宇宙飛行士の夢への二人三脚〜売野機子『ありす、宇宙(どこ)までも』

 18回目のマンガ大賞授賞式が、無事に終了した。賞を創った時、ここまで長く続くことになるとは誰も思っていなかった。歳を重ねたこともあって、運営中には時折ボヤキも交じる。それでも毎年、職業も生活環境もバラバラな実行委員たちが、秋から冬にかけて会議を重ね、春の授賞式まで駆け抜ける。

 選考員は、実行委員がそれぞれ声をかけたマンガ好きの友達だ。選考対象は前年に出版された8巻までのコミックで、電子書籍も含まれる。元日から始まる一次選考では、各選考員が自分の好きな5作を選ぶ。集計した結果から、得票上位10作(同率順位含む)が二次選考のノミネート作品となる。

 選考員はすべて自腹で作品を読む。ノミネート作の総冊数は年によって異なり、今年は36冊。過去には50冊を超えた年もあった。読むための出費も時間も負担ではあるけれど、自分が読んでいなかった作品に出会える楽しさや、友達と感想を伝え合う時間は他に代えがたい。

 さて今年の大賞は、宇宙飛行士となった女性が日本人初の船長(コマンダー)に選ばれ、記者会見をする場面から始まる。彼女の名前は朝日田(あさひだ)ありす。そうして物語は、ありすが小学校6年生の時へと遡る。

 帰国子女として小学校へ編入したありすは、恵まれた容姿や運動能力だけでなく、事故で両親を亡くし、祖母に引き取られたという家庭環境もあって、クラスメイトから常に注目を集めていた。ただ時折、日本語での会話がうまくいかなかったり、漢字が読めず教室を間違えたりもする。そんなありすを同級生は、「天然」「ドジっ子」「ウチらの赤ちゃん」と評し、愛でる存在として受け入れていた。

 ありすを形容する同級生の言葉の数々は、たとえ悪意がなくとも、彼女の心を静かにえぐる。しかし自分の感情を言葉にする術を持たないありすは、そのつらさを「つかれた」と捉えることしかできない。両親との記憶を思い出しながら、「生まれ変わって、やり直せたらいいのに…………」と、家の座布団に顔をうずめるだけだ。

 そんな彼女の人生が一変するのは、隣のクラスで「神童」と呼ばれる犬星類(いぬぼしるい)との出会いだった。たった一度のやり取りから、犬星はありすの状態を見抜く。すなわち彼女は、2言語話者がどちらの言語も中途半端な状態となる「セミリンガル」である、と。

 自分の現状に、自ら適切な処方箋を書くのは大人でも難しい。ましてや、一番の味方である両親を亡くし、言葉も得られなかった状態であればなおのこと。犬星はありすに対し「俺が君を賢くする。」と宣言するが、それはありすにとって、一人では望むことができなかった夢への道が開けた瞬間でもあった。

学ぶことで、人は初めて人として生きられる。どこまでも続くであろうありすと犬星の二人三脚を、今、知ってほしい。 

(田中香織)

  1. HOME
  2. 生活・趣味
  3. 宇宙飛行士の夢への二人三脚〜売野機子『ありす、宇宙(どこ)までも』

BOOKSTAND

「ブックスタンド ニュース」は、旬の出版ニュースから世の中を読み解きます。

ウェブサイト: http://bookstand.webdoku.jp/news/

  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。