200万円の改修費用をどう負担? 貸主も借主もうれしいDIY賃貸のしくみ
賃貸だからって、自分の住む空間を諦めたくない。そんなニーズに応え、「改装OK」や「原状回復義務無し」の賃貸物件は少しずつ増えている。最近では、国も借り手が自由に修繕を加えられるように「借主負担DIY型」の賃貸住宅の指針を発表し、以前と比べずいぶん市場が整いつつある。借主負担DIY型の変形にはなるが、「DIY可能」と謳ってほぼ半数もの空室を埋めた、古い賃貸マンションの事例を訪ねてみた。空室の多い築古マンションの挑戦。「丸ごとつくり変え」を可能にする
以前紹介した目白駅近くのDIY可能なマンション (『住人の「好き」を大切にしたら、長く愛される家になった』http://suumo.jp/journal/2014/09/05/68770/)。真っ白な外観と側面に並ぶバルコニーや窓のつくりがどことなくレトロで味わいを感じさせる。聞けば、築40年を超えていると言う。この古さが仇となり、昨年末には一時、14室(うち2室がオフィス)のうちほぼ半分までが空いてしまう事態に見舞われた。
入居者がなかなか入らず、困り果てたオーナー(貸主)が相談したのが建築家の嶋田洋平さんだ。嶋田さんは建築家でも異色の存在。新しい建物をつくるのではなく、既存の建物をリノベーションで活かし直し、新しい人を呼び込む仕掛けづくりのプロと言ってもいいだろう。自身が主宰する「らいおん建築事務所」の傍ら、「北九州家守舎」など、従来の「建築家」の枠に留まらず、自ら街に飛び出して、街と建物と人のより良い関係づくりに励んできた。
当初、貸主から全14室のうちの1室のリフォームを相談された嶋田さん。貸主の話を聞くうちに、単なる1室リフォームでは、現在の空室の多さや今後の経営・管理など根本解決にはならない、と感じたと言う。そこで提案したのが、現況そのままに「居住者が好きにリフォームできる部屋」としてむしろ古さをアピールすること。
これまでの活動から、賃貸マンションの不自由さに不満を持つ人々がいると分かっていた。そして、彼らは空間を自由にカスタマイズできるなら、古さを気にしないということも知っていたからだ。単なる修繕は「古さ」のデメリットを乗り越えられない。古さを「活かす」に方向転換
貸主の1部屋のリフォーム予算では、できることは限られている。せいぜい、水まわりを最新の設備に代え、壁紙を張り替えるくらいかもしれない。単なるリフォームだと「『築古がデメリットって分かっているから、設備を新しくする』ということだ」と、嶋田さんが言うように、築古のデメリットをむしろ強調しているようなものだ。しかし、古いからこそ、思う存分、部屋を解体して一からつくり直してみることができる。そこを狙ったのだ。
貸主は思わぬ提案に戸惑いを隠せなかったと言う。賃貸業界では、借主の退去後、「元の状態に戻す」ために工事を入れる。主に実施するのは、部屋のクリーニングや壁紙の張り替えなど。古くなった設備は一定のサイクルで最新のものに代える。根本にあるのは、住む人が誰であれ関係なく「新築のころの姿に少しでも戻す」ことだ。だからこそ、一から借主の希望するようにつくり変える、というのは初めてでリスクも感じただろう。
また、20年もの間、改装もされずに来た部屋を建築家の嶋田さんが一からつくり直すには、最低でも300万円程度の費用が見込まれ、建築家としてのデザイン費もいただかなければならない。「そこをオーナーに負わせることは酷だと思った」と嶋田さんは言う。リスクを感じながら貸主が全額負担で出すことも難しいが、借主にその金額を負担させるのはほぼ不可能ともいえる。折半したとしても100万円を超える金額。たとえ貸主が用意できても、若い借主にはとても払えない金額だ。誰もが「損をしない」仕組みづくり
そこで、嶋田さんは画期的な手法を考え出した。それは、嶋田さんが間に入ることで、それぞれの負担を軽減しつつ、誰も損はしない構図をつくることだった。まず、愛着を持てるよう、借主がDIYできる部屋にしようと考えたのが出発点だ。そうすると、改修費用も全部直すよりは安くなる。試算してみると200万円で済むことが分かった。そのうち、貸主は100万円、借主が50万円を負担する。そして、部外者である嶋田さんが50万円を負担する。しかし、それぞれの負担は、いずれプラスマイナスゼロになって元が取れるような仕組み(図1)にした。
【図1】借主は嶋田さんに月5万円払い、嶋田さんは貸主に3万円を支払う。○内の初期投資も、数年で元が取れる計算だ(筆者作成)
まず、嶋田さんはオーナー(貸主)から、改修予定の部屋を3万円/月で借りる契約を結んだ。オーナーにとってはずっと空室だった部屋が3万円生むので、当初負担した100万円は約3年で相殺される。次に、3万円で借りた部屋を、実際の借主に5万円/月で貸した。嶋田さんとしては、50万円の初期投資が約2年で相殺されることになる。
実際は、借主は4年住む契約にしているため2年で投資が回収された後、残りの2年は当初嶋田さんが頂く予定でもあった設計費として算出される。借主にとっても、マンション周辺の家賃相場は約7万円(嶋田さん調べ)なので、相場よりも2万円安く「自分が望む空間」に住むことができるのだ。本人にとっても50万円の投資は、相場比較で考えると2年住んで元が取れるし、自分がプランした部屋に住めるなら願ったり叶ったり。借主DIYが可能になるから、より大事になる建物のプロ
嶋田さんが考えた、関係者3者が「win-win」になる仕組みは、ありそうで無かった仕組みだ。
国交省は今年3月、後者の「家賃を安くし借主負担で改修する(原状回復は無し)」という賃貸契約を、新たな指針として打ち出した。この指針を受け、今後、借主の希望の通りに改修ができるような賃貸住宅が増えていくとも考えられる。
だが、嶋田さんの考えた関係は、この指針とも一線を画し興味深い。
図1のしくみは、3者の「win-win」だが、実は嶋田さんが介在せずに貸主と借主の2者間でも金額を調整すれば同様のwin-win効果は生み出せたかもしれない。嶋田さんの介在価値とは何だろう。まず思いつくのが、貸主・借主ともに初期負担が軽減されること。改修に挑戦しようとする人(借主)にとっては、大きな意味を持つ。
リクルート住まいカンパニーが6月にリリースした調査(http://www.recruit-sumai.co.jp/press/2014/06/diydiy46942.html)でも、現在賃貸住宅に住んでいる人で「借主負担DIY型」を試してみたいと思っている人のうち、半数以上(58.9%)の人が「オーナーが費用を一部負担してくれる」ことが、上記契約の後押しになると答えている。オーナーがそこまでの費用を負担できない場合、そして、入居者が全額を用意することが難しく希望の工事が叶えられない場合、嶋田さんのように間で負担する人間が入ることは大きな意味を持つだろう。
次に、嶋田さんは建築家としての本領を発揮している。貸主と借主の間で、どんな改修にするか・誰に工事を頼むか、全ての打合せに同席した。貸主・借主、どちらも建物の素人だからこそ、両者で改修について話しても判断がつかない。貸主が判断できなければ「改修NG」の可能性が高まり、借主の希望だけでは「次の入居者も気に入るプランか」の考えが及ばない。
「自分が投資しているからこそ、僕にはこの部屋、ひいては貸主・借主の両者に対して責任が生まれる」。嶋田さんは、あえてお金を投下することで、両者の間に入り、最適な形を共に模索した。
「建築家は(特に賃貸物件では)、新しく建物をつくったり、リフォーム(リノベーション)しても、完成までしか責任を持たない。そこに誰か入居してくれただろうか、居住者が幸せに住んでいるかは関係なくなる。それは、ある意味、無責任だと以前から思っていた」と嶋田さん。最も古い、貸主が頭を抱えた部屋をきっかけに、DIY可能物件と謳ったマンションは多くの人を呼び、たった4カ月で満室となった。
前述の調査では、「借主負担DIY型」で契約し「自分の自由に部屋をカスタマイズしたい」と考える人は46.9%にものぼった。半面、そうした意向があっても実現していない最大の要因が「許容範囲がわからない」(50.4%)と分かった。「借主負担DIY型」が増えても、建物の素人である貸主・借主だけでは進まぬことも多いだろう。嶋田さんのようなプロが、責任を持って介在する仕組みも一緒に検討されることに期待したい。
【画像1】プロに指南してもらいながら、DIYで出来ることには参加した居住者。嶋田さんも現場にはいつも顔を出し、手伝った(写真提供:嶋田洋平)
【画像2】今回のプロジェクトの立役者。左から嶋田さん、真ん中が居住者、右が今回、居住者の改修に伴走したHandiHouse projectの中田裕一さん (写真撮影:藤本和成)
元記事URL http://suumo.jp/journal/2014/09/09/68808/
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