『サラバ、さらんへ、サラバ』青春の葛藤を濃密に切り取った傑作/ホン監督・碧木愛莉さんインタビュー

『サラバ、さらんへ、サラバ』
本作は、26分の短編映画です。各国の映画祭に多数選出され、韓国・第13回ディアスポラ映画祭では観客賞を受賞。高い評価のもと、短編ながら異例の単独劇場公開に至り、東京・新宿バルト9にて上映中、10/10(金)より東京・シモキタ-エキマエ-シネマ『K2』(英語字幕版上映)、愛知・センチュリーシネマ ほか全国順次公開の予定となっています。
<劇場一覧>
https://sarabasaranghaesaraba.com/#theaters [リンク]
女子高生カップルの二人を通して描かれるのは、鮮やかさと閉塞感が同居する、地方都市の日常です。相手へのまなざしと解決できない心情の描写は、観る人すべてに積もったであろう思春期のときめきと不条理を、ありありと蘇らせてくれます。

本作を手掛けたのは洪先恵(ホン・ソネ)監督。レズビアンとして学生時代を過ごした、自らのセクシュアリティと実体験をもとに描いた本作で初監督を務めます。
本記事では、ホン監督と、主演を務めた碧木愛莉さんを迎え、『サラバ、さらんへ、サラバ』の制作過程についてお話を伺いました。
■洪先恵(ホン・ソネ)監督プロフィール:1996年生まれ、韓国出身。韓国芸術総合学校映画学科に入学後、日本映画に関心を持ち、日本映画大学脚本コースに編入、卒業。長編脚本『富士山がついてくる』が、第32回新人シナリオコンクールを受賞。
![]()
茨城である必然性と説得力
──まず印象的だったのが景色の鮮やかさでした。
洪先恵(ホン・ソネ)監督:ありがとうございます。私は韓国でもソウル出身なので、自然に触れ合うっていう機会があんまり無かったんです。それもあって、自然の中の何かを撮ってみたいという憧れも欲求も強くあったんですね。
──ロケ地が茨城ということなんですが、物語的には田舎特有の閉塞感と開放感が同居する解像感がすごいな、と感じました。風景の鮮やかさとか美しさがあるのはもちろんなんですが、主人公の二人がいるからこそ、世界の彩度が上がっている印象もありました。
ホン監督:茨城へロケハンに行って、田んぼなどに実際に触れて、そこには確かに美しさが存在していると実感しました。撮影の古屋(幸一)さんにも自然の豊かさ、美しさを強調する方法でお願いしましたし、カラーグレーディング(最終的な色味調整)でもその点は気を遣いました。
逆に、東京のシーンでは冷たい感じを少し強調しています。長く住んでいても「よそ者」の印象が消えない感じ、「はじめまして」がずっと残り続ける委縮しちゃうイメージを意識しています。
──僕も地方出身なんですが、若い時には気付きづらかった自然の良いところみたいなものが地方にはありますよね。
ホン監督:美容師さんを困らせてしまったんですけど、今日のこの髪の色はロケハンに行った時の田んぼの稲の緑色なんです。あの色が気に入っちゃったんで、写真を見せながら色味を再現してもらいました(笑)。

──稲の伸びている時の良い緑ですよね(笑)。北関東の中でも茨城というのはあえてですか?
ホン監督:茨城は1番名前がかっこいいから決めました。響きもかっこいいし、漢字もかっこいい、って思ったんです。まず茨城だ、と先に決めてからロケハンに行きました。埼玉と千葉はよく知ってるからこそちょっと避けたい気持ちがありました。でも、栃木は逆に遠すぎる感じ。
──物理的な距離感も、心の距離感も、茨城って絶妙ですね。
ホン監督:そうです、そうです!「卒業したら2人で東京なんて行きたいね!」とか思うかもしれない距離感──東京から1時間ぐらいの、大人になったらすぐ出られるっていう距離ですね。あと、私は外国人で日本の土地勘がないから直感を信じて決めたという側面もあった気がします。
──その直感のおかげで描かれた描写があったと思いました。逆に僕らから見ると、韓国という土地も絶妙な距離感の場所だなと思っていましたが、監督から見た日本はどんな見え方だったんですか?
ホン監督:強く思えば行くことのできる距離だと思います。日本に来た理由は、あこがれが強かったからですね。あと、私、黒沢清監督がすごく好きで、黒沢さんがいらっしゃる日本に行きたい、という気持ちがありました。韓国にいたときは「ずっとこのままじゃ、ちょっとまずいかも」という漠然とした将来への不安があったのも大きいです。
──二人のキャラクターをキャスティングする際に、思い描いていたことはありますか?
ホン監督:蒔田(彩珠)さん演じる仁美は、なりたかった自分に近いのかもしれないです。私は女性同士のコミュニティに属したことがあまり無いんですね。自分がレズビアンであることで、ちょっと避けられるという経験があったんです。
──なるほど……。
ホン監督:映画の中の仁美には菜穂という恋人がいるんですけれども、仁美は他の女性同士のコミュニケーションもきちんととれているんです。そういうことができる人ですね。一方で、本当の気持ちを言わないという部分もあります。「行かないで」とか感情で素直に示すより、変な茶番を繰り返してしまうような。
──ほんとうだ。確かにそうでしたね。

ホン監督:私もそういう人なんです。ふざけてるんですよ(笑)。でも、それを表現するためにはかなり芝居がうまくないと成立しない。冗談を言いながらも、微妙な表情ができる。そういう役者が誰なのか、っていうことを考えているうちに、私がずっとファンだった蒔田さんに行きつきました。
──随所で見せる表情の機微が素晴らしかったですね。まだ、メイク中でいらしてないんですが、菜穂役の碧木愛莉さんはいかがでしたか。
ホン監督:碧木さんはオーディションで決まったんです。碧木さんが(部屋に)入った瞬間に──うまく言えないんですけど、「あ、この人かも」と。そういう印象をすごく強く受けたんです。その後、自己紹介して芝居を見てからも、最初の印象がどんどん確信に変わりました。
──直感からスタートしたんですね。
ホン監督:彼女は愛され続けてきた人なんだろうな、と感じたことを憶えています。すごく愛嬌があって、嫌いになれない人のオーラがある。なんかそういうのって、芝居だけじゃなくてその人が本来持っているエネルギーにすごく関わってくると思います。
でも現場に入るとそのエネルギーだけじゃないんです。蒔田さんの芝居を受けて、蒔田さんの顔の変化とかを引き出すように碧木さんはアクションが出来るんです。蒔田さんのリアクションを得るためにちょっと厳しいことを言ったりとか、きっかけになることの表現方法について、碧木さん自身がすごく研究してくださってる。
だから、私は現場でほとんど演出をしていないんです。二人のそのエネルギーだけですごく良い芝居が撮れました。とても感謝しています。
──この言い方が合っているかわかりませんが、碧木さんはコンプレックスとかではなく、人のかかわりの中で愛された経験をもとにした直感を武器に、世界を作り出せる方なんでしょうかね。
ホン監督:私はそうだと思っています。そういう二人だからこそかもしれないんですが、シーンを撮るときも1テイク目が一番良かったんです。もちろんリハで段取りを何回か経てはいるんですが、1テイク目に特有の初々しさが表現されていることが多かったと思います。
<ここで、メイク完了した碧木さんが合流します>
“アテ書き”してないのに、まさかの
■碧木愛莉:『サラバ、さらんへ、サラバ』では外山菜穂を演じる。2001年生まれ、千葉県出身。主な出演作に、『福田村事件』『痴人の愛 リバース』『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』『九十歳。何がめでたい』、Netflix『恋愛バトルロワイヤル』、テレビ朝日『顔に泥を塗る』など。2022年「POPEYE」ガールフレンド特集では巻頭メインキャストとして登場。特技はバレエ。
![]()
碧木愛莉さん:おはようございます! 碧木愛莉です、よろしくお願いします。……あ!かわいい!監督! 髪が緑になってる!かわいい!(笑)
ホン監督:(動揺しながら)え、ええっ?!

──今、ちょうど碧木さんの演技の話とかを伺っていたところでした。碧木さんは蒔田さんとの絡みの中で、細かい心の機微を引き出したりする感じがすばらしくて。画面から、「この二人はきちんと存在して、こういう生活をしてきたんだ」っていう脈動感が伝わってきました。碧木さんは菜穂というキャラクターをご自身の中に宿らせるために心掛けたことなどはありますか?
碧木:私と菜穂では割と共通点があるんです。菜穂も体が弱いんですが私もあんまり体が強い方ではないんですね。あと、私、幼いころからバレエをやっていて、イギリスに15歳で留学したんです。一人で。
作中では菜穂も、自分のやりたいことのために16で海外に行くことを決めるんですが、今まで一緒にいた友達や家族、つまり大好きな人から離れるっていうのが全く一緒だったんです。
──えっ。この菜穂って(碧木さんを元にした)アテ書きじゃないですよね。オーディションですもんね。……鳥肌たちました(笑)。
碧木:作品に入る前に、監督からはキャラクターの詳細な設定をはじめ、どうやって生きてきたか、といったことも細かく共有してくださったんですが、そういうところからもインスピレーションを得ることができたので、役作りの面ですごく助かりました。
ホン監督:私自身、言葉で説明するのがちょっと苦手なタイプなんです。言語の問題じゃなく、性格的に。だから、映画の中で描かれていない人物の裏側の設定なんかは、細かく書いた資料を用意して、事前に読んでいただいた方が(役者さんにとっても)楽なのかな、って。

──撮影前の段階で、キャラクターたちはかなり完成されていたんですね。
碧木:そうでした!
ホン監督:ただ、菜穂は最初はちょっと暗めの女の子の設定だったんです。でも碧木さんと出会ったあとは、碧木さんの魅力でもある可愛らしさや愛される感じ、そういう魅力をどう活かせるか、ということをすごく考えながら現場に挑みました。
──設定を作り込んではいたけど、現場で役者さんの良さもマリアージュさせていって。
ホン監督:ほんとうにそうなんです。その状態自体が既に完璧だったんで、私は現場でずっと「ありがとうございます!」と言い続けるみたいな(笑)。本当に最高でした。
──作品が後半に進むにしたがって、キャラクターに対する共感度やリアリティがどんどん上がっていきました。二人の存在感がドキュメンタリーのそれに近いくらい。ラストシーンは演技的にも演出的にも、とても難しい種類のものだと感じましたが、受け入れてしまう説得力も強かったです。
碧木:ラストシーンは、(性質上)本当に一回しか撮れないシーンだったんです。「なるようになるよ」って思いながら突っ込んでいきました。出来るかな……って部分があったんですが、それまで撮ってきた茨城での積み重ねが全部出ました。
──象徴的でした。若い時にみんなが通ってきている葛藤、わかっているけど受け入れたくない何かとか、ぜんぶがそこにある場面でした。現場の雰囲気はいかがでしたか。
碧木:すごく明るくて、みんな「終わるの嫌だね」って。でもそれも監督の人柄が全てですね。監督が「疲れた、休みたい」って言って「じゃあ休もう」みたいになる(笑)。すごくいい雰囲気。
ホン監督:他の現場では、監督は「疲れた」ってあんまり言わないものだとは、以前助監督をした経験から知っていました。けれど、今回の現場で私は「なんか疲れた~」とか言って(笑)。でも、私が疲れたってことは、皆さんも疲れてるってことだと思ったんです。
撮影が始まる前、自分ができることって、明るく、真剣に向き合うことだと考えていました。だから「私ってこういうふざけた人なんです」というのも共有したうえで、みんなが笑える現場にしようと思っていました。
──監督の人柄がそのまま出た現場ですね。
碧木:全員、優しかった。素晴らしいし楽しかったです!
引き算しまくった結果の濃密さ
──そんな楽しい現場、今回はどのくらいの撮影期間だったんですか?
ホン監督:5日間でした。茨城がメインで東京が1日だけで。
碧木:結構短かったですね。
──もっと時間かけていると思っていました。びっくりしました。
碧木:撮った中で削ったシーンも結構あるんですよ。それを全部繋げたのも観てみたいなと思ったりしますね。
ホン監督:(笑)そうですね。パンフレットにも載っている脚本にあるシーンは全部撮ったのですが、尺を調整するために、編集する過程で泣きながら切っていました。そのままだと50分以上になる可能性もありまして。
──実際に今回の本編は30分に満たない尺でしたから、かなりの引き算をされたんですね。
ホン監督:そうですね。私自身、切りながら見やすいテンポ感になることも心がけました。シーンの順番なんかも(最初の脚本からは)大きく変えたりしています。
碧木:冒頭の神社のシーンも、もともと最初じゃなかったですよね。
ホン監督:台本では真ん中くらいだったシーンなんですが、二人の関係性を強調するにはいいシーンだったので前の方に持っていきましたね。

──グッとつかんでくるシーンでした。
ホン監督:書いておいて良かったシーンだな、って思います。おそらくあのシーンを見た瞬間に、観客の皆さんに伝わることを期待して。
碧木:私も完成したのを見た時、テンポも良くすごく観やすいな、切って良かったんだな、って思いました。作品として客観的に観ると、恋愛的な表現が日本ではあまり見ない表現でキュンとしました。「愛しているよ」って伝える方法が色々あるんだなあと。自分が出てはいるんですけど「なんか可愛いな、この二人!」って思いながら観ていました(笑)。
ホン監督:やったぁ~!(笑)
──映画祭での受賞もなされて、反響などはありますか?
碧木:海外のフォロワーさんが増えましたし、韓国の方からメッセージをいただいたりしていました。実はこの作品は2年前に撮っているのですが、日本にいる方たちは「どこかで観られないのか」と言ってくださってたので、ようやく届けられるな、と思っています。
──日本でも劇場公開がされるということですので、より多くの方と共有できますね。
ホン監督:本当そうだったんです……。最近も映画祭で韓国に行ってきたんですけど、7回観てくださった方もいらっしゃって。ソウルに住んでるのに、上映する地方まで足を運んでくださる方が居たりして本当にありがたいです。
──次回作の構想はあるんですか?
碧木:あるんですか?
ホン監督:あります。最近、いろんな家族の形があると思っているので、レズビアンの文脈を踏まえた家族のあり方をテーマに、今、脚本を書いています。長編で撮れたらいいなってことも考えつつ。
──次回も楽しみにしています! まずは、本作を色々な人に見てもらいたいですね。
ホン監督:バルト9などで上映が始まっているんですが、下北沢や他の劇場でも上映する予定が有るようですので、是非、ご覧いただければと思います。
碧木:よろしくお願いします!
──ありがとうございました!
わかっているけど受け入れたくない感情/経験した記憶のような時間
本作には、レズビアンへの無理解のために「人の手で終わりに導かれてしまう恋愛」という側面がある一方で、描かれる感情の根源的部分には、誰しもが持っていた若い頃の感受性があり、恥ずかしさやかっこ悪さを併せ呑んだ、まっすぐな感情が内包されています。それもあってか、“まるで自分が過去に経験した記憶”のような映像が流れ込んでくる──そんな印象を持った作品でした。
過去の自分に共鳴するような、濃密な26分を反芻してみてください。あと、パンフレットには全脚本も記載されていますので、上映版と比較してみると興味深いと思います。

『サラバ、さらんへ、サラバ』
あらすじ:16歳、茨城の田舎町に住む女子高生カップルの仁美と菜穂。アイドルになることを夢見る菜穂を、仁美は献身的に支えていた。ある日、菜穂から「K-POPアイドルになるため韓国に行く」と告げられ、2人に突然の別れが訪れる。
https://sarabasaranghaesaraba.com/
出演:
蒔田彩珠、碧木愛莉、テイ龍進、石崎なつみ、笠本ユキ、涌田悠
脚本・監督:洪先恵
撮影:古屋幸一
照明:加藤大輝
録音:木原広滋
美術:森田琴衣
衣装:小宮山芽以
ヘアメイク:タカダヒカル
助監督:内田新
音楽・音響効果:Steve Licht
カラリスト:山田裕太
EED:小林明日美足立淳
MA:草山洋次
ラインプロデューサー:村田潤
プロデューサー:三毛かりん
プロデューサー補:太田垣百合子
製作・制作:テレビマンユニオン
配給・宣伝:イハフィルムズ1.85:1 / ステレオ / 26min / 配給:イハフィルムズ
© テレビマンユニオン

- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。