世界の名建築を訪ねて。白亜のアトリウムが知的好奇心を刺激する自然史博物館の新館「リチャード・ギルダー・センター」/アメリカ

30年以上にわたって世界中の名建築を取材してきた建築ジャーナリスト・淵上正幸氏に、その独創性で際立つ建築物を紹介いただく連載24回目。今回は、アメリカ・ニューヨーク、マンハッタンのアッパーウエストサイドにあるアメリカ自然史博物館の新館「リチャード・ギルダー・センター」を取り上げる。
独特のうねりを見せる有機的なファサード・デザインが特徴
世界の主要な商業、金融、文化の中心地であるアメリカ・ニューヨークは、国際的な観光スポットが集積する街でもある。ツーリストが目指す多様な目的地のなかでも、ひと際人気なのが、希少なコレクションがそろう「博物館」だ。
今回紹介する「リチャード・ギルダー・センター」は、世界中の自然科学・博物学に関わる多数の標本や資料などを所蔵・公開している「アメリカ自然史博物館」の一角を成す施設である。同館の設立は1869年。恐竜の骨格標本やシロナガスクジラのジオラマ展示などがあり、映画『ナイトミュージアム』のロケ地としても知られる。
「リチャード・ギルダー・センターは、アメリカ自然史博物館の新館として、2023年5月にオープンしました。約150年の歴史のなかで増築やリノベーションを重ねてきたこの博物館は、時代ごとに起用された建築家が変わり、さまざまな個性を備えた建築物の集合体のようになっています。なかでもリチャード・ギルダー・センターの存在感は突出していますね」
上空から俯瞰(ふかん)した写真を見ると、確かにリチャード・ギルダー・センターの白い外壁はひと際目立っている。

写真下、比較的低層の建築物が連なってアメリカ自然史博物館が形成されている。中央下の白い建物がリチャード・ギルダー・センター。左上にはセントラルパークがあり、さらにその先にはニューヨークの超高層ビル群が広がる(c)Iwan Baan
「外壁を覆っているのはミルフォード・ピンク花こう岩です。このマテリアルは、博物館のセントラルパーク側のエントランスにも採用されているもので、博物館の長い歴史とリチャード・ギルダー・センターを融合させる意図が感じられます。エントランス前に到着すると、博物館の既存の建物とは異なる、独特のうねりを見せる有機的なファサード・デザインに驚くはずですが、内部に足を踏み入れると、さらに圧巻の空間が待っています。
そこは5層吹抜けの垂直に伸びるアトリウム。天井付近のトップライトが屋内の中心部に自然光をもたらし、空気循環も促すため、エネルギー消費を抑え、夏季においても館内は冷涼に保たれています。フォルムは、数千万年もの間、風や水の流れに浸食された峡谷のような印象。武骨でありながら気品も漂う造形が特徴的な『ゲーテアヌム』を彷彿とさせますね」
スイス北西端の古都・バーゼルに立つ「ゲーテアヌム」は、哲学者・教育者であり「シュタイナー教育」の提唱者としても知られるルドルフ・シュタイナーによる設計。フランク・ロイド・ライトも絶賛したという建築物だ。淵上氏は、ニューヨークでこのようなデザインに出会うのは珍しいと話す。名建築が集まるニューヨークの中でも、とりわけ独創的な作品といえそうだ。

エントランスの夜景。アメリカ自然史博物館の設立150周年記念となる2019年にオープン予定だったが、新型コロナウイルス禍の影響などもあり、竣工は2023年5月となった経緯がある(c)Iwan Baan

エントランスに足を踏み入れるとこの風景。巨人の体内のようにも見える。正面の大階段の一部は、利用者が気軽に座ることができるように設計されている(c)Iwan Baan
アトリウム内壁を覆う特別なテクスチャーに注目
リチャード・ギルダー・センターが増築されたことによって、博物館内の行き止まりとなっていたいくつかの箇所がつながれ、既存の建物10棟とも接続。来館者の回遊性は大幅に向上した。アトリウムを見上げると各フロアの展示物が垣間見えて、来館者は好奇心を刺激され、気分の赴くままに館内を移動することができる。
センター内には人気の展示や施設が目白押しだ。例えば、生きた蝶の生態を観察できる大規模なバタフライ・ビバリウム、巨大なキノコに天井を覆われたようなデザインのライブラリー、360度のスクリーンに美しい自然の姿が投影される没入型のインビジブル・ワールドなどがあり、大人から子どもまで多様な年代でにぎわっている。
「建築を楽しむ目線からは、アトリウムの壁に注目してほしいですね。表面をよく見ると、ざらざらとした独特のテクスチャーが確認できます。これは、建物の根幹を成す鉄筋に直接コンクリートを吹き付けているがゆえに生じている質感です。トンネルや道路、掘削した山ののり面などの土木工事によく見られる手法であり、このような場所に使われるのは珍しい。型枠が不要で建築コストが抑えられるメリットもさることながら、アメリカ自然史博物館にふさわしい、野趣を感じさせる仕上がりを意図したのだろうと推測できます」

アトリウムの壁のテクスチャーは、1900年代初頭にアメリカ国内の多くの美術館や博物館に貢献し、剥製技術者としても知られたカール・エイクリーが発明した「ショットクリート」と呼ばれる技法によるもの。エントランスの大階段の一部は、利用者が気軽に座ることができるように設計されている(c)Iwan Baan
ほかにも知っておくべきディテールとして、淵上氏 は“ガラス”を挙げた。
「リチャード・ギルダー・センターのファサードには、ドットの入った『フリットガラス』が用いられています。これは、まれに深刻な航空機事故の要因にもなるバード・ストライクを避ける目的で採用されたもの。ドットが入っていることで、鳥はそれがガラスであると察知しやすくなり、衝突が減少することに期待ができるのです」
ニューヨークには、バード・ストライク防止の観点から一定の高さの建築物のガラスには、鳥が認識しやすい加工やデザインの使用を義務づける条例がある。ましてや、この施設は世界的な自然科学の博物館だ。野鳥の不幸なアクシデントを避けようとする配慮にも抜かりはない。
“集合住宅の名手”による「博物館建築」という希少性
リチャード・ギルダー・センターを設計したのは、世界的な女性建築家、ジーン・ギャングが率いるスタジオ・ギャングだ。この連載のバックナンバーでは、同事務所が手掛けたアメリカ・シカゴの超高層複合住宅「アクア・タワー」や、ニューヨークの集合住宅タワー「ホイト11」を紹介している。
「ジーン・ギャングはアメリカ国内を中心にさまざまな種類の建築物をデザインしていますが、僕のなかでは特に“集合住宅の名手”という印象が強いですね。傾斜したガラス開口部の「ソリスティス・オン・ザ・パーク」、ランダムな外観形態が特徴の「MIRA集合住宅」、華麗なファサードが印象深い「100 Above The Park」など、いずれも世界の建築史を彩る名作です。それだけに、今回紹介した“世界的に著名な博物館の増築”というのは、ジーン・ギャングの数多いプロジェクトのなかでも希少な作品だと思います」
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【編集後記】
博物館、あるいは美術館といえば、私たちは「そこで何を観賞できるか、体験できるか」を連想しがち。しかし淵上氏は、その建物自体の設計は誰なのか、どんな点が特徴なのかなどにも注目してほしいと話す。
「博物館や美術館の展示物は、照明が使われた屋内のクローズドな空間で見ることが多いのですが、近年は自然光を活かすタイプの施設も徐々に増えてきました。館内に自然光を巡らせる設計は難易度が高いだけに、リチャード・ギルダー・センターのように自然光が降り注ぐ施設の建築的価値は高いと言えます」
いずれ海外の博物館、美術館を訪ねる機会があれば、その設計者や建築的な特徴も予め確認した上で出かけてみたい。
●監修・取材協力
淵上正幸

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