ノーベル賞を受賞した中村修二さんと日亜化学、いったいどちらの言い分が正しいのか?元日亜社員のつぶやき。(濱口達史のブログ)

ノーベル賞を受賞した中村修二さんと日亜化学、いったいどちらの言い分が正しいのか?元日亜社員のつぶやき。(濱口達史のブログ)

今回は濱口達史さんのブログ『濱口達史のブログ』からご寄稿いただきました。
※この記事は2014年10月08日に書かれたものです。

ノーベル賞を受賞した中村修二さんと日亜化学、いったいどちらの言い分が正しいのか?元日亜社員のつぶやき。(濱口達史のブログ)

先日、青色発光ダイオードの発明を讃え、赤崎、天野、中村の三博士にノーベル物理学賞が贈られました。言うまでもなく非常に素晴らしい快挙で、本当に祝福すべきであると思います。
一方で、今回の裏の側面としてマスコミに再びとりあげられているのが中村さんと日亜化学工業株式会社の訴訟問題です。今日はこの話をしたいと思います。

中村さんは徳島県に拠点を置く日亜化学の研究員として今回の受賞につながる成果を挙げました。10年以上前の話です。その結果、中村さんは学会のスターダムを駆け上った一方で、日亜化学は青色LEDを始めとする様々な応用製品を世に送り出したちまち光業界で世界有数の企業へと成長しました。
しかしその後、紆余曲折を経て中村さんと日亜の関係は悪化。氏は日亜を退職し、「怒りを感じる」という言葉とともに、発明の対価として600億円を求めた裁判を起こしました。怒りというワードは彼の著書「怒りのブレークスルー*1」の題名にも出てくるほどで、相当怒っていたようです。結局、数年の法廷闘争の後に約6億円の賠償金を日亜が中村さんに支払うことで決着します。

*1:「怒りのブレイクスルー―常識に背を向けたとき「青い光」が見えてきた」 中村 修二(著) 『amazon』
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4834250520/

その裁判の中で中村さんは、青色LEDの発明はすべて私がやった、発明の対価として2万円しかもらっていない、日本の研究者は奴隷のようなもの、という趣旨の主張をしています。その結果、中村さんは孤高の義士で、日亜化学は労働者から搾取するだけの悪の企業、というステレオタイプなイメージが流布しました。

はたしてそれは本当なのでしょうか?

私はやはり、中村さん=正義、日亜=悪というレッテル貼りは行き過ぎという気がします。実はわたしは大学を出て2年ほど日亜化学の研究所に務めた経験があり、日亜の職場環境については実際に経験をしました(今は、別の会社に務めています)。また、私が入社したのは中村さんがご退職されたあとなので直接の面識はありませんが、彼の元同僚を通して話を聞くなどして間接的に事情を聞きました。実際にすべてを直に見たわけではないので断言はできませんが、勧善懲悪な図式というのはやはり無理があって、真実はもう少し中庸であるように思います。

日亜化学に在籍する元同僚による中村さんの評判は様々です。奇人、変人、ケチといったネガティブな表現は聞かれますが、それは口さがない徳島県民ゆえ(※徳島は海を隔てた堺に近く、文化的には大坂商人のようなところがある)。本気で彼を嫌っているような人はあまりいないように思います。
むしろ、実験哲学には光るものがある、エンジニアとしての生き様は尊敬しているなど、彼の技術面については多くの人が認めているようでした。
彼らにとって中村さんは一緒に働いた同僚であり、友人であり、上司であり師匠でもあるという、どちらかというと身近な存在のようです。

ただし、仕事の成果となると話は別です。中村さんの「すべて自分でやった」という趣旨の主張には多くの人が反論します。実際に青色LEDを実現するには無数の致命的な課題があったのですが、その解決策を提案し実現したのは中村さんの周りにいる若いエンジニア達でした。彼らが「こんなアイディアを試してみたい」というと、中村さんはきまって「そんなもん無理に決まっとる、アホか!」とケチョンケチョンに言い返したそうです。それでも実際にやってみると著しい効果があった。そういう結果を中村さんがデータだけ取って逐一論文にし、特許にし、すべて自分の成果にしてしまったんだ、と。これらの進歩はまだ青色LEDが実現する前の話で、プロジェクト自体がうまくいくかなんて全くわからないフェーズでの出来事です。そんな中、みんな必死になって策を練り、頭をフル回転させて一つ一つ突破口を開いていった。そういう状況があるのに、全て自分がやったという主張は受け入れられない、という気持ちの人が多いようです。

もっとも、彼らも中村さんの成果を否定しているわけではありませんでした。中村修二なくして青色LEDなし、赤崎先生のグループ以外で誰よりも先駆けて良質な結晶を作れることを証明した実績は否定のしようがありません。また、その後の研究グループを率いたのも彼でした。中村さんは学会などで忙しく研究現場は不在にしがちだったため現場の人間が勝手に動いていた側面があるようですが、それでもチームのメンバーは良い成果があると「これは中村さんに報告しないと!」と喜びを分ち合おうとした、という話をきいたことがあります。変わり者で困った上司だけど、やっぱり大切な隣人であるという風には捉えられていたようです。

このように、裁判での主張を巡って中村さんと元同僚とあいだで多少の軋轢はあるようですが、そんなに関係が劣悪なようには見えません。でも、中村さんは日亜に対しては「怒り」を感じていると言っています。一体、彼は誰に怒っているのでしょうか?

ここからは私の推測も多く混じっていますが、彼が怒っているのは元同僚ではなく、日亜の経営陣に対してでしょう。

そもそも中村さんに青色LEDの研究を許可し、億単位の研究費を提供したのは先代の会長(故人)でした。当時の日亜は従業員200人程度の中小企業ですから、安い出費ではなかったはずです。ましてや誰も成功するとは思っていなかった青色LEDの開発でしたから、先代は、もうお金は返ってこないかもしれない、けどわずかな可能性に賭けてみよう・・・というつもりだったでしょう。そういう事情ですから、中村さんも先代には感謝しているのではないでしょうか。
しかし、青色LEDが軌道に乗り始めたときには先代は引退し、別の人が経営についていました。新しい経営陣はLEDを事業化するのに全力を傾けます。その結果、中村さんに対しては販売戦略会議に出て意見を言ってくれ、いついつまでに商品化を成功させてくれ、などと研究とは無関係な業務を依頼するようになりました。商品化チームというのは常識人の集まりですから、きっと中村さんの浮世離れした行動は呆れたものに見えたに違いありません。勢い、バカにしたような態度も取ってしまった可能性があるかと思います。
しかし、これが根っからの自由人、反骨精神の塊である中村さんに受け入れられるわけがなかったのです。私が歯を食いしばって立ち上げたLED研究なのに、少しうまく行ったらあとから乗っかかった連中が食い物にしようとしている、許せない・・・・と思ったとしても不思議ではありません。

そんなこんなで現経営陣と中村さんの軋轢は頂点に達し、退職、訴訟へと発展した・・・・というのがことのあらましかと私は思っています。

訴訟の中で、発明の報酬は2万円しかもらえなかった、という中村さんの主張があります。これはある意味本当で、嘘とも言える主張でしょう。日亜に限らず企業には発明報酬と言って特許出願時にその発明の良し悪しにかかわらず1~5万円程度の定額の報奨を支払う制度があり、「2万円」はそのことを言っているのです。しかし、その後の特許の活用度を見て発明人の給料を上げたり、事業化の後に利益の一部を支払うなどして発明の対価を支払うのが一般的です。実際に日亜は給料を上げました。中村さんの年収は大きな企業の役員に匹敵しうるレベルだったという噂も聞きます。また、仕事も多少の制約はあったにせよ大きな裁量を与えており、中村さんは学会発表のために会社を離れて世界を飛び回り、論文を多数書いて多くの対外的な成果をこの時期に積み上げています。まさしく自由そのもので、日本の研究者は奴隷のようという中村さんの主張は、日本のサラリーマンには受け入れがたいのではないか、と思います。海外の大学に在籍する研究者に比べると制約が多いなどいろいろあるのかもしれませんが、少なくとも日本の企業として後ろ指を差されるレベルの待遇ではなかったのではないでしょうか。

以上、簡単にまとめると、


1. 青色LEDの実現については、貢献は非常に大きく間違いなく筆頭だが、重要なアイディアの全てを発案したわけではない。
2. 中村さんは発明の対価として2万円以外に豊富な給与と自由な待遇を手に入れていた。
3. 社員は中村さんをそんなに嫌っていないが、全て自分の発明だったという主張については良く思っていない。
4. 中村さんは今の経営陣は好きではなく、いろいろ軋轢があった。

もちろん私が見聞きしたことが全てではなく、勘違いしている部分もあるかもしれません。しかし、中村さん一人が正義を背負い日亜化学という悪と戦った、という紋切り型のストーリーで語るには事実は少々複雑だと私は捉えています。中村さんの成果が素晴らしいのは大前提ですが、ただ、みんなもう少し日亜の言い分も聞いてあげても良いのかな、と私は思います。

最後に、日亜化学は技術者・研究者にとって悪者なのか?という疑問にお応えしたいと思います。実際に日亜に勤務した私の経験からすると、少なくとも研究部門に関してはそんなことは全くありません。むしろその逆です。テーマは自分で自由に選べるし、やり方も自由。やりたい!と言ったことに対して予算がでないことはほぼ無いし、一度始めたテーマを経営者の判断で理不尽に止められる、ということもめったにありません。無駄な会議もないし、資料や書類も細かいことは言われない。まさしく技術者天国と言った格好で、研究に没頭できる環境が整っています。技術を極めるという意味では非常に素晴らしい職場に違いありません。よく、LEDのまぐれあたりに支えられている会社と揶揄されますが、LED以外も世界シェアトップの製品を多く抱えこの業界では研究開発力には定評が有ります。
ただ、元社員として強いて不満を言うとすれば、ちょっと給料が安いかな?という気はしています。世界レベルのとっても良い仕事をしているエンジニア達がたくさん居ますので、もうちょっと待遇を良くしてもいいのでは(儲かっているわけだし)。あと、食堂のご飯があまり美味しくない。仕出し弁当の販売ではなくて厨房でちゃんと調理されたホカホカのご飯が食べられれば、もっと働きやすい良い会社になるかな?と思います。それ以外は、本当にいい会社だと思います。

改めまして、今回のノーベル賞受賞は本当に素晴らしいことで、同じ分野で働かせて頂いているものとして、心より祝福申し上げます。博士達の足元にも及びませんが、私も企業の一研究者として、世の中のために役に立つような成果をあげられるように、精進してまいりたいと思います。

執筆: この記事は濱口達史さんのブログ『濱口達史のブログ』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年10月09日時点のものです。

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