伝統木彫のまちで、5年間で44軒の空き家が新しい店やオフィスに新展開。いま井波では何が起きているのだろう? 富山県南砺市井波

日本各地に残る伝統文化。産地を維持するにも、まちに若い世代を惹きつける魅力があるかどうかが、問われるようになっている。富山県南砺市の旧井波町は、昔から寺社仏閣に用いられる木彫刻の産地として住民の40人に1人が木彫師という稀有な職人のまちだ。この伝統色豊かなまちが、いま富山でもっとも熱いと注目されている。パン屋、クラフトビールのバー、焙煎コーヒーの店など新しい個人商店が次々にオープン。このきっかけをつくったのが、井波の異業種チーム「一般社団法人ジソウラボ」だ。その秘密を探りに現地へと赴いた。

(撮影/竹田泰子)
5年で44軒の空き家・空き店舗が再生。新しい店が続々と
井波のまちの変化を知るには、まず、こちらの地図を見ていただくのがわかりやすいと思う。

2017年の井波のまちなか(図提供:アキヤラボ)

2020年の井波のまちなか(図提供:アキヤラボ)

2023年の井波のまちなか(図提供:アキヤラボ)
半径500m圏内におさまるまちの中心部に、少しずつ店やオフィスが増えていく様子がわかるだろうか。2019〜2023年の5年間で44軒の空き家空き店舗が再生され、パン屋、クラフトビールのバー、古着屋、醸造家、写真家のスタジオなど、年々空き家に多くの若い人たちが移住してきている。
北陸新幹線の停車駅である新高岡駅から車で約30分。人口約8000人の富山県南砺市井波は、“新しいまちづくり”のイメージからは遠い伝統色の濃い地域だ。浄土真宗のお寺として有名な井波別院瑞泉寺を中心に木彫の文化が発展し、木彫に携わる職人が200人以上暮らしているという。まちを歩くとカンカンカン……と木を彫る木槌の音が聞こえてくる。

井波のまちのシンボルでもある井波別院瑞泉寺(撮影/竹田泰子)

このお寺の再建から木彫の文化が浸透した(撮影/竹田泰子)

井波の街並み。工芸品店や工房が軒を連ねる(撮影/竹田泰子)
木彫刻でイメージしやすいのは床間の欄間(らんま)だろう。瑞泉寺に続く参道「八日町通り」に軒を連ねる建物は、一見宿のようにも見えるがじつは木彫刻の工房。ガラス戸の向こうには、職人が働く姿が見える。
その古いまちなみに、ここ数年、新しい個人店ができる流れが起きている。きっかけをつくったのが「一般社団法人ジソウラボ」。2020年、有志により設立された起業支援のチームだ。コンセプトには「つくるひとをつくる」とある。
「いい人材を輩出する」ことを目指して、地元の林業家、総合建設エンジニア、石屋、建築家、彫刻師、PRの専門家など、まったく異なる業種のメンバー7名が集まった。

ジソウラボの定例会議の様子(撮影/竹田泰子)
100年後に地域の源泉となる人材を
ジソウラボ代表の島田優平さんは、林業会社「島田木材」の代表でもある。
「まずは、100年後のまちを担う人材を募集しようと活動を始めました。井波で開業したい人を全国から募集して面談をして、空き家や地元のキーマンを紹介するなどマッチングをします。開業するまでジソウラボのメンバーが伴走する形で。はじめはパン屋さん、その後もコーヒー屋やビールの醸造家と続き、これまでに6件ほど、事業を始めてもらうための仕掛けづくりをしてきました」(島田さん)

ジソウラボ代表の島田優平さん(撮影/竹田泰子)
プロジェクトの初期の名前は『三四郎プロジェクト』。三四郎とは、江戸時代に瑞泉寺が火事で焼けた際、再建のために京都から迎えた彫刻師、前川三四郎のことだ。この人物が彫刻の技術を伝えたのがきっかけで、井波はその後250年以上続く木彫のまちになった。それにならい、100年後の井波を担う、地域の源泉となる人材を募ろうという取り組みだった。その後プロジェクトは「BE THE (MASTER) PIECE」(略称(MA)P・マップ)として進化。MASTER PIECEとは傑作、名作を意味する。傑作を残せる逸材を募集したい意図が込められている。
この取り組みを通して、一号店のパン屋「baker’s house KUBOTA」、クラフトビールの店「NAT.BREW」、コーヒー屋「haiz coffee roastery」ができ、さらにこれらの店が呼び水になって、「いま井波が面白い」といった気運が生まれ、プロジェクトを介さずとも、新たな店、オーガニックベーカリーやパティスリー、古着屋などが生まれている。

井波にオープンした木彫の作品を販売するショップ「季ノ実」(撮影/竹田泰子)

「季ノ実」の店内(撮影/竹田泰子)
目指したのはポートランドのような町
「ジソウラボ」ができたきっかけは、日本遺産認定を目指す話し合いの場から生まれたと島田さんが教えてくれた。
「2018年ごろから井波は日本遺産の登録申請のために、住民間で話し合いを進めてきました。グループで話す中で、山川智嗣さんという面白い建築家が井波に移住してきたから話をしてみてはどうかとある方に勧められたんです。そこで初めて山川さんに出会って。彼は建築家ですが『ハードよりソフトが大事。将来に繋がるような人を育てることをちゃんとやっていった方がいいと思う』と提案してくれました。それがその後のジソウラボの動きに大きく影響しています。人づくりのしくみを仕込んだ上で、もの(ハード)をつくっていこうと。日本遺産のプロジェクトが終わった後も、この人づくりの文脈で活動を続けるために、2020年、別途メンバーを加えて立ち上げたのがジソウラボです」

(左から)株式会社コラレアルチザンジャパンの代表であり建築家の山川智嗣さん、地元の建設会社「株式会社藤井組」代表の藤井公嗣さん、代表の島田優平さん。ほか石屋の北村隆洋さん、木彫師の前川大地さんなどの理事も加えて8名が総メンバー(撮影/竹田泰子)
ジソウラボのメンバーには、日本遺産のワーキンググループで一緒だった島田さん、山川さん、彫刻師の前川大地さんのほか、それぞれが「この人に加わってほしい」と考えたキーマンを招き入れ、7名で結成された(現在は1名増えて8名に)。
「基本的にはみな同世代です。チームをつくる上で重視したのは、まちの人に話をした際に説得力をもてる人物かどうか。ジソウラボのメンバーが喋った時に、まちの誰にその言葉が届くかです。年配者に声を届けられるのは石屋の北村さんだと思ったし、若い世代には藤井くん。普段から自分の会社だけじゃなく、まちのことを考えて動いている人たちですし、誰が見ても納得できる人を選んだつもりです。山川さんからも蓑口(みのぐち)さんという南砺市出身の女性の推薦があって、彼女が東京から連れてきてくれたプロと一緒になってコンセプトなどを詰めていきました」

「ジソウラボ」公式HPより
それにしてもなぜ、はじめに募集したのがパンとクラフトビールとコーヒーだったのだろう? 一つの目指す像としてアメリカの「ポートランドのような町」があったと、ジソウラボの理事の一人、地元の建設会社の代表、藤井公嗣さんは話す。
「数年前に、『となみ青年会議所』のメンバーでポートランドを見に行って、井波をこんなまちにしたいと強く思ったんです。暮らしている人たちがやりたいことに挑戦していて、挑戦することへの敷居が低いと感じました。”For the Community”、つまり『地域のために』という精神もそうですし、小商いとの親和性や住民主体のまちづくりなどに惹かれて、島田さんも一緒だったので、こういうのを井波でやりたいねと話していたんです。旧井波庁舎で、ポートランドのADX(※)のようなメーカーズスペースをつくって、ものづくりのまちとして発展させていきたい構想もありました」

藤井組の代表、藤井公嗣さん(撮影/竹田泰子)
井波は職人の町。街並みも細く路地も多い。ポートランドとの共通性が多いと感じた。
「なのでジソウラボの話を聞いたときはすぐにでもやりましょうと。前向きに参加しました。まずクラフトビールを始めたかったのは僕です。ビールが好きだっていうのもありましたし。望月俊祐さんという醸造家さんが応募してくれたので、いまは自分が店のオーナーとして携わっています。醸造所も一からつくりました。もともとワインをつくっていた望月さんがつくるビールは本当に美味しいので、3年目に予定していた売り上げが1年目で出せています」
まちに歩いてまわれる店が4軒できると、人が回遊し始める。若い人たちが歩く姿が目につくようになるとまちが変わってくると藤井さんは話していた。それがいま、井波で現実に起こっていることだ。
(※)ADX(Art Design Xchange)とはポートランドのクラフトマンが集うオープンラボ。3Dプリンターやレーザーカッターなどの最新機器を備えた、ものづくりのための共有スペース。

2023年にオープンしたパン屋「LAW」の店内。パスタランチなども提供している(撮影/竹田泰子)

「LAW」のオーナー大田直喜さんは鳥取県の有名なパン屋「タルマーリー」で修行した方(撮影/竹田泰子)
職人文化を広める宿「Bed and Craft」を通して始まった空き家再生
じつは井波にはジソウラボが立ち上がる前から、建築家の山川智嗣さんが始めた「Bed and Craft」という宿があった。これがもう一つ、いま井波で起きている流れに欠かせない起点でもある。
山川さんは井波に来る前は中国で建築の仕事をしていて、妻のさつきさんと共に日本に戻ってくる際、移住先として井波を選んだ。
「もともと僕は富山市の出身で、井波は職人さんがたくさんいるまちという印象がありました。自宅として中古物件をリノベーションした際に、二人で住むには広すぎるので2階を宿にしようと。そこを一人の木彫職人のギャラリーにすることを思いつきました」

Bed and Craftの代表であり、建築家の山川智嗣さん(撮影/竹田泰子)
木彫刻と一口にいっても、井波には仏像を彫る仏師や、伝統的な欄間を彫る職人、現代風の彫刻家など、多彩な職人や作家がいて、一人ひとり作風や個性が異なる。だがその作風がお客さんの目にふれる機会は少ない。そこでまずは一つの宿を一職人の作風をベースに設計し、丸ごとギャラリーにする。宿で作品を見てもらうだけでなく、ワークショップを通して作家と直接話してファンになってもらえたら、人生の節目に作品を依頼してくれる関係性がつくれると考えた。

2016年に山川夫妻が自宅の2階を宿としてオープンした「TATEGU-YA」。コンセプトは「職人に弟子入りできる宿」(写真提供:Bed and Craft © Kosuke Mae)

TATEGU-YAには木彫刻家である田中孝明さんの作品が置かれた(写真提供:Bed and Craft © Kosuke Mae)
その後、順調に宿は増えて、いまや7棟。レセプション施設や飲食店も合わせると11施設ある。筆者が初めて井波を訪れた2018年には2軒目の「taë」(タエ)が建ったばかりで、まちには飲食店もほとんどなく、にぎわっている雰囲気はなかったが、その後、受付拠点となるラウンジや飲食店「nomi」がオープン。
5年後の2023年に訪れた際にはパン屋ができ、コーヒー屋ができ、新しく他の旅館もできなんとクラフトビールの店までこれからオープンするという変わりようだった。

Bed and Craftのラウンジに併設の飲食店「nomi」(撮影/竹田泰子)

Bed and Craftラウンジへの入り口。奥にかかるのは木彫刻(撮影/竹田泰子)
クラフトビール店「NAT.BREW」にしか出せない味
2023年2月にクラフトビール店「NAT.BREW(ナットブリュー)」をオープンさせたのが、望月俊祐さん。まさに、(MA)Pで醸造家を募集していた際に応募してきた一人だ。
「もともと僕は山梨でワインをつくっていました。数年前に妻の出身地である南砺市に越してきてワイナリーの立ち上げに携ったりしていたのですが、30歳で独立しようと思っていたこともあって井波で醸造家を募集していると知って応募しました」

クラフトビール店「NAT.BREW」の店内。左が望月俊祐さん(撮影/竹田泰子)

薄暗くなるとクラフトビール店「NAT.BREW」の灯りが漏れる(撮影/竹田泰子)
ビールの醸造家募集だったが、藤井さんとの面談で「ワインではだめか?」と問うと、ビールはつくってほしいが、将来ワインをつくることも見据えた醸造所にしようと話が進んでいった。
望月さんはビールの醸造についても学び、現在は藤井さんと共にクラフトビール店を立ち上げ、クロモジや干し柿などさまざまな地元の食材をつかった他にないビールを製造販売している。
井波町内にビアバーを構え、地元の人たちにも人気があるが、売り上げの柱は富山県内の酒屋や飲食店など60軒近くへの卸。これが売り上げを支えている。望月さんがもともとワインの醸造家だっただけあって、つくるビールも香り高くフルーティーな味わいのものが多い。それが評判で、新しい味ができるたびにすぐに注文が入るという。
ほかコーヒー屋なども、井波にお店を構えていても、売り上げは卸やネット販売で得ているケースが多い。それができる実力のある人たちが集まっているのが特徴だとジソウラボのメンバーは話していた。

「NAT.BREW」のビール。左の「HEY HEY HOO」が初期からのオリジナル商品(撮影/竹田泰子)
「アキヤラボ」が、次の波をつくる
井波でこうした動きがより広がったもう一つの理由は、不動産会社「小西不動産」を小西正明さんがUターンして継ぎ、同時に「一般社団法人アキヤラボ」を始めたこと。これが三つ目のポイントだろう。
「富山で約20年間、新築住宅の営業をしていました。でも空き家が増えるのを見て、新築を提案し続けるのは時代に合っていないようにも感じて。これからは既存の建物を活かす時代になるんじゃないかと」
小西さんが家業を継いだのは2020年。この頃、ジソウラボがすでに活動を始めており、顔馴染みの島田さんや、知人の山川さんから話を聞いた小西さんは、家業を継ぐとほぼ同時に、地域の空き家を斡旋する「アキヤラボ」の活動をスタートさせる。
「ジソウラボのおかげで井波の物件を探す人が増えていました。問い合わせ先としては特定の不動産会社より一般社団法人のほうが相談しやすいのではということもあり、島田さんの提案でアキヤラボを設立。今では『井波の不動産ならアキヤラボへ』という流れができ、小西不動産と連携しながら空き家の斡旋を行っています」

小西不動産および「アキヤラボ」の小西正明さん(撮影/竹田泰子)
だが一般的に、地方の中古物件の取り扱いだけでは不動産事業は成り立ちにくいと言われる。
「都会で1億円の新築を売るのと、地方で中古物件を扱って20〜30万円では、仲介手数料に大きな差があります。でも、これは商売というより、井波で育った者としての使命感みたいなものなんです。幸いいま井波は人気があり、年25件ほどは成約があるので、何とかやっていけています」
街の不動産屋は、外からの人を迎え入れる入り口であり、その責任は大きいと小西さんは話す。
「初めての方には、まず街を案内して、井波を知ってもらった上で物件を紹介します。単に空き家を埋めるのではなく、町のためにどう使ってもらえるかをまず考えます。変な人が来ると、うちが責任を負うことになるので」
現在井波のまちなかは10軒に1軒、10パーセントほどが空き家。空き家を解体するには300〜400万円かかるし、土地としても売れにくい。
「でもアキヤラボを始めてみると、案外、古い建物を利用してお店を始めたい方が多かったんです。古い建物を自分たちでリノベーションして、新しい使い方をする需要があるんですね。
毎年空き家が10軒ほど出る一方で、年約20件の成約があるため、結果的に年10軒ずつ空き家が減っています。3年前は156軒だった空き家が、現在は128軒。このままのペースで減ってくれればいいのですが、今は空き家の中でも、持ち主が売ると決めている物件はほぼ埋まり、新しく紹介できる物件がない状況です」
価格が高かったり、街外れの立地では売れ残ることもあるが、今はいい物件が出るのを待つ人数も増えているという。

「LAW」の外観(撮影/竹田泰子)
さらに(MA)Pを通しての募集により個人店のオープンだけでなく、地域の移動問題を検討する「一般社団法人イドウラボ」なども設立され、モビリティの実証実験が始まっている。
紹介した「ジソウラボ」、「アキヤラボ」、「イドウラボ」に加え、継業を扱う「ケイギョーラボ」といった暮らしを持続させるための取り組み、ラボ活動も広がりを見せている。
まちの基盤を担う地元の企業や経営者たちが、地域外から人材を迎え入れようとして動けば、これほどまでにまちは変わるのだということを示す、一つのモデルといえるのではないだろうか。
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●取材協力
ジソウラボ

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