実在した強制収容・更生施設“マグダレン洗濯所”の背景を描く 映画『決断する時』監督インタビュー「本作の核にあるものは今も起こっていることです」
クリストファー・ノーラン監督作品『オッペンハイマー』でアカデミー賞主演男優賞を受賞した名優、キリアン・マーフィーが次なる作品として選んだのが『決断するとき』だ。マーフィーの故郷であるアイルランドに1996年まで実在したマグダレン洗濯所は、カトリック教会によって運営されていた女性たちのための強制収容・更生施設で、女性に対し陰惨な虐待を行っていたことで知られる。マグダレン洗濯所の背景を描いたベストセラー小説「ほんのささやかなこと」に惚れ込んだマーフィーは自ら映画化を希望。『決断するとき』の主人公である、アイルランドの小さな町で家族7人でつつましく暮らす炭鉱商人、ビル・ファーロングを演じるだけでなく、初めてプロデューサーとしての役割も担った。
劇判も含めて、とても静かにビルの深い葛藤と内省を映し、長きにわたって見て見ぬふりをされてきた歴史の闇を突き付ける本作のティム・ミーランツ監督にインタビューした。『決断するとき』の制作にはマーフィーだけでなく、マット・デイモンとベン・アフレックも携わっている。また、マグダレン洗濯所となった修道院の院長役を演じたエミリー・ワトソンが第74回ベルリン国際映画祭で助演俳優賞を受賞したことも話題だ。
――「決断するとき」の企画を聞いた時、率直にどう思いましたか?
私は幼い時に兄弟を亡くしたことがあり、「決断するとき」で描かれている喪失に対する悲嘆をとても身近に感じました。奥深い感情をキリアン・マーフィーのような俳優と一緒に探索することができるのは監督としてとても喜ばしいことだと思いました。
――キリアン・マーフィーは今作で初めてプロデューサーを務めています。
彼と過ごす時間が多かったことがとても助けになりました。俳優だけでなくプロデューサーだったからこそそういう実感が強く得られたと思います。ロケハンとしていろいろな場所に一緒に行き、様々なアイディアをシェアできたことで、撮影が始まることには一緒にかなり深いところまで入り込むことができてとても有意義でした。
――プロデューサーとしての資質をどう感じましたか?
彼はアートが大好きでクリエイティブなアイディアを持っています。俳優としてもとてもクリエイティブですが、他者がクリエイティブになれる余地を与えられる。プロデューサーという立場でクリエイティビティを見つめられる人だと感じました。
――キリアンが演じるビルも素晴らしかったですが、役者としてのキリアンの凄みをどう感じましたか?
地球上で最高の役者のひとりだと思います。本作は大事なことは口にされず、内的なモノローグのような表現になっています。キリアンの演技には細かいところまでそういった部分が表れていてすごいなと思いました。プロデューサーを担ったことも含めてキリアン以外の人では難しかったと思います。
――ベン・アフレックとマット・デイモンも制作に関わっています。
彼らはエグゼクティプロデューサーとして厚くサポートをしてくれました。ベン・アフレックは編集についてのアイディアをたくさんくれて、仕上がりがとても良くなりました。脚本を読んで、ラッシュを観て、我々の意向に沿う形で助言をくれたのがありがたかった。マット・デイモンとキリアンは『オッペンハイマー』の撮影現場でいろんな話をしていて、その中でキリアンが「こういう映画を作りたい」という話をしたら、マットが「ちょうど自分の制作会社を作ったところだからその映画を取り扱ってもいいかもしれない」と応えてこのプロジェクトが始まりました。マットがいなかったら余裕のある形での制作はできなかったでしょう。プロモーションもすごく助けてくれました。
――俳優でもある3人のケミストリーの良さをどう感じましたか?
お互い自分の脆さも見せ合っていました。全員映画が大好きだということが伝わってきてとても良いムードでしたね。
――監督はベルギー出身ですが、本作に参加する前、マグダレン洗濯所についてどんな印象がありましたか?
マグダレン洗濯所のことは知っていましたが、背負うような気持ちはありませんでした。ただ、ベルギーも何世紀にもわたってカトリック教会の強い圧力を受けてきて、絨毯の下に溜まっていたたくさんの埃を今かき出しているようなところがあるので、アイルランドと同じように黒歴史みたいなものがあるんです。キリアンは私に「あなたがアイルランド人の歴史の重荷を背負ってないおかげで登場人物を描くことに集中できる」と言ってくれました。
――キリアンはアイルランド人です。だからこそ本作に賭ける強い想いを感じたところはありましたか?
そう感じました。マグダレン洗濯所は1996年まであったので傷はまだ癒えておらず、生々しく残っています。マグダレン洗濯所の話題はとてもデリケートですし、慎重に描く必要があると思いました。
――本作を制作する上で一番大事にしたことは何でしたか?
繊細さと儚さを大事にしました。そして、目の前で起こっていることに対して誠実でありたいと思いました。私は本作を作っている時期、黒澤明の『生きる』と小津安二郎の『東京物語』を観ていました。特に『東京物語』は毎日のように観ていて強い影響を受けました。『東京物語』は廊下や洗面台を同じアングルから映した映像が多く使われています。私の持論かもしれませんが、神の視点のようだと感じました。その場所にいろんな人が現れ、人間の営みが見える。精神的でスピリチュアルなアプローチであり、詩的な力強さという点で影響を受けました。
――劇判も含めてとても静かな映画です。それがどんな効果をもたらすと思いましたか?
静かだからこそ、人々はもっと聞こうとすると思います。画面との距離が近くなるというか、繊細な感性をよりオープンにしようとする。最初から賑やかだとその時点で距離ができてしまうと思っています。昔はこういう静かな映画が多く作られていましたが、少なくなっていることが寂しくもありました。また私は、解釈を観客に押し付けるのではなく、観客が自分なりの解釈ができる余地がある映画が好きです。
――アイルランドの根深い闇であるマグダレン洗濯所の存在を知らない日本人は多いと思います。この映画を通じてどんなことが伝わってほしいと考えますか?
そこも観客に委ねたいです。ただ、本作の核にあるものは今も起こっていることです。言いたいことを言えない、やりたいことがやれないという不自由さは間違いを起こします。特に今の世の中は変化が激しいので、そういったことを気に留めることが大事だと思っています。
――ネット社会において声を上げるという行為をどう捉えていますか?
『決断するとき』を作って強く感じたのは、何も言わないということは、今起こっていることに共謀してることになるということでした。自分の意見を言う必要がある。ソーシャルメディアはそのための有効なツールになると思っています。
【インタビュー・執筆】小松香里
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