関西のディープゾーン『遊郭・松島新地』に、愛する妻と1歳児、新生児と住んでみた

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京都にいると起伏のない緩やかな感情の中に佇んでいられる。
それが幸せなことだと、長年この地で育ち、長年古都の風景を見つめ続けているとわからなくなってくる。

仕事で東京や大阪などに出張ってみると、京都の景観法では考えられないような原色の看板や煌びやかなネオンが目に飛び込んでくる。
心の奥底に眠っている感情や感性を刺激してくるような気分になって、街を練り歩くだけでハイテンションになってくるのだ。

ずっと住み続けている京都を離れ、都会への憧れを追ってみるのもいいだろうと、
私は昨年の6月から、仕事と人脈が増えてきた大阪へと転居した。
しかし、どうせ住むのであれば、繁華街に近いディープゾーンの方が面白いだろうというライターの悪い癖が出て、
大阪は西区にある『松島新地』という遊郭エリア(※男が金を出して女を買うところ)の中心に住んでみることとあいなった。

しかも、妊娠中の妻と1歳になる子供を連れて……。
どうかしているとお思いでしょうが、さぁさぁお立ち会い!

さて、そこでの生活はどうのようなものだったのか。カルチャーショックだらけの私の遊郭移住生活の話を聞いてほしい。

コンソメパンチぐらいパンチが効いている場所

明治時代初頭からの歴史のある『松島新地』は、現在の千代崎に位置していた。当時市電などの交通アクセスが便利として、歓楽街として栄華を極めたのだが、太平洋戦争中の大阪大空襲で、その町並みすべてを焼失。戦後には、赤線として場所を本田に移し、松島新地料理組合として営業をはじめる。料理組合と行っても、料亭を気取ったいわば“ちょんの間”である。

“ちょんの間”、つまりは店先で女の子を選び、気に入ったら2階へ上がって、15~20分1万5千円前後で、そういった行為ができる健康的な場所なのであります。

大阪に住むなら、体験体感できないような空気感に包まれて、大阪っ子が人格形成を行う浪速の下町に住みたいという思いがどこかにあった。かといって、大阪に土地勘などはなく、どこに住めばいいのか、どこがどう便利で快適な場所なのかなんてことはこれっぽっちもわかっていなかった私。

今考えてみれば、妻にはわがままな夫のとんでもないお遊びに付き合わせてしまったようなものだ。

そこで、旧知のデザイナーであるH氏が住むという西区九条の地を訪れてみた。もちろん不動産屋にもわがままを言って、5、6軒の物件を用意してもらい、未開の地へ乗り込んでみたのだ。まず驚いたのは、その交通アクセスの良さ。自転車で徒歩で、大阪ミナミの中心地・心斎橋や難波へすぐの距離。

阪神九条駅は、神戸まで30分で行ける。大阪市地下鉄は中央線で、京阪線の淀屋橋・JR大阪駅まですぐ。地下鉄は阪急までもつながっていて、そこから京都へだって帰れる。まさに交通やりたい放題、電車四十八手と言っても過言ではない。

近所には、昔ながらの商店街もあり、買い物にも便利。スーパーだって3軒も4軒もあるし、近くにはイオンモール、京セラドームもある。商店街を歩きながら、昔ながらの大阪の街の風景に酔いしれ、途中で気分が良くなってきて、立ち飲み屋を併設している酒屋さんなんかでビールをいっぱい引っかけたりしていた。

「うん、いい街だね。ママ」「そうね、あのマンションもいいし」

私たちが選んだマンションも築3年の新築同然の1LDKのマンション。同じマンションの最上階に住む大家さんもいい方で、非常に住みやすいと思える。

で、兎にも角にも一番に惹かれたのは、遊郭のど真ん中にマンションが建っていたことである。一歩外へ出れば、大きく開かれた門戸の奥にピンク色の照明が煌々とあたった女の子が座っているではないか。隣にはやり手ババア。
「お兄ちゃん、よってってや」
「気だてもええ子やで~」
「サービスも一級品や~」
なんて呼び声で誘ってくるというアンチモラルな世界観。

品もへったくれもなく、欲望一辺倒の空気感が漂っているではないか! 正直は入る気はないし、ましてや買う気なんてない。だが、だ! 裏モノライター歴も10年選手になっている自分が、歌舞伎町に住んで毎日刺激的な生活を送っているライターに勝つには、このぐらいコンソメパンチが利いている土地のほうがいいんじゃないだろうか、考えるわけだ。

そこで私はすぐに決断した。うん、ここにしよう、と…。しかし、この地を選んだことが、その後“大阪下町恐怖症”を発症させるとは、この時の私は知る由もなかった。

路上の吸い殻を拾って咥えるババア

引っ越しを済ませ、役所への転居手続きと健康保険の変更手続きを終え、心機一転、大阪での生活がはじまった。希望に胸膨らませ、新しい仕事の依頼が入ったのですぐに駅へ。

商店街をぬけ、駅前へと足を進めると、惚けたような表情のバアさんがひとり立っていた。首の伸びたジャージにサンダル姿で、駅にむかうもの一人一人に声をかけている。なんて言ってるのか、耳を澄ませば、

「ってると、湯がでてるぅぅ。ってるよ、ふがでてるぅぅ」

謎の呪文だ。こいつが蛇の髪の毛を持った妖女ゴーゴンだったら、今頃みんな石にされているだろう。そんな冗談を飛ばしているそばから、そのババアの信じられない行動に私は一瞬で固まった。

唾が吐かれた路上に転がった吸い殻を大事そうに拾い上げ、巻き紙をぺろぺろなめて皺を伸ばし、なんとマッチで火をつけたのだ。口を狐のように尖らせ、うまそうに煙を吸い込む仕草をする。私の背筋は、ぞーっと凍りつき、何とも言えない嫌悪感を抱いた。な、なんで?!

そのすぐそばにある駅前の立ち食いうどん屋がなぜか視界に入った。そこで、すうどんをすすっていたうす汚れたランニングシャツを着た親父は、いきなりババアのそれに習って、店の灰皿の吸い殻に手を伸ばし、鷲掴みにして、ポケットにしまい込んだ。わ、わわわわわわわぁぁぁわわわわぁぁぁぁぁ~!!

京都育ちの私への大阪流のアウトローな歓迎セレモニーは転居した初日から唐突に行われたのだ。  

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(執筆者: 丸野裕行) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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