太陽から来た火炎知性体との対話〜オラフ・ステープルドン『火炎人類』

太陽から来た火炎知性体との対話〜オラフ・ステープルドン『火炎人類』

 日本版オリジナル編集によるオラフ・ステープルドン作品集。初邦訳となる珍しい作品ばかりで、ステープルドンが小説に託した思想や、SF的想像力のありかたを知るうえで、見逃せない要素を多く含んでいる。

 巻頭に収められた「火炎人類—-ある幻想」は、もともと1947年に独立した冊子として発表された中篇。これが作者生前に刊行された最後のSF作品となった。

 精神病院に収容されている旧友カッスが送ってきた書簡を、語り手であるトースがまとめた形式で書かれている。カッス、トースはどちらも学生時代からのニックネームで、前者は予言者カッサンドラに由来し、後者はキリストの使徒「疑り深いトーマス」にちなむ。途轍もない話をする夢想家と、懐疑的な常識人(あるいは凡人)という、いかにもステープルドンらしい構図だ。この構図はとりわけ作品終盤で、重要な意味を持つことになる。

 カッスは休暇で出かけた湖水地方の山で、テレパシーで会話する火炎状知性体〈ほのお〉に遭遇する。火炎人類は太陽で誕生したが、〈ほのお〉の一族は太古に太陽から飛ばされ、地球へたどりついたのだという。

 彼らは地球人を観察し、自分たちとの相違を発見する。地球人は火炎人類より明晰な頭脳を有するが、洞察力については神霊的に劣っている。「神霊」は、この物語を通じてのキーワードだ。〈ほのお〉は「おまえたち人間の『神』概念は、わたしたちには無意味だ」とも言う。彼らの宗教はあくまで、瞑想と美的儀礼と日々の行為なのだ。そして、地球人と火炎人類は慈しみあいながらひとつになれるというヴィジョンを示す。

 カッスは〈ほのお〉の考え方に共感し、崇敬の念すら抱くのだが、やがて違和感を覚えるようになる。カッスの葛藤には、ステープルドン自身が人生を通じて問いつづけてきた、社会正義、平和実現、良識の問題が幾重にも反映されているようだ。

 こうした思惟を深めるうえで、また物語上の起伏においても重要なのは、それまで途絶していた地球に棲む火炎人類と太陽の同族とが通信可能となり、両者のあいだの溝があらわになる展開だ。クライマックスは、ステープルドン最高のスケール『スターメイカー』に近づくほどの、圧倒的な上昇感と非情の境地である。スタニスワフ・レムを先取りする〈完全なる他者〉という概念さえ提示される。

 短篇作品では、自分の意識に反して右手がわがままにふるまう「手に負えない腕」、音波そのものが生命である異様生態SF「音の世界」、日本がアメリカを植民した改変歴史を描く「東は西」が、とくに印象に残った。

 ラジオドラマの脚本として書かれた(ただし未放送)「はるかな未来からの声」は、二十億年先から話しかけてくる未来男性と同じく未来女性、西暦2500年に暮らす男のふりをしている現代の男優、同じく現代の女優、この四人が入り乱れるコメディ調の作品。ラジオドラマのなかのハプニングという形式で書かれたメタフィクションだ。

 講演録「惑星間人類?」は、1948年に英国惑星協会で発表されたもの。ステープルドンに講演を依頼した、当時の同会会長はアーサー・C・クラークである。この講演においても「神霊」(原語はsprit)が重要なキーワードとして登場する。

(牧眞司)

  1. HOME
  2. 生活・趣味
  3. 太陽から来た火炎知性体との対話〜オラフ・ステープルドン『火炎人類』

BOOKSTAND

「ブックスタンド ニュース」は、旬の出版ニュースから世の中を読み解きます。

ウェブサイト: http://bookstand.webdoku.jp/news/

  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。