The SALOVERS『青春の象徴 恋のすべて』インタビュー(前編)
3月25日をもって無期限活動休止するThe SALOVERSのラストアルバム『青春の象徴 恋のすべて』。これがもう、本当に素晴らしい。とても切ないけれど、どこか晴れ晴れしくもあり、とにかく生きて、生きて、生きまくっているロックソングが鳴っている。これが、The SALOVERSだ。最後の最後にそう断言できるアルバムを4人は作り出してみせた。活動休止に至った経緯や本作に最大限の情熱を注げた理由、そして、これからのこと。フロントマンの古舘佑太郎が剥き出しの言葉ですべてを語ってくれた。
——完全燃料するためにバンドの本質だけを聴かせるようなアルバムで。最後だからこそここまでの作品ができたと思うんですけど。
古舘「そうですね。ホントはアルバムを作るつもりはなかったし、最後のワンマンライブもやらないつもりだったんですよ。僕のなかで無期限の活動休止をするって決めて、周りにそれを伝えたときも、何もせずにやめたかったんですよね」
——それは古舘くん個人の思いだったんですか?
古舘「メンバーもそうだったと思います。要は腐ってるみたいな状態だったので。一刻も早く終わりたかったんです。だって、僕らメジャーデビューアルバム(『珍文完聞-Chin Bung Kan Bung-』)から3年もアルバムを出してないんですよ。だから、アルバムの作り方なんて覚えてなかったんですよね。3年もかけてアルバムを作れなかったバンドが最後にアルバムを作ろうと思っても作れるはずないとも思ってたし。だから、早く消えてしまいたいと思ったんです。メンバー間も幼なじみでずっと友だちとして付き合ってきて。今も仲は悪くないんですけど、4人だけで同じ空間にいるとつらくなってしまうような状態になってたんですね」
——友人ではなくバンドメンバーであることを意識するのがつらかったということ?
古舘「そういうことだと思います。だから、正直スタジオもしんどいし、本番前はまったくしゃべらないままライブをやったりしてましたし。だから、結局僕ら4人ってバンドメンバーじゃないんですよ。ただの友だちなんですよね。ほかの3人のメンバーも音楽が大好きでバンドをやってるっていうタイプではないので。この4人が好きで、この4人で一緒にいたいからやってきたバンドなんですよね、SALOVERSって。そういうバンドが早い段階でスカウトされちゃって、4人を取り巻く環境が急速にバーッと変わっていって。それに戸惑ったまま3年もアルバムを出せなかったと思うんですけど。気づいたらバンドメンバーなのか友だちなのかという線引きができなくなっていたんです」
——う〜ん、もどかしいね。
古舘「この4人はめんどくさいんですよ、すごく。コミュニケーション能力は低いんだけど、メンバーそれぞれの目を見れば考えてることがわかっちゃうから気持ち悪い(苦笑)。メジャーデビューしてからは必死に曲を作ろう、作ろうってみんな思い込んで一生懸命やるんですけど、友だちとしてバンドをやってたころとは違う状況に戸惑ってしまって。そんななかで、メンバーのことを『あれ? こいつこんなやつだったっけ?』って思ってしまうこともあって。俺も『あいつ変わったな』って思われてたと思うんですよ。でもね、仲はいいんですよ。じゃなかったら最後にこういうアルバムは作れなかったし。ただ、バンドとしては疲弊してしまったんですね」
——疲弊がピークに達する前に立ち止まることはできなかった?
古舘「とにかく一生懸命やらなきゃって思ってましたし、必死だったんですよね。悪循環になってることにも気づけなかったし、気づいたら疲弊していて」
——でも、最後にアルバムを作ろうと4人で決断できたのはなぜ?
古舘「去年の11月に大阪でライブをやって、初めてメンバー4人だけで車を運転して帰ってきた日があったんですよ。そのときに僕が珍しく運転するって言い出して。ライブ自体は盛り上がったんですけど、ライブ前のテンションはすごく低くて。ファンの子たちに申し訳ない気持ちもあったんですよね。『いつアルバム出すんですか?』って言われて『いや、100年後まで出ないかもね』とか言っちゃったりして。そんな腐った感じだったんですけど、帰りの車で(藤川)雄太と話していて——ホントにくだらない話をしてたんですけど——なぜかその話の延長でアルバムの話になったんですよ」
——自然に?
古舘「そう、すごく自然に。で、気づいたらどんどん話が盛り上がって。なぜか盛り上がったんですよね。あんなにアルバムを作りたくないと思ってたのに。そこでなんか……気持ちがザワっとしたんですね」
——「あれ? アルバム作りたいかも」って?
古舘「そう。ほかの2人は後部座席で爆睡してたんですけど、とりあえずサービスエリアに寄ろうってなって2人を叩き起こして。『ちょっとアルバム作りたくない?』って話をしたんです。そのときに『青春の象徴 恋のすべて』というタイトルも決めていて」
——パッと浮かんだの?
古舘「そのタイトルについて振り返ると、ちょっと話が逸れるんですけど。去年の7月にソロアルバム(『僕が唄っている理由』)を作ったんですね」
——そうでしたね。あれはガス抜きみたいなところもあったんですか?
古舘「そうですね。事務所から『息抜きで作っていいよ』って言われて作ったんですよね。あのアルバムが完成したときに僕がこの世でいちばん尊敬しているアーティスト、岸田繁(くるり)という男に長文で手紙を書いてアルバムと一緒に送ったんです。その手紙の最後に『くるりは僕にとっての青春の象徴 恋のすべて』でしたって書いていて。その言葉が自分のなかにずっと残ってたんですよ。で、最後のアルバムを作ろうってなったときにそのフレーズがまた頭に浮かんで。『このタイトルでアルバムを作りたい』と。そしたらみんなも『やろうぜ』ってなってくれて。久しぶりに4人が同じ方向を向いてるのが目を見てわかったんですよね。目でわかるから、つらいときは余計につらいんですけど」
——でも、そのときはすぐにいけると思った。
古舘「そう。で、明け方に東京に着いたんですけど、僕はその道中から歌詞を書き始めて。あんなにずっと歌詞を書くのがヤだったのに。東京に着いたらマネージャーに『最後にアルバムを作りたいんだ』って電話して。『全部自分たちで管理するから』と。そこから自分たちでスタジオのスケジュールを組んで、このアルバムは1ヶ月でできたんです。3年間あれだけ苦しい思いをしてもできなかったアルバム1ヶ月でできちゃったんですよね(苦笑)」
——皮肉だけど最後の最後にバンドに対する情熱が生まれた。
古舘「そう思います」
——制作には4人とエンジニア以外はまったく誰も関与しなかったんですか?
古舘「そうです。マネージャーにすら『スタジオに来ないでくれ』って言いました。それくらいこのアルバムは4人だけで作りたかった。いつ以来だろう? 6年ぶりくらいに4人だけで作りましたね」
——でも、やっぱりバンドを続けようとはならなかった。
古舘「ならなかったですね。レコーディングも楽しかったんだけど、バンドを続けようとは思わなかった。たぶんこれはメンバーも同じですけど、このアルバムができたからといって、バンドを続けることは考えもしなくて。むしろこのアルバムが完成したときにやっと終われると思ったんですよね。このアルバムって、必死になってがんばっていたころとは違って、無欲で作ったんです。セールスがどうとか、仕事としてどうとか、そういう意識は一切なかった。唯一少しだけあるとしたら、見返してやりたいということだけだったと思うんですけど、それもいつの間にか消えていたんですよね。だからこそ、こんなに満足できる作品になったと思うし」
——バンドを始めたころのような感覚でバンドに決着をつけられた。
古舘「ホントにそう思います。だから、このアルバムを使ってもう一度バンドをがんばろうという欲すらなかったんですね」
——ただ、やっぱり思うのは、友だち同士、幼なじみ同士で始まっているバンドなんて世の中にたくさんいるじゃないですか。
古舘「そうですよね。俺は逆に続いてるのがすげえなって思うんですよね。俺らはなんで続けられないんだろうって考えると……う〜ん、難しいですね。なんかね、4人とも東京育ちのボンボンでみたいなディスられ方をするんですけど、実際にそういう甘さがどこかであるのかもしれない」
——でもさ、境遇で言えばOKAMOTO’Sだって近い部分があると思うけど、彼らはとても真っ当にバンドを続けてるじゃないですか。
古舘「でも、彼らは僕らと全然違う次元にいませんか? 彼らはホントに音楽と自分たちを切り離せない人たちだから。そこが素晴らしいなって思うし、憧れるし、めちゃくちゃリスペクトしてます。そう考えると、僕らは正反対ですよね。音楽の前に友だちであることが大事で。OKAMOTO’Sはそういう俺たちのダメなところをおもしろがってくれてたんですけどね。『やっぱSALOVERS頭おかしいわあ』って(笑)。でも、僕からしたらOKAMOTO’Sのほうがよっぽどクレイジーだと思う。彼らはホントにバンドになってるし、僕らみたいにメンバーと友だちに戻りたいからバンドをやめるなんて絶対言わないと思う。それよりも音楽をメインに生きてるから」
——それはプロ意識という部分にも繋がってくる話だと思うんですけど、古舘くんはそこまで背負えなかったのかな。
古舘「背負おうと思ったんですけどね。デビューした当初はやってやろうという気持ちもあったし……でも、ものすごくカッコ悪いことを言うと、正直、自分たちの作品を振り返って満足できてないんですよね。それは誰のせいでもなくて。関わってくれた2人のプロデューサー(中尾憲太郎、いしわたり淳治)にはすごく感謝してるし、出会えてよかったと思う。だから、そこを批判してるとは思ってほしくないし、そういうことではなくて、自分の音楽がどんどん流されていったことに傷ついてしまったんですよね。それをしっかり自分が受け止めて、自己満足も満たすことができていたら、もしかしたら流れは変わっていたかもしれないですね。僕がメンバーのことも引っ張っていけたと思うし。でも、どこかで自分が流されてしまい、気づかないうちに弱いマインドで音楽を作ってしまい、それを世に出していたんだなって。そういう意味でメンバーに対する負い目も感じていたのかもしれない」
——自分のことも許せないし。
古舘「ホントにいちばんはそこですね」
——でもさ、古館くんは自分のそういうパーソナリティと今後何をやるにしても向き合っていかなきゃいけないじゃないですか。そういう自分をまず認めなきゃいけないとも思うし。
古舘「うん……だからホントにギリギリでこのアルバムを作れたことが救いなんですよね。このアルバムを作らないままでSALOVERSを終えてしまったら、僕はSALOVERSのことを嫌いなままバンドを閉じてたと思うんですね。だから、このアルバムを作れてよかったです。最後にリスナーがどう思うかとか切り捨ててアルバムを作れてよかった。自分自身が『やっぱりSALOVERSって素敵だな』って思えるアルバムになったから」
(後編へ続く)
撮影 中野修也/photo Shuya Nakano
文 三宅正一/text Shoichi Miyake(ONBU)
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The SALOVERS
古舘佑太郎(Vo&Gt) 藤川雄太(Dr) 藤井清也(Gt) 小林亮平(Ba)
2008年、高校の同級生によって結成。2010年、FUJI ROCK FESTIVAL「ROOKIE A GOGO」に出演。2010年9月に 1st『C’mon Dresden』、2011年5月に2nd 『バンドを始めた頃』リリース。2015年3月に3rdアルバム『青春の象徴 恋のすべて』をリリース。3月のライヴをもってバンドの無期限休止を発表。
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