珠玉の音楽が彩る、環境と才能についての物語『ファンファーレ!ふたつの音』エマニュエル・クールコル監督インタビュー

フランスのアカデミー賞と呼ばれるセザール賞の主要7部門にノミネート。各国の映画賞の観客賞をはじめ、いくつもの賞を受賞した『ファンファーレ!ふたつの音』。

舞台は北フランスの田舎町。世界的指揮者のティボ(バンジャマン・ラヴェルネ)はある日突然白血病と診断され、ドナーを探す中で自分が養子であり、生き別れた弟ジミー(ピエール・ロタン)の存在を知る。寂れた町で暮らすジミーの唯一の楽しみは仲間との吹奏楽団だ。一方のティボは作曲家としても指揮者としても海外を飛び回る立場だ。血がつながった兄弟、しかもジミーは絶対音感の持ち主。同様に音楽の才能を持ちながらも、違う環境で育ったことによって全く別の人生を歩むことになった弟に対してティボは何を思うのか? 

クラシックの名曲や現代のヒット曲など、珠玉の音楽が彩り、兄弟や家族、さらに環境と才能についても考えさせられる今作について、エマニュエル・クールコル監督に聞いた。

(c) Kostas Maros

――「ファンファーレ!ふたつの音」はどんなところから着想を得たのでしょうか?

私が大切にしているテーマである友愛、絆、社会決定論などをひとつの物語に織り込みました。最初はトゥルコアン(フランス北部リール近郊の町)のバトンガールたちの世界を描いた作品を作ろうとして、かなり昔のことですが、吹奏楽団とバトンガール隊に会いにトゥルコアンを訪ねたことがあります。その楽団は誰も楽譜が読めずに、彼らのレパートリーはすべて指揮者が耳で聞いて覚えたもので、指揮者が曲をパートごとに分け、各パートが耳で聞いた通りに再現し、リハーサルが終わると指揮者の家に集まって飲む。様々な世代の人々がそうやって楽しんでいる姿を見て、音楽と吹奏楽団が社会的、感情的な結びつきとして重要であることに気付きました。それは孤立していたり、物質化された世界に対する救済策でもあります。その指揮者を見ていて、もし彼がもっと恵まれた環境に生まれていたらどうなっていただろうと考え、偉大な指揮者が吹奏楽団で演奏する弟の存在を知るという今作のベースが生まれました。

――兄弟でも育つ環境が違うと大きく人生も違うということが描かれています。社会の残酷な縮図でもありますが、それを温かく希望のある方向性で描いたことにはどんな思いがありますか?

絶望的な気持ちにさせられる映画は多いですが、私はできれば希望のある映画を作りたいと思っています。ティボとジミーという兄弟には運命の別れ道がありましたが、それを宿命だとは思わずに、二人が出会い、お互いに影響を及ぼし合って、それまでの自分の人生に変化をもたらす映画を作りたいと思いました。

――ティボとジミー双方を楽団に携わる人間にしたのはどうしてですか? 監督にとって楽団はどんな集団に見えているのでしょう?

ティボはオーケストラの指揮者という特別な存在です。権力と国際的名声を持っていて、映画的にも指揮者のジェスチャーはスペクタクルな表現力に溢れていて、感覚を引き込む一番映える存在です。ティボが単なる才能のあるバイオリニストだったとしたら全く見え方は違うでしょう。ティボを演じたバンジャマンは、さまざまな指揮者の映像を見たり、本物の指揮者の指導を受けたり、多くの努力をして音楽界の頂点にいる威厳のある指揮者を再現してくれました。冒頭のオーケストラのシーンで、実際のオーケストラの方たちが「本物でも下手な指揮者よりあなたの方が上手です」と言うくらいティボを演じ切ってくれた。ティボと合わせ鏡のように、大衆的な吹奏楽団が存在しており、ジミーはその楽団の無名のトロンボニストです。そのはっきりとしたコントラストを演出として活かしました。

――映画制作も楽団もチームを組んで何かを作るという点は共通するかと思います。共感する部分はありましたか? 

おっしゃる通り、映画も楽団も集団のアートで、全スタッフが同じ方向を向いてひとつの作品を作るために監督の周りにいてくれます。私は指揮者の方と対談したことがありますが、指揮者と監督はとても立場が似ているパラレルワールドだと感じました。

――血筋と音楽の才能という関係性についても考えさせられました。

生まれ持った音楽的な才能が教育や環境によって開花するのか/しないのかということは脚本において重要なポイントでした。ティボとジミーはもし同じ環境で育っていたら同じくらいの活躍をしていただろうと思わせたかったので、ジミーが絶対音感を持っている設定にしました。

――もしティボが白血病におかされていない状態でジミーに出会ったとしたら、同じように手を差し伸べると思いますか?

国際的な名声を勝ち得ているティボは弟のことに全く関心を持たなかったのではないでしょうか。でも、ティボがいるプロのオーケストラは完璧を求め、みんなで演奏することの喜びは二の次ですが、ジミーのいる地方の吹奏楽団は完璧を求めず、みんなで演奏することの楽しさを味わっている。その姿にティボは感動したのではないかと思います。ティボが白血病に侵されなかったらどういう形でジミーと出会えるかは未知数なので、別の映画を作らなければなりませんね(笑)。

――今作はフランスで大ヒットし、国際映画祭でもいくつもの賞を受賞していますが、国際的なヒットとなった理由をどう捉えていますか?

家族や兄弟の絆というテーマを扱っていることと、何よりも普遍的な言語である音楽が様々な国の人々の心にストレートに響いたのではないでしょうか。フランス語の原題は「EN FANFARE」ですが、どうそれぞれの国の言葉に訳すかがとても難しいです。各々の国の解釈を反映する形でタイトルが付けられているのが面白いなと思いました。

――反響の中で驚いたものや意外だったものはありましたか?

様々な反響が耳に入ってきていますが、個人的に共鳴したという感想がとても多いです。病気のことだったり、骨髄移植のことだったり、家族のことだったり、養子のことだったり。吹奏楽団で活動しているという方が共鳴したという話も聞きました。日本のあるジャーナリストの方は、年老いたお父さんが元気がなかったけれど、劇中の「アイ・リメンバー・クリフォード」を聞いて元気になったと教えてくれました。また、ある夫婦の方は、吹奏楽部に入っていた息子さんがいたけれど、自分たちが今作を見る数ヶ月に亡くなってしまって、息子さんの名前はジミーだったと言っていました。それぞれがこの映画を自分の人生にぐっと近づけて様々なことを感じ取ってくれています。上映トークイベントの後、映画館を出ようとした際に、ひとりの女性が私の腕を掴んで感動した面持ちで、「セラヴィ」(C’est la vie)、「これが人生だ」と言ってくれたこともあります。まさしく私が映画でやろうとしているのは人生を見せることなのでとても感動しました。

『ファンファーレ!ふたつの音』
監督・脚本:エマニュエル・クールコル『アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台』
共同脚本:イレーヌ・ミュスカリ
出演:バンジャマン・ラヴェルネ、ピエール・ロタン、サラ・スコ
フランス/2024年/103分/仏語/カラー/5.1ch/原題:En Fanfare /英題:THE MARCHING BAND/日本語字幕:星加久実/字幕監修:前島秀国 後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ 配給:松竹
© 2024 – AGAT Films & Cie – France 2 Cinéma
https://movies.shochiku.co.jp/enfanfare/

9月19日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

【インタビュー・執筆】小松香里
編集者。音楽・映画・アート等。ご連絡はDMまたは komkaori@gmail~ まで
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