悲劇を生まないために…SOSを出せる子どもに育てるには?

悲劇を生まないために…SOSを出せる子どもに育てるには?

SOSの発信は、周囲が思うほど簡単なことではない

川崎市で起きた中学生殺害事件は、とても悲しい事件でした。被害者は非行グループから抜け出したいという気持ちを友人には伝えていましたが、親や教師などの大人にSOSを発信することはなかったようです。窮地に陥った子どもが周囲にSOSを発信できる力は非常に大切なことです。しかし同時に、SOSの発信は、周囲が思うほど簡単なことではない、ということも知っておくべきです。

それには、こういう事件の被害者の心理として、一般的に次の3つの段階があることを理解する必要があります。

SOSを出す余力が無くなり、最悪の場合、加害者になることも

まず、被害を受け始めた当初は、自分の置かれた状況から何とか抜け出したいと自分なりの努力をし、SOSの発信をします。しかし、その努力が実らない体験が度重なると、次第に「どうせ何をやっても無駄だ」という「学習性無力感」の状態に陥ってしまいます。以前に起きた新潟の少女監禁事件や尼崎の一家監禁連続変死事件などを見て、「なぜ助けを求めなかったのか?」といった疑問も湧いてきますが、被害者としては「どうせ何をやっても無駄だ」と絶望的になり、SOSを出す余力もなかったのでしょう。

さらにその状態が進むと、今度は、自分が被害者の立場から逃れるために、加害者の一員になってしまうという現象が見られます。かつて、テロリストグループに拉致された女性が、長期間拘束された結果、グループの一員となってストックホルムの銀行を襲撃したという事件から「ストックホルム症候群」と呼ばれていますが、こうなるとSOSを発信するどころか、最悪の場合、心理的に取り込まれて加害者の一員となる可能性があるのです。

親との「良好な愛着関係」を通じて世の中に対する信頼感を育てる

そのような事態になることを防ぐために、親が子育ての中で心がけるべきことは何でしょうか。まず、最初の段階でSOSを出せるように育てることです。そのためには親との「良好な愛着関係」を通じて、「困ったときには助けてもらえる」という世の中に対する信頼感を育てる必要があります。

SOSを発信すれば、「きっと誰かが救いの手を差し伸べてくれるはずだ」という気持ちを育て、「悩みや困惑を言葉にしても、きちんと受け止めてもらえた」という体験の積み重ねが大切です。その体験は「生きる希望」につながります。

「声にならないSOS」を感じる取り対応するのは大人の責任

しかし、次の「無力感」の段階に至ると、残念ながら被害者にはSOSを発信する余力はもう残っていません。そんなときこそ、周囲の大人が、子どもたちの表情や言動の変化から、「おや?いつもと違うぞ」と「声にならないSOS」を感じ取り、大人の方から「困っていない?心配しているよ」と声をかけることが求められます。川崎市の事件では、残念ながら周囲の大人の感受性が不足していたと言わざるを得ないでしょう。

さらに、もし被害者が加害者に取り込まれてしまっている場合、できるだけ早く非行や加害行為を取り締まり、マインド・コントロール状況から救い出すことが必要です。この段階まで来てしまうと、子どもの力だけで抜け出すことは難しいのです。

「子育て四訓」という教訓があります。それは「乳児はしっかり肌を離すな」「幼児は肌を離せ、手を離すな」「少年は手を離せ、目を離すな」「青年は目を離せ、心を離すな」というものです。成長につれて親子の距離が離れても、決して目や心まで離してはいけないという教えです。SOSを出す力を育てるとともに、「『声にならないSOS』を感じ取り対応する責任は大人の側にある」ということを肝に銘じておく必要があるでしょう。

(岸井 謙児/臨床心理士・スクールカウンセラー)

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