ロンドン大会に携わった建築家に聞く! 東京五輪「負の遺産」の減らし方

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ロンドン大会に携わった建築家に聞く! 東京五輪「負の遺産」の減らし方

2020年、東京にオリンピック・パラリンピックがやってくる。それ自体は喜ばしいことだが、競技場・開催地にまつわるゴタゴタ、高すぎるコスト……、漏れ伝わるネガティブな報道を見るにつけ、どこか一枚岩になれない残念な空気を感じてしまうのも事実だ。特に気がかりなのは、新設された立派な競技場や施設が大会後、「負の遺産」と化してしまうことだろう。レガシーという体の良い言葉とは裏腹に、国民の日常にとって無用の長物に過ぎない「五輪サイズのお荷物」が遺(のこ)される。なんともイヤ~な予感がしてしまうのだ。というわけで、ここはひとつ過去の事例に学ぶとしよう。近代五輪の成功例といわれるロンドン大会で競技会場の現場監理を担った日本人・山嵜一也さんに当時のことをお伺いするとともに、近代都市における五輪の在り方、東京大会の向かうべき方向性を探った。

ロンドン大会はなぜ「成功」したのか?

山嵜さんは現在、東京を拠点に設計活動を行う建築士。2001年から12年間イギリスで暮らし、現地の設計事務所に勤務した。2012年に開催されたロンドン五輪では、グリニッジ馬術競技場の現場監理を担い、大会後のメーンパークの活用法を考える「レガシー・マスタープラン」などの作成にも携わっている。

まずは、計画段階におけるロンドンと東京の違いについて伺った。

―― 東京五輪、いろんな問題が噴出しています。ボート会場の件をはじめ、一連のゴタゴタを見ているとなんとも行き当たりばったりな印象を受けるのですが、ロンドンのときはどうだったんでしょうか? 2012年の開催時はもちろん、それ以降のことも考えて綿密に計画されていたといわれていますが……。

「そもそもロンドンの場合、以前から『ロンドン市内東部地区をどうにかしよう』という課題があり、オリンピック招致の成功をきっかけにその地域の再開発が一気に進んだわけです。運河や河川が流れる中洲のような場所に倉庫、工場、車庫、操車場、廃棄物処理場などがありました。そのような土地にメーンパークとなる競技場や選手村を整備し、大会後には跡地利用としてオリンピック記念公園や住宅の街区を計画しています。オリンピックだけが目的ではありませんから無駄になっていない。バルセロナ大会なども同様の成功例として注目されていました。それらに対して、東京は『2020年のオリンピックでいかに儲けるか』が目的になっているように見えます。しかし、それだと計画も近視眼的になり、長期的なビジョンを私たちに説明できていない。そこが残念なところです」

―― 東京にも「レガシー」の理念はあって、晴海地区につくられる選手村が大会後に住宅になるのもそのひとつです。でも、人口減が進み、かつ空き家も増えている今の日本に、果たして5000戸もの住宅が必要なのかな? という気はしますが……。

「大会後の選手村利用としてマンションを計画しても、将来ゴーストタウンにさせないためのビジョンも合わせて考えなければいけません。これはオリンピック選手村の問題だけでなく、都内に乱立するマンションにも感じます。なぜ必要なのか? 何のためにつくるのか? そのようなビジョンがないと、問題が噴出したときに立ち返る場所が見つかりません。選手村一つにしたってそうだし、ボート・カヌー競技の開催地問題もそうです。結局、オリンピックの経済効果という視点でしか考えられていない」

―― そうした工事も「経済効果」という言葉でくくると、とたんにポジティブなものに思えてくるから不思議です。確かに一時的な景気浮揚効果はあるのかもしれませんが、未来を思うと暗い気持ちになりますね……。

「お金のような数値で議論を進めると合意形成が得やすいのではないでしょうか。いくら儲かるとか、経済効果があると言っておけばそれが一つの客観情報となります。でも、同時に考えなければならないのは、そこで建設費で儲かったとしても、その後のランニングコストはどうなのか、次世代にとって優しいのか、環境にとって優しいのか、という視点です。そのような疑問に対しても回答すべき基準としてビジョンが役に立つはずです。本当はそうした議論ができる空気やリーダーシップが必要なんです」

―― イギリスの人って、「経済効果」みたいなことは気にするんですか?

「もちろんお金には厳しいですし、費用対効果に見合わなければ批判もされます。実際、私がかかわったグリニッジ馬術会場でも近隣住民による反対運動は常に起きていました。でも、ロンドン大会のときは『何のためにオリンピックを開催するのか』が明確でしたし、そのための説明をきちんとしていた。“経済効果〇〇億!”みたいな、お金の話ばかりではない。2012年とそれ以降のロンドン市内東部地区の街づくりと、オリンピックのビジョンがきちんと嚙み合った。また、そうなるように綿密に計画されていました」【画像1】オリンピック招致段階での模型(写真撮影/山嵜一也)

【画像1】オリンピック招致段階での模型(写真撮影/山嵜一也)

―― そもそも、オリンピックそのもので儲かる・儲からないという尺度ではないんですね。お金だけでない確たる目的がないと、開催する意味がないと。

「少し前に東京大会招致活動の疑惑が問われ、東京大会を返上すべきでは? とニュースになりました。その際、直近に開催されたロンドンでもう一度オリンピックを開催すれば良いのでは? という意見もありましたが、『器として競技場があるからオリンピックを開催するのではない』と、ロンドンの人たちが一番よく分かっていると思います」

ロンドンに「負の遺産」が残らなかったワケ

―― 今、2020年に向けて立派な競技場が次々と建設されようとしています。そもそも1カ月間のオリンピック・パラリンピックのためだけにワールドクラスの規模や施設を完備したスタジアムが必要なのかという議論もありますよね。

「大会後も世界的なスポーツ大会や数万人規模のコンサートを常に開催する、という考え方には無理があると思います。それって本当にレガシーといえるんでしょうか? 『我々は立派な施設をつくった。後は君たちが考えたまえ!』と、昭和的なオヤジの感覚で語られている『遺産』は、平成の世には合わないと思います。次世代に負担を押し付ける、非常に身勝手なレガシーになってはダメです」

―― ロンドン大会は「負の遺産」を残さなかった五輪として称えられています。なぜ、それができたのでしょうか?

「そこは競技場計画にはっきりした“割り切り”があったからでしょう。施設として大会後の利用が見込めないものは仮設で対応できるという考え方だったんですね。例えば水泳競技の会場は大会後に『市民プール』として使うことを見越して、本当に最小限の規模・設備でつくられた。そこに大会期間中は仮設スタンドを付けて、オリンピックサイズにしただけ。仮設スタンドにはエレベーターは付いていませんから観客はひたすら階段を上って行かなくてはいけない。計画としては訪れた人にとって全く親切じゃないんです。しかし、何をもって“おもてなし”というのか、の議論になりますが、オリンピックというわずか1カ月の大会のために隅々までお金をかけて親切にするっていうのはやはり違うような気がします。東京の人はその後もずっとそこに暮らしていくわけです。たとえ『親切ではない……』とクレームが出たとしても『それは必要ない!』って毅然と言える考え方とデザインが求められます」【画像2】ロンドンオリンピックの水泳競技会場。「市民プール」サイズの施設+仮設のスタンドで収容力を確保(写真撮影/山嵜一也)

【画像2】ロンドンオリンピックの水泳競技会場。「市民プール」サイズの施設+仮設のスタンドで収容力を確保(写真撮影/山嵜一也)

―― 施設自体は立派でなくても、オリンピックで使われたプールを市民が利用できるっていいですよね。

「そうですね。憧れの選手が金メダルを獲ったところで、普通に子どもたちが泳ぐっていう」

―― 山嵜さんが手がけられた馬術会場も、かなり簡素なつくりだったとか?

「観客席は鉄パイプに布をかぶせただけです。オリンピック会場ではあるのですが、“祭りやぐら”のようでした。ヨーロッパで人気が高い馬術競技でも、年間を通じて大会を見に来る人なんてそうはいない。だったら、わざわざ競技場をつくらず仮設でいいだろうと。ただ、そのぶん見せ方にはこだわっていました。敷地となっていたのは世界遺産であるグリニッジ王立公園内。2万人収容の仮設競技場を建設しましたが、周囲の歴史的建造物とその先に広がるロンドンの街並みが“借景”となるように調和を考えて配置されました。それゆえ、全長6kmのクロスカントリーコースが公園全体に設置されたのですが、丘の上の障害物を人馬が飛び越える後姿はその先に広がるロンドン市街に向かって飛んでいくように見えました。しかも、その様子を見せているのは会場の観客だけではありません。世界中でオリンピックを視聴している人のスクリーンに対してどのように見えるか、まさに“見得を切る”カメラアングルが考えられていました。テレビの前に座る世界中の視聴者はスポーツ中継という名の壮大な“観光案内番組”を見ているようなものです。見せるべきは競技場ではなく、選手の躍動と、その肩越しに映るロンドンの街並みだったわけです」【画像3】グリニッジ王立公園内につくられた馬術競技会場。スタンドから美しいロケーションを見下ろす(写真撮影/山嵜一也) 【画像3】グリニッジ王立公園内につくられた馬術競技会場。スタンドから美しいロケーションを見下ろす(写真撮影/山嵜一也)【画像4】スタンド部分は鉄パイプで組まれ、大会後に撤去された(写真撮影/山嵜一也)

【画像4】スタンド部分は鉄パイプで組まれ、大会後に撤去された(写真撮影/山嵜一也)

時代に逆行? 負の遺産だらけの「東京五輪」

―― ロンドン、リオと直近の2大会は、足りない部分を仮設により補うことで負の遺産を減らしました。一方、北京やアテネではきらびやかなスタジアムをつくったものの、今では荒廃しているなんて話も聞きます。東京はどちらかというと、悪い流れに逆行しているように思えてしまいますが……。

「僕は東京という成熟都市だからこそ、新しいオリンピック像を世界に示すチャンスだと思っています。せっかくロンドン、リオといい流れできているわけです。2020年の東京オリンピックは1964年に続き日本では2度目の開催です。しかし、戦後復興、高度経済成長期真っ只中であった20世紀の前回大会当時とは時代背景が大きく違います。都市インフラや都市開発を必要とする成長社会での都市計画とは違い、21世紀の成熟社会でのオリンピック開催では都市計画の意味合いが異なってきます。アジア初開催の大会として位置付けられた前回大会は、20世紀型オリンピックとして皆の共感が得られました。すなわち明確なビジョンを打ち出せました。それゆえ、20世紀型オリンピックは招致さえすれば開催と同時に都市開発に伴う経済効果も見込めた。しかし、東京と同じ成熟都市が次々と招致を断念していることから考えて、『オリンピックを開催する意義とは何か?』というビジョンを見つけられない問題はもしかしたら東京大会に限ったことではなく、今後、オリンピック招致を考えている全ての都市にも起きる可能性があります。21世紀において成熟都市でオリンピックを開催することは大きなリスクを抱えることになってしまったのかもしれません。

そんななか、世界の成熟都市のひとつである東京がロールモデルとして新しい21世紀型オリンピックを提示できればIOC(国際オリンピック委員会)も喜ぶはずです。ボート会場の一件にしても、こちらがしっかりとしたビジョンのもと説明すればIOCは聞く耳を持ってくれるのではないでしょうか」

―― それなのに、意地でも最初の計画通り進めようというのは、何らかの黒い力が働いているような気がしてなりません。本当に残念な話ですね。

「主役はスタジアムじゃなくて、選手です。簡素な仮設競技場だったとしてもそこで自国選手が躍動し、金メダルを獲得することが重要です。オリンピック競技場は大会前に完成するのではなく、選手の躍動する舞台となってはじめて完成するのです。それなのに、選手のために使われるべき強化費が建設費用に回ってしまうような話がニュースになりましたが、それでは本末転倒です」

―― 聞けば聞くほど暗い気持ちになってしまいますが、我々にとっても他人事じゃない。何とかできるものなら何とかしたいです。

「ニュースとしておかしいと感じていても、いま目の前にあることとつながっているとはなかなか思えないんですよ。これは僕らの未来の話です。声を上げていくことは必要じゃないかなと思いますし、それぞれの持ち場で立ち止まり、考えるような姿勢が必要なんではないでしょうか」

せっかくやるなら立派なスタジアムで、世界に誇れるTOKYOをアピールしたいという考えもあるだろう。しかし、「宴(うたげ)のあと」を生きる次世代に、負の遺産を引き継がせていいのか。それはかっこわるいし恥ずかしいことだと、一人ひとりが認識するべきなのかもしれない。●取材協力/山嵜一也さん HP

建築家。山嵜一也建築設計事務所代表。1974年東京都出身。芝浦工業大学大学院修了。レイモンド設計事務所を経て、2001年単身渡英。ヘイクス・アソシエイツ勤務時にワイカラー・ビジター・センターでRIBA賞入選。ロンドンオリンピックでは招致マスタープラン模型、レガシーマスタープラン、グリニッジ公園馬術競技場の現場監理にかかわる。個人でも第243回英国ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ・サマーエキシビション入選。イタリア・ベネトン社店舗計画コンペファイナリストなど。著書に『イギリス人の、割り切ってシンプルな働き方』(KADOKAWA)や『そのまま使える 建築英語表現』(学芸出版社)がある。
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