映画『猫を放つ』志萱⼤輔監督・藤井草⾺・村上由規乃インタビュー「“本当の時間の経過”が強み」

「あなた今、幸せ?」という問いが、⾃分に返ってきたとき、ようやく彼らは⾃らの現在地点に⽬を向ける。すれ違う夫婦の現在と、かつての記憶を揺さぶる友⼈との再会。過去に引き寄せられながらも、今の「幸せ」の輪郭を探す⼈々を描いた映画『猫を放つ』が公開中です。

【ストーリー】写真家の妻マイコとの距離に悩む音楽家のモリは、かつての友人アサコと、思いがけない再会を果たす。その出会いは、とうに過ぎ去った愛情を、ふたりの間に呼び起こす。しかし、思い出はすれ違い、期待や欲望を含んだ記憶は、ぼやけ、歪み、それぞれの中で都合よく書き換えられながら現れる。そして長い散歩の終わりに、モリとアサコは、もう既に軌道を外れてしまった二つの人生と、それぞれが立つ〈今〉を、あらためて見つめ直すことに──。

撮影から7年かけて完成させた初⻑編監督となった志萱⼤輔監督、モリ役の藤井草⾺さん、アサコ役の村上由規乃さんにお話を伺いました。

──素晴らしい作品をありがとうございました。7年という制作時間をかけたそうですが、劇中の回想シーンは過去の撮影分になっているのでしょうか。

志萱:そうですね。実際に昔の映像が使われています。最初は中編を作ろうと思って、2018年頃に撮影を始めたのですが、そこからリアルな時間が経過していて。

──長編にするにあたってどの様に膨らませていったのですか?

志萱:2人(藤井さん、村上さん)の出演シーンは、それ自体が記録というか、記憶みたいな状態で既にあったので、その周辺の素材を増やしました。そして新しく脚本を書いた部分と、元々あった映像との接続を考えて。

藤井:昔の自分を観て、若いなとは思います。もちろん芝居もしていますが、実際に数年の時間が経っているので、そのことが一番の演出になっているなと感じました。作っていない、作れない“本当の時間の経過”が強みだなと。

村上:過去パートに使われているのは、元々回想シーンとして撮っていたわけではない映像で、別の物語があったのですが、今完成した映画の中にはその物語が無いので不思議な感覚はありました。

志萱:最初に想定したものとは全く違う物語になっているんです。今草⾺も「若いなと思った」と言っていましたけれど、僕もその時の自分若さとか、恥ずかしさを感じるんですね。昔の自分と向き合って、新しい作品に入れていかないといけない大変さはありました。

──映画の中のモリとアサコと同じく、監督ご自身の年月も詰まっているのですよね。お2人は完成した映画をご覧になっていかがでしたか?

藤井:自分の場合は、出ているシーンも多いですし、冷静に客観的に観ることが最初は難しくて。自分がどういう風に映っているか、どう繋がっているかということが気になったのですが、まずは「完成出来て良かったな」と心から思いました。

志萱:本当にね。映画を一本作るということの大変さ、楽しさ、色々なことを感じました。

藤井:過去パートだけで完成させていたら、全然違う映画になっていたと思う。映画を観た方がそれぞれふと昔のことを思い出したりする様な作品になったのは、この映画だからこそだなと。

村上:過去の素材と今の素材がどういう風に混ざるのか、脚本上では書かれていたのですが、どういう風に繋がるのか楽しみにしていました。完成した映画を観たら、その繋ぎ方が、本当に人間の記憶の様に曖昧に見えるのですごく新鮮でした。

──本作は、釜⼭国際映画祭でも上映されましたが、監督が意外だった感想などはありましたか?

志萱:「遅い」という感想が面白かったですね。それは否定的な意味ではなくて、釜山映画祭のディレクターの方に「遅さの美学がある」と言ったことを言われたんです。おそらくテンポのことだと思うのですが、そこを美しいと言っていただけて、自分ではそんなにテンポを意識していたわけではないのですが。
書いたセリフのテンポ感といったものはもちろん考えているのですが、脚本上にはただただセリフが並んでいるだけなので。

藤井:モリとアサコが並走しながら話すシーンは、自分的にもこの映画の中心になっているシーンだと思うのですが、観ている人がこの2人の関係性を感じ取るリズムを作っていたと思います。音楽のリズムみたいなものをそれぞれのシーンにつけていて。

志萱:その“間”みたいなものを脚本に設定して書くというよりも、その場で「間を空けよう」とか「沈黙を伸ばそう」みたいなことをしていたよね。

藤井:空気感みたいなものをリハサールしていた記憶がある。この映画には長いセリフがあまり無くて、自然にリズムで読むようなセリフを書いてくれているんだろうなと。

村上:そうだ、2018年に撮影し始めた時は、藤井さんと初めましてだったんですよ。そこから実際にも映画上でも時間が経って、やり取りする言葉のテンポで「仲良いんだな」という空気感を作れたらと思っていました。

藤井:確かに、過去はもっと演出ありきでやっていた気がして、再び始めた時にはもっと自然にやれる様になっていたよね。

村上:1回過去の映像を見て、考える時間があったからイメージが共有しやすかったんだなと思います。

──本作に出てくる、楽しい時間の描き方や、喧嘩の時の空気感などリアルすぎて、胃がキュッとなる瞬間もありましたが(笑)、監督のご経験から書いたセリフもあるのですか?

志萱:全部が僕の経験ということではないのですが、「これは本当にあった時間だな」というシーンもあります。モリがマイコの写真展を見に行って、モリだけ先にギャラリーを出て帰りはじめますよね。マイコが追いかけてきて、横に並んで、そのまま歩き続ける場面があるのですが、撮影でも結構無言で長く歩いていて。僕がパートナーと喧嘩をした時に、そうやって無言で歩き続ける瞬間があったんです。その時「こうやって、本当に何も喋らない時間ってあるんだなと、覚えておこう」と思ったんです。パートナーからすれば喧嘩の時まで映画作りのことを考えているなんてふざけんなって感じかもしれないですけれど(笑)、その時の体感はすごく記憶に残っていて。

──パートナーとか友達とか、大切な人と気まずくなったことがある人は、めちゃめちゃ共感する時間だと思います。本作には他にもリアルな描写が多くて面白かったです。

藤井:観る方によって、共感ポイントが違うと思うし、「モリがむかつく」っていう人も多いと思うんです(笑)。

志萱:特別な時間は描きつつも、現実の生活と地続きの物語なので、みなさんが知っている場面とか感じたことのある感情が写っているかなと思います。そういう映画を作りたかったので。

──日常を描くこと、日常を演じるということがある意味一番難しくもあると思うのですが、本作ではそれを見事に成功させていますよね。音楽や衣装も素晴らしかったです。

藤井:過去パートの頃には役者の仕事をがむしゃらに頑張っていて、そこからコロナ禍を経て今は音楽を作っているのですが、「この映画に草馬の作った曲を使いたい、その歌詞を映画の中でこう描きたい」と志萱に言われた時は、すごく嬉しかったし、同時に自分の作った曲を役として演じながらやるってどんな感じなんだろうと思いました。
自分が作ったから、その歌詞がどうやって生まれたかも知っているし、じゃあ自分しか出来ないのか?と思えば、自分とモリは別の人間だし、とかも思って。そうやって難しく考えれば、いくらでも難しく出来るのですが、いざ撮影に入ったら何も考えない様に。
楽器を弾きながら、実際に曲作りをしていた時のことを思い出しながら、芝居することはすごく楽しかったです。自分が作った曲だけれど、また別の意味を持たせてくれたみたいな。
僕が作った時の歌詞の意味と、志萱が映画で描きたいと思った部分の意味は違うかもしれないけれど、でも1つ曲の中にそいやって2つの感情がのっていつというのは面白いなと思います。

志萱:これまで映画祭や試写で映画を観てくれた方からも、somaの音楽が良かったと言われるので、ぜひ映画館で大きな音で体感してくれた嬉しいです。

──今日は素敵なお話をありがとうございました。

撮影:オサダコウジ

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藤本エリ

映画・アニメ・美容が好きなライターです。

ウェブサイト: https://twitter.com/ZOKU_F

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