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由紀さおりは海外でなぜ売れた?

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SaoriYuki1969

由紀さおりさんの海外での成功に関して書かれた記事はほかにもいろいろ出ていますが、一応末端ながら音楽に関わる立場として、思うところを書いてみたいと思います。

私は幼少の頃、父の転勤のため英語圏の国で生活をした経験があります。実は当時、母が現地の外国人にモテモテでした。その理由がどうも“日本人のお能のお面の女性の顔”ということだったのです。確かに私の母の顔は、日本人の私が見ても能面のような顔をしています。外国人が見たら、なおさらだと思います。そんなことで、私の母は「現地の外国人とスムーズに交流ができるきっかけを作れた」と、後に語っています。母の事例と比べるのはアレですけど、由紀さおりさんもおそらくアメリカ人にとって、知っている能面の顔とうりふたつに見えていると思います。それだけでも由紀さおりさんは日本の文化を認識しやすい“記号”を持っている、ということがいえると思うのです。由紀さおりさんの顔が、外国人にとって日本の文化として認識しやすい記号に入る顔であったことは、とても重要なことだったのではないでしょうか。

我々も海外の異質な文化を受け入れようとするとき、例えばそれがアメリカ文化なら“コーラ、スケボー、バスケ、ホットドッグ”といった記号から認識していくように、海外の人たちも日本の文化に対して簡単に認識できる記号を無意識に求めるのですが、由紀さおりさんという歌手は、それがビジュアルの面から非常にやりやすかった部分があったと思われるのです。

記号性として認識してもらう部分がクリアできれば、そこではじめてその中身になります。由紀さおりさんの音楽は昭和の歌謡曲なのですが、何よりそれをアメリカのインディーズで活動するジャズバンドがすでに自発的にカバーをしてくれていた、というところに“運”があったように思います。日本の昭和の歌謡曲をそのままアメリカに持ち込んでも、どうしても納豆が外国人にそのままでは受け入れてもらえないような壁と戦わねばならないのですが、由紀さおりさんの歌が音楽に対する知識と広い理解と、そして才能あるアメリカ人のフィルターを通して、すでにそれがアメリカ人のテイストに合うように商品がローカライズできる道筋が用意されていた、という部分は大きかったでしょう。

ただし、それを一概に“運”ということだけで片付けてしまうことのできない音楽的な要素が、実は由紀さおりさんの歌にはあると思います。由紀さおりさんの歌には、わかりやすい形で“こぶし”的な要素が、あまり表現されていないのです。昭和の時代に生きた日本人にとって、それを「日本人の心」と認識する記号として機能していた“こぶし”の要素を、あの昭和の歌謡シーンの中で、由紀さおりさんはそれを“そのまま表現していく”ことを、ある意味拒んだ歌手なのです。それが逆に由紀さおりさんの日本での大衆化を妨げていた部分もあったわけですが、アメリカ文化の中ではそれが長所として働いた、ということはいえると思います。“こぶし”的な表現は、確かに海外文化圏の音楽との相性の悪い側面を持っているといえると思います。それは70年代の日本のロック事情を思い出してもらうとわかりやすいと思うのですが、日本語の歌としてスタンダードな歌い方とロックのテイストがあまりにも異質過ぎ、日本中のバンドマンがロックという音楽のローカライズに苦労、もしくは失敗しまくっていたのが、70年代日本語ロックの黎明期(れいめいき)の現実でした。『はっぴいえんど』が、そこに風穴を開けたバンドとして知られていますが、それは大論争になるほど、異質な音楽として当時の日本では受け止められたようです。結果として『はっぴいえんど』の音楽からは、その“こぶし”的な要素が排除されていたわけですが、そうすることで、日本語の歌ははじめてロックとの接点を見出すことができるようになっていったのも、事実でしょう。

アメリカの人が日本の歌謡曲をカバーする作業として考えてみても、“こぶし”の要素があることで、それがアメリカ人にとって接点の見つけがたい音楽になってしまうことは、容易に想像ができると思うのです。いくら「“こぶし”が日本人の心です」を主張してみたところで、それだけではお互いの接点が見つけにくいのが異文化交流というものです。由紀さおりさんの歌は、アメリカ人にとっても、自分達の文化との接点を見つけやすい歌だった、ということが、先の“運”を引き寄せたと私は思っています。

結局、日本人の心として認識される記号性を持たずとも(記号性を持ってしまえば、プロとして実力が並でも仕事を頼まれるラインの中に一応入れる)、日本の伝統的な歌謡曲ビジネスの中でやってこれた由紀さおりさんの才能と工夫、日々の鍛錬、などのレベルの高さがすべてだった、といえる話になっていくと思います。日本の歌謡界の中でプロとして認識してもらうための記号性は私の歌にはいらない、という判断をするに至った、彼女自身のオリジナリティに対する信念と誇りなくしてこのドラマは生まれなかったというところに、由紀さおりさんの海外での成功の根本があるのです。「アンタはこうしたらもっと売れる」のような安易な業界人の声にたたかれ続けながらも、それでも自身の才能を裏切ることなく、自身の正義観を不器用に表現し続けた歌い手にこんな結末(まだ終わったわけではありませんが)が用意されているなんて、音楽もまだまだ捨てたもんじゃないな、と思ってしまうのでした。

もちろん、由紀さおりさんが海外で成功した要因は、ここにすべてを書き切れるようなものはないに決まっているのですが、とりあえず誰でもマネができてお手軽に満足はできますけど、成果を伴う例が少ない“要領”の切り売りのような、いわゆるライターの日銭稼ぎのようなことで由紀さおりさんは世界の扉をこじ開けたわけじゃない、ということだけは、ここに書いておきたいと思います。

※この記事はガジェ通ウェブライターの「まどろみの礼司」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?
東京の音楽業界の隅っこで仕事をしてきました(インディーズアーティストのもろもろ、ゲーム、ラジオの音楽制作、専門学校講師等)。現在、田舎の楽器屋さんでギターのインストラクター、ジャズとロックのギタリスト、その他もろもろをやりながら、細々と生活中。

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