恒星間宇宙船と月面都市、宇宙をまたぐ謀略〜ロブ・ハート&アレックス・セグラ『暗黒空間』
人口拡大をつづける人類は、月、火星、タイタンに入植地をつくっていたが、さまざまな面で限界に達しており、太陽系内の生存可能な領域はすでに過密状態だった。この状況を打破するために、多くの乗組員からなる恒星間探査船〈モザイク〉が、人間が生存できる環境の惑星エスパラーへと向けて出発した。
物語は、宇宙で困難に見舞われる〈モザイク〉と、月面都市ニュー・デスティニー(いまや人類の全産業の中心拠点)とで、並行して進む。
〈モザイク〉にとって最初のピンチは、出発から四・一光年の宙域で突然起こった、重力エンジンの停止である。出力が完全に失われれば、航行はもとより、生命維持システム、デブリを遮蔽するためのシールドも機能しなくなる。まさに非常事態。不可解なのは、異常時に作動するはずの警報が鳴らなかったことだ。エンジンと警報、その両方が同時に不具合になるとは、偶然にしてはできすぎている。そう考えたパイロット、ホセ・カリレスは、原因を探りはじめる。
〈モザイク〉の非常事態は、超光速通信によって太陽系へ報告された。通信を受けたのは、ニュー・デスティニーにある国際情報機関〈バザール〉の事務員コリン・ティモニーだ。彼女はもともと将来を嘱望された諜報員だったが、麻薬使用が発覚して、閑職に追いやられたという経緯がある。その麻薬は、幼少期からの親友だったホセ・カリレスから回ってきたものだった。麻薬事件によって、ふたりの友情にヒビが入る。その後、カリレスは有力者である母親の手回しで、軽微な懲罰ですみ、とんとん拍子に〈モザイク〉のパイロットに抜擢された。それに対して、後ろ盾のないティモニーはキャリアの道を断たれてしまう。
カリレスとティモニーのこじれた関係。これが、この作品の人間ドラマ的な部分の柱となる。
とはいえ、その人間ドラマはストーリーの進行につれてゆっくり析出していくもので、序盤ではそれよりも〈モザイク〉で起こった謎のエンジン停止が焦点となる。不可解なことは、ニュー・デスティニーにもあった。ティモニーが〈モザイク〉からの緊急報告を受信した直後、新たな着信があり、そこには「先のメッセージは無視されたし」と記されていたのだ。ティモニーが上司に報告すると、「この件は処理済みだ」とにべもない。
腕利きの諜報員だったティモニーは、上司の態度からなにかを隠していると察し、独自に捜査を開始する。職務を大きく逸脱した彼女の行動はハードなアクションもまじえ、やがてニュー・デスティニーの暗部へと入りこんでしまう。
いっぽう、〈モザイク〉のエンジン停止という緊急事態に立ちむかうカリレスだが、こちらも技術的な解決だけにとどまらず、新しいトラブルや予想外の展開が待っている。SF的には、太陽系外探査よりも数段階スケールアップしたレベルに突入するのだが、物語の核心にかかわるゆえ、それをここに書くわけにはいかない。宇宙レベルの謀略とだけ言っておこう。
作者のひとりロブ・ハートは本作品について、「スター・トレック」とジョン・ル・カレのスパイ小説のミックスをめざしたと語っている。たしかに、「スター・トレック」の多くのエピソードのように、プロットや場面演出はなかなかにつくりあげられているが、科学技術のディテールは適当だったり、脇役の人物造形はそこそこに流していたりというところがある。しかし、それはかならずしも瑕疵ではなく(気にする読者もいるだろうが)、そうしたチープ感も含めて、肩の凝らないエンターテインメントに仕上がっている。
(牧眞司)
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