若者が起業しにくいなら、起業しやすい社会に変えていけば良い

My Life in MIT Sloan

日本という国や日本人にあった起業しやすい社会をつくっていくことはできるでしょうか。今回はLilacさんのブログ『My Life in MIT Sloan』からご寄稿いただきました。

若者が起業しにくいなら、起業しやすい社会に変えていけば良い
最初に書くと、この記事は「ではどうやって起業しやすい社会にするか」ということを書くのではなく、問題解決の考え方について書くつもり。

「どうやって起業しやすい社会にするか」は私も現段階では、はっきりこれだ、という解はない(いや、あったらすごいんだけど)。そういう意味では、タイトルは「青年の主張」に過ぎず、特に内容はないかもしれない(アラサーの癖に「青年」でいいのかは要議論)。

それでもこれを書こうと思ったのは、少しでも世の中の議論を「問題解決をする方向」に持っていきたいと思ったから。

1.「若者に起業を勧めるべきか否か」を問うても、問題は何も解決しない。解決指向型の問いをすべきである

ウェブ上で話題になっている、『2ちゃんねる』のひろゆき氏のエッセイ *1 を読んだ。
*1:「若者に起業を勧める嘘(うそ)つきな大人たち」-『ひろゆき@オープンSNS』
http://www.asks.jp/users/hiro/67280.html

私は、ひろゆき氏の主張は非常によく理解できるし、納得できる。以前「どんだけマッチョじゃないと起業できないんだ、日本は。」 *2 で書いたように、今の日本では、経験のない若者の起業を戦略面・資金面でサポートするプロもいないので、何も経験のない若者の起業は一般論として失敗しやすいのは確かだろう。更に、失敗してもアメリカみたいに大企業に再就職とかできないわけだし、リスクが高い。だから彼が言うのは非常に真っ当だと思う。
*2:「どんだけマッチョじゃないと起業できないんだ、日本は。」-『My life in MIT Sloan』
http://blog.goo.ne.jp/mit_sloan/e/bc5334feeac78f36c238c20608c92325

そんな日本の状況なのに、世の中には無責任に若者に起業を勧める大人がいるのも確かなのだ。彼等はまるで他人事のように、起業を勧めるのだ。私にも経験があるので、彼の腹立たしさが痛いほど伝わってくるし、共感できる。

一方で、「若い人が起業すべきだ」という意見も良く分かる。この硬直した社会を変えていけるのは若い人だけだと望みを託しており、若いときだからこそ無茶できるのだという人がいるだろう。実際、若者が変えようとしなければ、社会なんて変わらないのだ。

恋愛でも、仕事でもそうだが、「絶対に出来るはず」という根拠のない自信とパワーが、信じられないほどの力を生み出したりするのは、歴史を見ても確かなのだ。

私が言いたいのは、これらの議論にはどちらも共感は出来るが、この議論をしても意味がない、ということだ。何故なら「若者に起業を勧めるべきか、否か」という問いに例え答えられても、日本は全く何も進歩しないからである。

ついでに言うと、それは正しく答えられる問いでもない。個人差が大きすぎる。「海外留学をすべきか」という議論と同じで、その人の価値観と能力、向き不向きによって全く答えが変わってくる。

本当に問うべきなのは、
1. 「実際に、日本は(シリコンバレーなど成功例に比べ)起業家が育ちやすい社会か?」
2. 「1がNoの場合、起業家が育ちやすい社会にするためには、今の日本の何を具体的に変えていけばよいか?」
の2点だと思っている。

1. は、歴史や各国分析をすれば答えられる問いであり、答えることで前に進む。例えば、シリコンバレーと日本を比較した考察記事(第1回 *3 、第2回 *4 )で考察したとおり、「シリコンバレーに比べれば、日本は起業しにくいが、(大陸)ヨーロッパよりはマシである」というのが解だと思う。
*3:「日本や欧州にシリコンバレーが出来ない理由とその対策 (1/2)」-『My life in MIT Sloan』
http://blog.goo.ne.jp/mit_sloan/e/58c859738a2b70434e2656b1afa7af46
*4:「日本や欧州にシリコンバレーが出来ない理由とその対策 (2/2)」-『My life in MIT Sloan』
http://blog.goo.ne.jp/mit_sloan/e/265efb63a85e379669d8c6b202a24a28

従って、日本がアメリカのように起業家が育ちやすい社会か?と問われれば、Noだ。改善の余地はまだまだある、よって改善すべき、となる。

問題は2だが、これも成功事例との比較分析で、ある程度仮説を得ることは出来る。例えば、資本の流動化、人材の流動化は、好循環を回すための鍵(かぎ)のひとつだ。大学を核とした「起業家コミュニティ」を作るのも、解ににつながる。

じゃあ具体的にどうやってそれを実現するか、に答えるためには、もっと現状の分析をして、現状うまく行ってないのは何故か、に答える必要がある。こうやって、前に進めていくことが出来るだろう。

私は人と議論で戦うのは余り好きではない。出来るだけ議論とか、戦うとか、避けて通りたい。だからかもしれないが、議論したら何かが前に進む議論を、常にしてほしい、と思っている。大前研一も「企業参謀」で言ってるけれど、問いの立て方は重要だ。

2.そもそも日本は起業家が育ちやすい、アングロサクソン的社会を目指すべきか、安定縮小均衡の(大陸)ヨーロッパ社会を目指すべきか?については、コンセンサスを得る必要はある。

コメント欄を読んでいて、このそもそも論についてコンセンサスが得られてないことに気が付いた。要は、若者とかが起業しやすく、結果として新しい産業が興って、経済が成長する国、というのを、日本が目指しているのか、ってことだ。

アングロサクソンとは、イギリスやアメリカを中心とした文化圏のことだ。これらの文化では、人材が流動化することに社会が寛容であり、金融システムの流動性が高い。恐らくアングロサクソン独特の、プラグマティックな気質によるところも大きいんだろう。ベンチャーも多く生まれ、次世代を引っ張る産業が生まれる。テレビや半導体で日本に負けても、すぐにOSや通信機器やネットサービスといった、国全体の柱となるほどの大きな産業が、ベンチャーによって育っていく。その結果、先進国の割には経済成長(GDP成長率)が高い。

一方、大陸ヨーロッパを中心とする伝統的な社会では、雇用制度が厳しく、一度雇った人は解雇せず、優遇する。経済が多少停滞しても、大企業とそこの労働者の権利を守る、失業率が高くなっても一度雇用した人の給料は守る(フランスは労働時間も規制)など、日本のはるか上を行く、正社員優遇の雇用システムを持っている。東・南ヨーロッパから安い労働力が常に流入するので、何とか成長はしているが、経済成長のレベルは極めて低い。

では、日本はどういうモデルを選ぶべきか?

私はアングロサクソンモデル推進者である。実際、どのような産業も衰退し、全ての大企業を成長させるのが不可能であることを考えると、次々とベンチャーから新しい成長の種が出てくる社会にしないと、まずいんじゃないの?と思うからだ。

アメリカを見ると、IBMやGEのように、伝統的な企業が変革して、大きな影響力を持ってるところもあり、かつての大企業だったAT&T、コダック、IBM、Xeroxの遺産で食ってるところも大きいから、大企業も大きな役割を果たしている。しかし、80年代のマイクロソフト、シスコ、アップル、90年代のGoogleやAmazon、2000年代の FacebookやTwitterなど、次々と、国全体の成長の柱となる新しい産業を作っているのは、大企業でなくベンチャー企業である。

日本も、是非ともソニー、パナソニック、東芝、NEC、富士通、日立、ホンダ、トヨタ、日産……といった大企業のいくつかには、変革の末に生き残てもらうことが、社会にとって大切だと思うけれど、ベンチャーが次々と次世代の産業を形成するようにならなければ、日本は成長はしないだろう。

「本当にそういう社会を目指したいのか」については、ある程度コンセンサスを得なくてはならない。このまま、リスクも取りにくいし、セイフティネットもない、最悪の社会になってしまうのだけは避けたい。早く国の戦略をどう持っていくのか決めて、対処を取っていく必要がある。

ちなみにヨーロッパも、経済成長を求めて、アングロサクソン的なモデルへと徐々に移行しているのが現状。私は、日本の文化の強みは活かしつつも、仕組みとしてアングロサクソン的なモデルを入れてくのは避けられない、と思っている。

3.文化や人々の動き方は変えられない。戦略・システム・仕組みを変えることで好循環を作る、解決指向型の考え方をすべき。

コメント欄で「起業家が育ちにくいのは、日本文化の問題もある」「人々の動き方をどう変えるべきかという視点も必要だ」という意見を頂いた。

それは全くその通りで、文化や人の動き方、考え方が起業しやすさに与える影響は大きいだろう。「日本がシリコンバレーの人間に比べて保守的で、横並び主義だから、起業に飛び込む人が少ない」というのは検証は難しいが、確かにそうかな、とも思う。

しかし、文化や人の動き方は、そんなにすぐに変えられることだろうか?これらを直接変える方法はあるだろうか?そう考えたとき、文化や人々の動き方を考えよう、というのは解決策にならないことに気づく。

一方で、国が指し示す(ベンチャーキャピタルやエンジェルを増やす、人材の流動化を促進する、シリコンバレーのように大学中心に起業家が集まりやすい地域を作るなどの)戦略・仕組み・システムの問題は、割とすぐに変えることが出来るだろう。

そして、これらの戦略や組織、仕組みを変えていくことで、文化や人々の動き方・価値観も10年、20年の時を経て、だんだんと変わっていくのではないだろうか?

だから。
私は、こういう起業家社会の問題を考えるとき、文化や人々の価値観も重視すべき、というのは非常に共感できるのだが(だって実際そういう影響大きいし)、本当に「日本で起業家が生まれにくい」という問題を解決していくには、戦略、仕組み、組織といったレベルで問題をとらえる必要が出てくると思っている。

こういう問題を解決すると、文化や人々の動き方の問題も解決する、好循環に向かっていくのだ。

ちなみにこれは企業の改革でも全く同じだ。人々は、企業文化とか、人々の動き方に文句を言いがちなのだけど、そこを言っても問題を解決するのは難しいのだ。何故なら、文化や動き方は慣性が高く、変えるのは難しいからだ。

一方で、文化や人々の動き方は、なかなか変わらないからこそ、うまく使えば強みになると思っている。

例えば、日本人は仕事が非常に丁寧で、シリコンバレーの企業みたいに、バグだらけでもベータ版とかを出して市場を取っていくやり方には慣れないかもしれないが、一方で、安心感のある、正確なものをつくることに向いているのだ。

そういう変えにくい性質は、別の言葉で言うと「コアコンピテンス」かも知れず、そういうコンピテンスが生きやすい社会を設計する方が、これらをムリに変えるより、ずっといいのではないか、と思っている。

執筆: この記事はLilacさんのブログ『My Life in MIT Sloan』からご寄稿いただきました。

文責: ガジェット通信

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