iPhoneで自撮りする大正モダンガール〜伴名練『百年文通』

iPhoneで自撮りする大正モダンガール〜伴名練『百年文通』

『百年文通』は 2021年、〈コミック百合姫〉に一年間連載され、すでに一迅社から電子書籍が出ている。また、紙媒体では大森望編『ベストSF2022』(竹書房文庫)に収録されている。刊行時に本欄でも取りあげた(https://www.webdoku.jp/newshz/maki/2022/09/20/193506.html)。

 こんかいの単行本は、大幅に加筆された改稿版である。

 物語がはじまるのは、平成30年(西暦2018年)の神戸。読者モデル(それほど売れていない)の仕事をしている中学三年生の小櫛一琉(こぐしいちる)は、撮影で訪れた古い屋敷に置かれていた机の引き出しに一通の手紙を見つける。旧字で書かれており、読めないところのほうが多いが、文中の「戀」の一文字が、一琉の目を惹いた。きっとラブレターだと思いこんだ彼女は、読めない字に付箋を貼って調べはじめる。手紙をいったん引き出しにしまい、考え直してまた引き出しをあけると、手紙は消え、代わりに手紙と同じ筆跡の一筆箋があり、《誰ですか?》と記されていた。

 そこから、一琉と、大正7年(西暦1918年)に暮らす日向静(ひなたしず)との文通がはじまる。静は一琉のひとつ歳下の十四歳。好奇心旺盛で才気に富んだ、しごく活発な娘だ。ふたりは意気投合し、頻繁に手紙を交換する。あるとき、一琉が手紙を静に送ろうとするタイミングで、急にスマホの着信音が鳴り、その音に慌てた彼女は、スマホを引き出しに落としてしまう。

 やがて、引き出しは手紙だけではなく、そのスペースに入るものなら、物体でも生き物でも送れるとわかる。利発な静は感覚的にスマホの画像フォルダの開け方と撮影機能を理解し、自分で撮った写真を一琉へ送ってくる。ふたりが交換する情報量が一気に増えた。

 平成の情報を大正へ伝えることは、過去改変を引きおこさないか? 一琉と静の無邪気な文通は、タイムパラドックスの罠にはまってしまうのではないか? SF読者なら誰もが考えるであろう懸念をはらみつつ、物語は世界を巻きこみ大きく動きはじめる。

 小説の構成は、あくまで一琉と静の物語がメインだが、ときおり断章として、媒介機関(クロスアイルフロント)の通信が挿入される。この機関は、時間座標を観察(もしくは監視)し、行方不明になった何者かを探しているらしい。その探索と平成−大正の時間接続のかかわり、それが時間SFとしての要所(背景・論理)である。

 それ以上に読者の興味を牽引するのは、繊細な人間模様だ。一琉にはひとつ違いの妹、人気タレントとしてブレイク中の美頼(みらい)がおり、静には少し歳上の規律に厳しい姉、寿々(すず)がいて、それぞれ一琉と静の文通に気づく。姉妹ゆえの過干渉やコンプレックスが絡んだ、ふたつの三角関係(?)が、ときに事態を危うくしてしまう。

 本作品のエピグラフに掲げられているのは、ジャック・フィニイ「愛の手紙」(短篇集『ゲイルズバーグの春を愛す』に収録)の一節。ご存知のとおり、時を隔てた文通というモチーフの有名作である。そのほか『百年文通』を読みながら頭に浮かんだのは、恩田陸『ねじの回転』(意図どおりに過去は改編できない)、アイザック・アシモフ『永遠の終り』(歴史を監視する超越的機関)、ブルース・スターリング「ミラーグラスのモーツァルト」(未来と過去の混淆)などである。

 もっとも、そういう素朴な感想は、古今のSFに暁通した伴名練の掌の上で転がされているようなものかもしれない。

 本書「あとがき」では、時間SFのさまざまなサブジャンルが網羅的に紹介されている。また、巻末付録としての「時間SFガイド20(二〇一〇〜二〇二五)を収録。最近作が取りあげられていてありがたい。

(牧眞司)

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