エボラウイルスが恐ろしい理由 西アフリカでのエボラ出血熱流行を受けて 西川伸一 THE CLUB(Medエッジ)
今回は『Medエッジ』からご寄稿いただきました。
エボラウイルスが恐ろしい理由 西アフリカでのエボラ出血熱流行を受けて 西川伸一 THE CLUB(Medエッジ)
医療と健康の情報サイト「Medエッジ(メドエッジ)」スーパーバイザーを務める西川伸一が世界の動きをウォッチし、潮流として注目したい新しい話題を解説します。西川伸一は京都大学医学部卒。熊本大学教授、京都大学教授、理研発生再生科学総合研究センターグループディレクターを経て、2014年8月より「Medエッジ」スーパーバイザーを務める。京都大学名誉教授。
『Medエッジ(メドエッジ)』
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8月、欧州に滞在していたが、その間CNNで見ていたニュースの中心は、ガザでの戦争、米軍によるイラク爆撃、そして西アフリカでのエボラ出血熱流行だった。
エボラの持つ「VP24」分子が手強い
医学に関わってきたと言っても、結局私がエボラ出血熱について知っているのは、死亡率が極めて高い恐ろしいウイルス感染であること、ウイルスを電子顕微鏡で見たときの写真でウイルスが変わった形をしている程度だった。到底専門家のレベルとは言えない。
そんなことを考えながら論文を見ていたら、細胞や微生物についての国際誌であるセル・ホスト・アンド・マイクローブ誌に、なぜエボラウイルスが厄介な病原体かを教えてくれる論文が掲載されていたのを見つけた。
米国ワシントン大学の研究で、読んだ結果、いずれにせよ何も知らなかったことがよく分かった。タイトルは、「エボラウイルスの持つVP24はカリオフェリンα5の特異的部分に結合して、リン酸化STAT1の核内移行を競合する(Ebola virus VP24 targets a unique NLS binding site on karyopherin alpha5 to selectively compete with nuclear import of phosphorylated STAT1)」だった。
研究者の人数は少ないかもしれないが、高いレベルの研究がこれまでも行われている。まず驚くのは、エボラウイルスは感染した細胞の自らを守るための自然免疫を急速に低下させるところだ。さらに、細胞内で自由に増殖する環境を作る能力を持つようになる。この結果、体内のコントロールをするための物質である「サイトカイン」が、体中で100を超える種類も分泌されて、「サイトカインストーム(サイトカインの嵐)」と呼ばれる状態が引き起こされる。こうして高熱をはじめとした多様な症状を来すようになる。
通常、ウイルスが感染すると、細胞は自らを守るための物質の一つ「インターフェロン」を出して、細胞内でウイルスの増殖を抑える。
ただし、インターフェロンのウイルスに対抗するための効果を発揮するためには、「STAT1」という転写調節因子が「リン酸化」と呼ばれる処理を受けて変化し、細胞の核の中に移行する必要がある。この移行には「カリオフェリンα5(KPNA5)」という分子が必要になる。
一方で、エボラウイルスの手強いのは、エボラウイルスの持っている「VP24」という分子が、インターフェロンが処理を受けて核の中に移っていく過程を抑制してしまうことだ。リン酸化STAT1の核内への移行を抑制してしまい、細胞のウイルスに対抗する作用が押さえ込まれてしまうことはこれまでに分かっていたようだ。
ウイルスにとって邪魔な部分だけ妨げる
今日紹介している論文は、このエボラウイルスの持っているVP24が、どのようにKPNA5と結合して、STAT1の核内移行を阻害しているかを分子構造的に詳しく調べた研究である。
構造生物学の極めて専門的な論文なので結論だけを述べたい。
VP24は広い面でKPNA5というタンパク質の中で、「C端末」と呼ばれる文字通り末端部分に結合する。この結合部位が、まさにリン酸化STAT1が結合する部位と重なっている。前述のように、インターフェロンのシグナルがあると、STAT1はリン酸化されるのだが、KPNA5と結合できなくなる。結果として、核移行ができなくなる。
本来であれば、リン酸化STAT1とKPNA5という2つの物質が結合すると、「ISRE」と呼ばれるウイルス増殖を抑制する分子が誘導されてくるのだが、そうならない。ウイルスは自由に増殖してしまうシナリオになる。
素人ながらにエボラウイルスのVP24を生かす戦略を見ていると、KPNA5の機能のほとんどは残したまま、リン酸化STAT1の機能を比較的特異的に押さえていると考えられた。
自分に都合のいい環境を作っているわけだ。結果的に、STAT1以外のタンパク質の核内移行は許す形になっている。もし他のタンパク質も含めて核内移行を止めると、エボラウイルスにとっては、自分の増殖する細胞を死に至らしめることになってしまう。ウイルス進化の合目的性に驚嘆する。
構造的に見ると、薬剤開発は難しそうに思えたが、突破すれば特効薬になる可能性はある。あきらめず、構造的な解析に基づいて、KPNA5とVP24の結合だけを妨げつつも、STAT1との結合を妨げない分子の開発が進むよう期待する。
エボラ流行のような困難な課題にも、医学が何とか対応できるようになりつつあると実感している。
(この記事・情報は、Medエッジ(メドエッジ)から提供されています。元の記事はこちら)
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※元記事URL:http://www.mededge.jp/spcl/1311
画像:エボラウイルスの電子顕微鏡写真。(写真:Frederick A. Murphy)
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