを実感する。次の「海辺の男」で彼はマルメからイースタに転属しているのだが、ここでは市民にとっての法とはいかなるものであるかを身をもって体験させられる。若きヴァランダーにとっては、法の守護者である自分を疑いたくなった瞬間だろう。続く「写真家の死」で印象的なのは、殺人事件の犠牲者となった写真家が行っていたある悪癖である。人間は合理的な存在ではなく、時として他の者には理解しがたい動機で何かをすることがある。そのことをマンケルはしばしば作中で書いたが、本篇で描かれるのも非常に印象に残るエピソードだ。

 クルト・ヴァランダー・ファンにとっては、彼の離婚した妻・モナとの馴れ初め、そして警察官の師と仰ぐリードベリとの出会い、つかず離れずの距離を保っている画家の父親との関係などが各篇に描きこまれており、そちらにも興味を惹かれることだろう。

 巻末の作品が最も分量が多い。表題作にもなっている題名の「ピラミッド」とは、ヴァランダーの父親が「いつか、エジプトとイタリアに行ってみたい」と執着していた対象の一つなのである。本篇で彼は、実際にそれを見るために海外旅行に出かけていく。そのことがヴァランダーにもある影響を及ぼすのだが、詳細は本を読んで確かめていただきたい。

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