【シャッター街が激変】空き家118軒を再生! 小田原「旧三福不動産」路地裏を”熱気ある街”へ&移住者201組を呼んだ10年
神奈川県小田原市。箱根や熱海に近く、新幹線も停まる観光地の一角に、かつての賑わいを失った歓楽街の静かな路地裏があります。今、その通りに新たな人の流れが生まれ、個性ある小さな店が立ち並ぶ風景へと変わりつつあります。
その再生を担ってきたのが、「旧三福不動産」。空き家や空き店舗を起点に、地域の人や出店希望者、行政など多様な立場の人々をつなぎながら、10年かけて100軒以上の空き店舗の再生を実現してきました。
同社が手がける「路地裏マイクロディベロッパー事業」は、2025年に国土交通省が主催する「地域価値を共創する不動産業アワード」で全国唯一の大賞を受賞。その取り組みの背景や歩みについて、代表・山居是文(やまい・よしふみ)さんにお話を伺いました。
空き家・空き店舗を使って“まちをつくる”。にぎわいを生んだ仕組みとは?
小田原駅から歩いて15~20分、神奈川県小田原市の中心部にある「宮小路・青物町エリア」は、最盛期には200軒以上の店が並び、にぎわいを見せた場所でした。しかし10年ほど前には、多くの店が姿を消し、残ったのは20数軒。人通りもなく、いわゆる“シャッター通り”となっていました。
「地域価値を共創する不動産業アワード:不動産・建設経済局長表彰」プレゼン資料より (資料提供/旧三福不動産)
宮小路エリア(写真撮影/井出友樹)
青物町エリア(写真撮影/井出友樹)
そんな通りを“カルチャーのにおいがする路地”へと変えたのが、「旧三福不動産」です。若手の実力者を誘致し、小さくて良いお店が集まる場所として新たにブランディングしたのです。行列のできるスパイス菓子店をはじめ、自然派ワインバー、ゲストハウスなどが立ち並び、まち歩きマップも配られるまでになりました。
旧三福不動産が開業に携わった店舗を紹介する「小田原ごきげんマップ」(資料提供/旧三福不動産)
さらに、空き家や空き店舗ならではの空間の個性を活かしたリノベーションをすることで、若手の参入(=新)、空き家・空き店舗の活用(=旧)という、“新旧の魅力”が交わる場を生み出しました。
また、空き家や空き店舗の再生にとどまらず、創業支援、施工、WEBメディアで地域の文化やオーナーの想いなどを丁寧に情報発信、行政や地元信用金庫・商工会議所との連携まで、多面的にまちづくりを支えてきました。
その10年間の成果は、125軒の新規創業、230組の移住者増を実現(2025年9月現在)、さらに店舗の賃料相場が1.5倍~2倍(※)に上昇し不動産価値も向上。2025年には、国土交通省が主催する「地域価値を共創する不動産業アワード」にて、全国から唯一「大賞」に選ばれるなど、仕組みとしての注目も集めています。
しかし、その始まりは決して華やかなものではありませんでした。
※小田原駅15~20分ほどのエリアでは、店舗の賃料相場が坪3,500円前後→坪5000~6000円前後へ、土地の売買相場も坪30万前後→坪50~60万円と1.5倍~2倍に上昇(「地域価値を共創する不動産業アワード:不動産・建設経済局長表彰」プレゼン資料より)
祭りのにぎわいが減っていくことが、寂しかった
代表・山居是文さんの原点は、子どものころの記憶です。
山居「昔はお祭りがすごく賑やかだった。人も多くて、屋台の数も今の3~4倍はあったと思います。でも年々、出店が減って、お祭り自体が縮小していくのを目の当たりにして。それが寂しくてしょうがなかったんですよね」
──あのころの熱気を、もう一度この街に。
そう考えた山居さんは、東京の会社を辞めて地元に戻り、2014年に「旧三福不動産」を創業。「ただ空き物件を埋める」のではなく、「まちの風景と人の心に溶け込む店を増やすこと」が必要だと考え、物件オーナーと出店希望者、行政や地域の人たちの間に立ち、“人が集まり、関係が生まれる場所”へと変えていくとともに、人や地域、建物の関係性を生み出していくような役割を担っていきました。
インタビュー中の山居是文さん(写真撮影/井出友樹)
静まりつつあった街に、まず自分が火を灯す
とはいえ、当初から理解が得られていたわけではありません。古くから続く地元の大家さんの中には、「若い人がやる店なんてすぐつぶれる」「どうせまた空き家になる」と懐疑的な声も多かったといいます。
しかも、借り手が現れたとしても、建物は老朽化が進み、雨漏りがあったり、電気が通っていなかったり、とてもそのままでは使えない状態ばかり。だからこそ山居さんたちは、物件を紹介するだけではなく、リノベーションを担ったり、時にはDIYの伴走支援の一環で自ら壁を塗ることもありました。さらに、自分たちも空き店舗をセルフリノベーションし、コワーキングスペースをオープン。とにかく「自分でやる」姿勢を貫きました。
「“貸す”のが目的じゃなくて、“続く”関係性をつくるのが目的」。そうしたマインドが少しずつ伝わり、やがて「この人に任せてみよう」と言ってくれるオーナーが現れ始めます。
築50年の空きビルを自らリノベーションして生まれた、旧三福ビルヂング。カフェや、コワーキングスペース、イベントスペースもある(写真撮影/井出友樹)
3階のコワーキングスペースには、地域の住民や移住者が集う(写真撮影/井出友樹)
1階カフェ「十二庵キッチン」。カフェだけでなく、充実した物販スペースも構える(写真撮影/井出友樹)
「やりたい人」が自然と集まる場へ
転機となったのは、商工会議所と連携して始めた創業支援事業でした。セミナー、物件紹介、融資相談、マルシェ出店などを一体化させた「創業支援スキーム」は、6年間で36組以上の開業を生み出し、旧三福不動産の活動を地域に広げる土壌を築いてきました。
山居さんは「創業セミナーを“面白そうだから行ってみよう”と思ってもらえる場にしたかった」と振り返ります。実際にこの取り組みは、単なるノウハウ提供にとどまらず、小田原で何かを始めたいという思いを持った人々が、自然と集まってくるきっかけとなっていきました。
なかでも象徴的なのが、宮小路で最初にゲストハウスを開いた「Good Trip Hostel & Bar」の存在です。オーナーの中村力弥さんは小田原出身で、宿泊業の経験を経てUターン。築50年の空きビルを緑色に塗り替えて開業したこの場所は、地元の飲み屋に足を運び、地域の人たちと日常的な関わりを築きながら、宮小路の「顔」のような存在へと育っていきました。
Good Trip Hostel & Bar。元カフェレストランをゲストハウス&バーとして再生した (写真撮影/旧三福不動産)
「Good Trip Hostel & Bar」オーナーの中村力弥さん (写真提供/Good Trip Hostel & Bar)
実際にその一歩を踏み出した「Good Trip Hostel & Bar」オーナー・中村さんに、当時の想いや、今の宮小路へのまなざしを伺いました。
「初めての起業だったので、家賃の手頃さが決め手でした。それに、昔ながらの居酒屋やスナックが残るこの通りには、どこか温かみがあって。旅行者にとっても“小田原の奥行き”を感じてもらえるエリアだと思ったんです」と中村さんは振り返ります。
その姿は後に続く人たちの道しるべとなりました。「あんなふうにできるなら、自分もやってみたい」と感じる人が少しずつ現れ、まちに手応えが広がっていったのです。
中村「昔から味のあるお店が多かったこのエリアに、若い世代の個性的な店が増えてきました。それぞれがポジティブなつながりを持って全体を盛り上げていこうという雰囲気があって、新旧が入り混じりながら新しい風景をつくっている。これからの宮小路・青物町は、“個の強さとエリアの強さ”の両方を持った場所になっていくと思います」
街が人を呼び、人がまた街を変える──そんなよい循環が始まりつつありました。
「Qué BONITA(ケボニータ) 」。元ふぐ料理店が超人気のスパイス焼き菓子店へ (写真撮影/旧三福不動産)
「宮小路オールド」。古い居住スペースからシェアスペースに (写真撮影/旧三福不動産)
メディアで伝える「どんな街で、誰とやるか」
開業者が少しずつ増えていくなかで、次なる課題が見えてきました。ただ空き物件を紹介するだけでは、まちの魅力や価値が伝わりきらないのです。リノベーションや内装のサポートはもちろん、「この街で誰と、どんな思いで始めるのか」といった背景まで、丁寧に伝えていく必要がありました。
「物件の場所や広さだけを見て選んでも、続かないケースが多いんです。大事なのは、どんな人たちと、どんな風土のある場所で始めるか。その価値観に共感してもらえる人じゃないと、あとあと続かなくなってしまうんですよね」と山居さんは話します。
そこで旧三福不動産が取り組み始めたのが、自社運営のWEBメディア(オウンドメディア)です。物件のスペックや立地情報だけでなく、地域の文化や歴史、過去の使われ方、オーナーの想い、そして開業者のインタビューなどを丁寧に取材・発信することで、「物件の背景にある物語」を見えるかたちにしていきました。
旧三福不動産のWEBサイト
「『自分がやりたいことに合っているか』より、『このまちで、こういう人たちと一緒にやっていきたいと思えるか』の方が大切だと思うんです。だから、物件スペックだけじゃなくて、その“場”の雰囲気や人との関係性が伝わるようにしたかった」と山居さん。
こうした情報発信の積み重ねによって、メディアは「小田原 移住」「小田原 リノベーション」などの検索で上位に上がるようになり、月間10万PVを超える規模へと成長しました。そして旧三福不動産に来る相談者の多くが「記事を読んで、相談にきました」と話すようになったといいます。
オウンドメディアを通じて、エリアブランディングを行い、開業希望者、移住希望者などを集める。そんな「街のファンをつくる」ための装置として、外の人と中の人をつなぐ大切な役割を果たすようになっていったのです。
「借りたい人」は増えた。でも、「貸せる物件」がない
開業希望者が集まり、まちに新しい動きが生まれ始めた一方で、また別の課題が立ち上がってきました。それは「貸せる状態の物件が足りない」という現実です。
「空き家や空き店舗はたくさんあるんです。でも、家財がそのまま残っていたり、建物が老朽化していて修理する必要があったり、店舗と居住部分の区分けをしないと貸せないなど、すぐに貸せるような状態じゃないものが多くて」と山居さんは言います。
いくら「借りたい人」がいても、「貸せる物件」が街に存在しなければ、次の一歩を踏み出せない。そこで旧三福不動産は、行政とともに制度設計の見直しに取り組みました。
従来は「借り手に補助金を出す」仕組みが一般的でしたが、それでは物件を借りてもらえる状態にするまでの負担は物件オーナーとなり、なかなか物件が動き出しませんでした。そこで市に対して制度の見直しを働きかけ、「貸し手にも補助金が出る」仕組みへの転換を提案。改修費用や家財処分費などに使える補助金制度として、2021年に「空き店舗等利活用促進事業」が制度変更され、空き物件の流通促進に大きく貢献しています。
「家財を処分するだけでも、年配のオーナーさんにとってはかなりハードルが高い。『それなら貸してみようかな』と思えるような仕掛けをつくらないと、流通量は増えないんです」と山居さん。
“借り手”だけでなく、“貸し手”の心理にも寄り添う。そんな調整役の存在が、街の再生においていかに重要かを、旧三福不動産の取り組みは物語っています。
旧三福不動産が手がけた店舗の地図 (資料提供/旧三福不動産)
「続けられる仕組み」は、相乗効果のデザインから生まれる
旧三福不動産の取り組みは、単なる物件の仲介では終わりません。物件を紹介するだけでなく、リノベーションや設計施工まで自社で手がけ、さらにその背景や開業者のストーリーを自社メディアで発信する。仲介・リノベ・メディアの三位一体が、事業の根幹をなしています。
「一つの収益モデルでは立ちゆかない町だからこそ、“組み合わせ”が大事なんです」と山居さんは語ります。
(写真撮影/井出友樹)
例えば、物件を仲介するだけでは商売としては成立しにくい価格帯でも、建築やブランディングをあわせて手がけることで持続的な収益が生まれる。さらに、開業者側にとっても「この街で、この場所でやる理由」が明確になり、情報発信によって応援してくれる人が増えていく──そんな相乗効果をデザインすることが、結果として“続けられる仕組み”につながっていきました。
「昔ながらの建物を直して、ちゃんと人が使ってくれて、それをまた別の誰かが見て『私もやってみようかな』と思える。そういう循環ができてきたのは、自分たちの得意なことを掛け合わせながら、一つの流れをつくってきたからだと思います」と言います。
まちづくりは、単発のイベントでも、補助金だけでも続きません。だからこそ旧三福不動産は、さまざまな小さな事業を組み合わせながら、意味のある“かたち”として街に根づかせてきたのです。
「街の編集」は、次のステージへ
旧三福不動産は今、小田原での活動を土台に、街の上階空間を活かした宿泊事業や、近隣都市での横展開を見据えた動きを進めています。
2024年には、小田原市で旧旅館をリノベーションした一棟貸しの宿「抹香町ハウス」を開業。地域の人たちと協力しながら、建物の歴史や雰囲気を大切にしつつ、新たな宿として再生する取り組みを始めています。今後は、空きがちなビルの上階の活用なども含めて、まちと調和する新たな宿泊施設の形を模索していく予定です。
山居「例えば、宿泊でしっかり収益を出せるようになれば、1階のテナントを“本当にやりたい人”に少し家賃を抑えて貸すこともできる。そうやってできることの幅が広がっていくんじゃないかと考えてるんです」
さらに山居さんは、小田原での取り組みを他地域にも応用できるのでは、と語ります。
山居「やるとしたら、人口15万~30万人くらいで、古い地場の商店街があって、空き店舗が少しずつ目立ってきているような街。そして、地元愛を持った人たちがいること。そういう条件がそろっていれば、小田原でやってきたようなやり方がきっと生きると思っています」
“にぎわい”をもう一度──
かつて祭りで育った子どもの記憶が、10年をかけて街を変え、今、また新たな街へと渡されようとしています。
●取材協力
旧三福不動産
~まだ見ぬ暮らしをみつけよう~。 SUUMOジャーナルは、住まい・暮らしに関する記事&ニュースサイトです。家を買う・借りる・リフォームに関する最新トレンドや、生活を快適にするコツ、調査・ランキング情報、住まい実例、これからの暮らしのヒントなどをお届けします。
ウェブサイト: http://suumo.jp/journal/
TwitterID: suumo_journal
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

