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【小説】愚図にトリセツは存在しない 第2回~DVDプレイヤーにできること~

 

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 いつの間にか使っていないポイントカードが貯まっていた。
 整理しようとめくっていたら、そのなかのひとつで手をとめてしまった。
「なあにぃ、それ」
 キッチンテーブルの上で広げられた個人情報をまじまじ見つめてきた居候を睨む。
「あんまり見ないで」
「おお、怖」
 白石いづるが珈琲カップを手に肩をすくめる。
 クリスマスの夜に彼女にふられたといって私の部屋を訪れそれから何日も泊り込んでいる女。
 頭が愚かなので相手を一人に絞れない駄目なレズビアンだ。
「あ、レンタルの無料券だ」
 悲鳴のように詰る。
「み、見ないでって言ってるでしょ!」
 一晩だけと念押ししたのに、ずるずるとこの友人は居座っている。
 実家に戻れず、かといって破綻した恋人のもとに戻ったりしたら刺される、などと言うのだ。
 せめて年明けまで置いてほしいと伏して言われては返す言葉もなかった。
 彼女が私をそういう目で見ないこと、つまり彼女独自の視点で私を見ないことを私は知っている。
 幸い彼女も仕事は続けているしその間も食費や光熱費は払うと言うので渋々ながらも了承した。
 次の部屋が見つかるまで居座るつもりではないだろうかという予感はある。
 いや、次の女が見つかるまで、か。
 いずれにしてもあまりに長い間居座られるのは困る。
「何か借りに行こうよ、佐藤」
「何かってなあに」
「無料なんでしょ。なんか映画借りよう」
 カードを取り上げて無邪気に笑う。
「あ、あのねえ…」
 甘えるなというのだ。
「そんなことより不動産会社に部屋でも見に行ったらどうなの?」
「あっ、そうだねえ。部屋も見に行かないとねえ」
 ふふふと笑う。
「だからついでに、行こう」
 その『だから』はどこにかかるのだろう。
 尋ねる前にも彼女はダウンジャケットを羽織っている。
「ほら早くう」
 甘えるなというのに。
 けれど私は立ち上がって身支度を始める。
 ため息つきながら。

 ☆

 冴え返る空の真下、凍える夜だ。
 大半の人は街に出ていない。
 それはそうだろう。
 こんな日は家族団らんであたたかいマイホームに引っ込んで老いも若きもひとかたまりになっているものだ。
 大きなマンションの立ち並ぶ薄明るいサーモンのタイルブロックの道を歩く。
 大通りに出ると向こうの商店街の明かりは煌いている。
 駅の方に向かって歩く人たちの姿も見えてきた。
「みんな除夜の鐘にいくのかなあ」
「さあ、初詣じゃないの」
 私は適当に答える。
「佐藤みやびちゃんはさあ」
 真下から覗き込むように問われた。
「帰らなくて良かったの? 実家。あたし良かったら留守番してるから帰っていいっていったのに」
 突然転がり込んできた居候に遠慮はいらないようなことを言われるとは。
 それはこちらの台詞だというのだ。
「そちらこそいつでもどうぞお帰りください。言いたくないけど、白石なんかに任せらんないよ」
「空き巣でもすると思うの?」
「十中八九、女を連れ込む」
 前を歩いていた白石は歩みをとめた。
 振り向いて笑うのかと思った。
「…そっかあ、信頼ないなあ」
 何なのだろう、その反応は。
 どうせならごまかして笑えばいいのに。
 残念だ、というように。
「信頼得られると思う方がどうかしてる」
「うん」
 思ってない、と彼女は言った。
 DVDレンタルの店はアーケードの半ばにある。
 夜をも覆うその人工の空間にはいると飲食店がぽつぽつとまだ営業していて窓の向こうには寒さを凌ぐ人たちがいる。
 私は何故か急いた心地になった。
「白石は何見たいの?」
「うーん…」
 大晦日だしなあ、とつぶやいた。
「大晦日って何を見たらいいんだろうね? みやびちゃん」
「みやびちゃんって呼ばないで」
 名前だけで呼び捨てにされるのは抵抗がある。
「何がふさわしいかなんて知らない」
 気が合うねと言って腕を組んできたので私は小突いて店に入った。
 待ってようと背後から声が追いかけてきた。
 そうだ世間は折しも大晦日。
 年の瀬の。
 一年の閉じる日に、どうしてこの女といるんだろう。
 ふたりで。

 ☆

 恋とSFとミステリーとアクションと現代ドラマ。
 アニメーション、時代劇、ミュージカル、ドキュメンタリー。
 俳優ごと、作品ごと、アカデミー賞、インディーズ。
 映画のタイトルのカテゴライズには頭が下がる。目が回る。
 白昼を模したような眩しく安価なライトの下で、棚のタイトルに視線を定めて虚構に寄り添う。
 探しているときから映画鑑賞は始まっている感じがする。
「何がいいかねえ」
 白石がめげずに腕を組んでくる。
 私はめんどうくさくなって突き放さずにそのままでいた。
 彼女はレズだが私に対して催さないと宣言した以上はそうなのだろうから、いちいちスキンシップに過剰に反応するのは馬鹿げている。というよりも慣れてきた。
「こういうのって普段はあれ見たいとか考えてるやつあるんだけどさ、店にくると忘れちゃうよねえ」
「何でもいいから早く決めて」
「佐藤は?」
 見たいものが特にない。
 そう告げると薄く笑った。
「えーっ。そんなこと言われたら本当に好きなやつにしちゃうよ」
「えっちなのは冗談でもやめてね」
「冗談で持ってこようと思ったのに」
 鬱陶しいからやめてくれ。
「ほんとに何でもいいの?」
 頷いたら白石はやけに真剣に選びはじめた。
 本当に時間をかけてゆっくりと。
 その無心な横顔を見ているうちに思い出した。
 とても大切なことを。
「…佐藤、谷崎潤一郎原作と岩井俊二監督のどっちがいい?」
 女二人が絡み合う映画と少女二人が睦まじい映画を両手に持ってそんなことを問いかけてくる。
 大変生き生きとしているところ、申し訳なく感じながらこう返す。
「ごめん、大切なことを忘れてた」
「えっ? やっぱりなんか見たいのあった? ディズニーのダブルヒロインの映画のがよかった?」
 それは何でもいいのだ。勝手にしてくれ。
「そうじゃなくて、あのー…」
 うちってDVDプレイヤーあったか思い出せない、と告げる。
 このときの白石の顔はその後何度思い出しても笑えるものになった。

 ☆

「いやー、探せばあると思うんだよね…」
「出てこないじゃん…」
「高校のときに部屋で使ってたやつをさ。持ってきてたと思うんだよね…」
「見つからないじゃん…」
 私は咳払いする。
 部屋の真ん中に据えたコタツにあたりながらも白石は借りてきたDVDのケースをぱたぱたいじりながら拗ねきっている。
 多分、恐らく、あるにはあるのだ。
 その所在が思い出せないだけで。
 クローゼットの中のダンボールを引き出して開いていっても出てこない。
 普段はパソコンで視聴するのでDVDプレイヤーを利用する必要がなかったのだ。
 けれど二人で眺めるにはパソコンのモニターは小さいし、第一コタツにあたって視聴するにはわざわざデスクトップごとこちらの部屋に移動させなければならない。
それでもあるかないかわからないプレイヤーを探すよりは移動させた方が早い。
 そう告げると、それは邪道だと白石はごねた。
 大晦日にはテレビのモニターを家族と囲むものだと主張した。
 いつから家族になったんだ。
 とにかく如何様にも視聴できないわけではないだろうと、借りるだけは借りてきたのだが。
「ちょっとはあんたも探すの手伝ってくれていいのよ」
 私はさすがに腰に手をあてて訴えた。
 むっとして白石は顔をあげる。
「こないだクローゼットんなか開けようとしたらすごい怒ったじゃんかあ」
「それはあなたが酔ってふざけていたからでしょ! ほら、そっちの箱から開いて」
「えー…」
 渋々白石はコタツを抜け出て、ダンボールに手をつけた。
 黙々と探していて五分ほど経てからだと思う。
 迂闊だったのだ。
 探し物に専心して手伝わせるべきではなかった。
「あっ」
 白石が声をあげた。
「あったー?」
 そちらを見ずに問いかけたが返事がない。
 おかしいな、と感じて振り向くと白石はじっと一冊のアルバムを開いて眺めていた。
「これ中学のときの佐藤? すごいかわいいねえ。これ体育のときの? こんときからスタイルよかったんだね。おっぱいも発育が」
 私はアルバムを奴の手からひったくると、そのまま横っ面を張った。

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