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スウェーデン・ミステリーアンソロジー『呼び出された男』を読むべし!

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スウェーデン・ミステリーアンソロジー『呼び出された男』を読むべし!

 ものすごいアンソロジーが出た。

『呼び出された男 スウェーデン・ミステリ傑作集』(ハヤカワ・ミステリ)である。アンソロジーの価値は作家の顔ぶれと個々の内容、そしてアンソロジストの器量で決まるが、そのすべてに満点をつけてもいい出来だ。まだお買い求めでない方は急いで書店に走るべきである。

 まず作家の顔ぶれから。現在スウェーデン・ミステリーの興隆には3人(というか3組)の立役者がいる。1960年代から70年代にかけて刑事マルティン・ベック・シリーズ全10巻を書き、基礎固めを行ったマイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー、1990年代にヴァランダー・シリーズで国際化・階層化が進む母国の現状を描くことに成功したヘニング・マンケル、そしてスウェーデン・ミステリーのおもしろさを全世界に知らしめた〈ミレニアム〉三部作のスティーグ・ラーソンである。

 その3人の短篇がすべて本書には収録されているのだ。どれも希少価値の高い作品である。シューヴァル&ヴァールーは共作としては唯一の作品「大富豪」、マンケルは同時代の人気作家ホーカン・ネッセルとの合作で、かつお互いのメイン・ヒーローが共演するという夢の一作「ありえない邂逅」、ラーソンは若い日の習作「呼び出された男」である。しかも彼のパートナーであり、二人の暮らした日々を綴った『ミレニアムと私』(早川書房)著者エヴァ・ガブリエルソンの「ポールの最後の夏」まで入っているといのが心憎い。もちろん、ヨハン・テオリンなど2010年代以降の人気作家も布陣に加わっている。

 単なる顔見世ではなく、内容もおもしろい。巻頭の3作がまず、スウェーデン・ミステリーについての固定観念を覆すような作品である。トーヴェ・アルステルダール「再会」は中年の女性が同窓会に招かれることで若き日の苦い思い出に直面するという話、シッラ&ロルフ・ボリリンド「自分の髪が好きな男」は不思議な雰囲気で、私のいちばんのお気に入りである。深夜、街に出ていく男がいる。懐中に女性用生理用品の箱を呑んでいるのだが、その意外な用途に読者は驚かされるはずだ。オーケ・エドヴァルドソン「現実にはない」は、いわゆる奇妙な味の小説で、結末が近づくにつれて不協和音が耳の奥で響き始める。

 社会問題を素材として取り上げたものも読みごたえがある。特にダグ・エールルンド「瞳の奥にひそむもの」は、中東からの移民が増えて多様化するスウェーデンの現状をよく表した作品で、排外主義者が増加しつつある日本の未来を私はそこに重ねて読んだ。マーリン・パーション・ジオリート「小さき者をお守りください」の突き放したような書きぶりもいい。オーサ・ラーソン「郵便配達人の疾走」はスウェーデン版『アンクル・アブナーの事件簿』といってもいい内容で、地方都市キルナの開拓時代が舞台になっている。このように多岐にわたる作品が全部で17篇も入っているのだ。スウェーデン・ミステリーの見本市である。

 編者であるヨン=ヘンリ・ホルムベリはスティーグ・ラーソンに関する評論がアメリカ探偵作家クラブ賞の候補になったこともある人物で、彼による「はじめに」はとにかく必読である。前述したようにスウェーデン・ミステリーが世界に広まるきっかけを作ったのは〈ミレニアム〉三部作だが、それがなぜ特別な存在となりえたか、ということについて明確に分析されている。スウェーデン・ミステリーの黎明期から現在に至る小史としてもよくまとまった内容であり、30ページ弱のこの評論を読むためだけでも定価2000円を払っても惜しくない。

 後になって買わなかったことを絶対後悔する一冊だ。絶対に読んだほうがいい。スウェーデン・ミステリー好きならなおさらだ。スウェーデン・ミステリーを読んだことがない人は、本書を買えば絶対ここに出てくる作家の本を手に取ってみたくなるはずである。

(杉江松恋)

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