『あの歌を憶えている』ミシェル・フランコ監督インタビュー「日本の方々と、わたしの作品との特別な絆を広げていきたい」

アカデミー賞俳優のジェシカ・チャステイン主演最新作『あの歌を憶えている』が、現在全国公開中です。『或る終焉』や『ニューオーダー』のミシェル・フランコ監督の最新作で、「優しさと希望があり、素晴らしい」「演技に息を呑む」世界が絶賛した注目作です。

忘れたい記憶を抱え続けている女と、忘れたくない記憶を失っていってしまう男。NY・ブルックリンを舞台に、記憶に翻弄される不器用なふたりが出会い、新たな人生と希望を見つけていく愛のヒューマンドラマ。わずかに残る遠い記憶を慈しむ若年性認知症を抱えるソールを演じたピーター・サースガードは、その難しい役どころを情感豊かに体現。第80回ヴェネチア国際映画祭にて最優秀男優賞を獲得しています。

人間の内面を真正面から、時に観る者を不安に陥れるほど暴力的に描いてきたミシェル・フランコ監督の新境地とも言える本作は、心に傷を抱えた男女が戸惑いながらも寄り添い、過去や人生と向き合う姿を静かに優しく描出。フランコ監督に話を聞きました。

●本作の着想のきっかけや、「記憶をめぐり葛藤する男女の再生」というテーマに興味をひかれた理由を教えてください。

テーマを探るという脚本の書き方をしないので、この質問に答えにくいのですが、今回はこういう風にしました。ある男がいて、女の人の後をつけていく、最初は怖い感じにする。そういうシーンが浮かびました。なぜそんなことをするのか、彼は誰なのか、自分なりに理解しようとしました。つまり、自分でも自分を驚かせるようなことです。ストーリーを書いたり、脚本を書く作業は非常に内省的なもので、自分を深く知るための作業だと思っています。

●監督の過去作を考えると、かなりイメージを変えられた新境地という印象をもちましたが、新たな挑戦となったことなどはありましたか。

すべてのわたしの映画製作はチャレンジです。なるべくリアルにする、活き活きさせること。そういう意味で、どの映画も作ること自体がチャレンジです。キャラクターやシーンが、観客にとってリアルに見えることはとても難しいのです。人工的に見せないようにすることです。そういう意味では、この映画は他の映画とは違わないと思っています。

またわたしの映画すべてには親切心や優しさが多く描かれていると思います。ただこの映画はすごく違うとみなさんに言われるのです。すごくうれしいことで、毎年映画を作っていますが、同じことを繰り返したくないと思っているので、そういう意味では感謝を伝えたいです。

●オスカー受賞後に本作に出演となったジェシカ・チャステイン、ピーター・サースガードが出演することになった経緯や彼らの思い入れなど、素晴らしかった点などを教えてください。

ふたりともとても演技に対して情熱があるのです。ふたりとも自分のことをハリウッドスターだと思っていませんし、ジェシカについていえば舞台をやり続けているし、常に新しいものを探していると思います。オスカーを受賞したということは素晴らしいことだと思います。どんな賞でも受賞するということは素晴らしいと思います。ピーターは、この作品でヴェネツィア国際映画祭男優賞を受賞しました。

それ自体は素晴らしいことですが、受賞したかどうかによって、映画への彼らの情熱には影響を与えないと思います。彼らは常に情熱を持っています。ただ、成功したり受賞したりすることで人はより優しくなって、一緒に仕事をしやすくなるということはあるかもしれません。

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●劇中では繰り返し、「プロコル・ハルム」の「青い影」が印象的に使われていますが、この曲を選ばれた理由をお聞かせください。

いくつもの理由があります。わたしが大好きな曲だというのは非常に大きな理由なのです。そしてこれが一番大きな理由ですが、メロディーがとても力強いのです。

あの曲はバッハの「G線上のアリア」が基になっていて、ロックバージョンにアレンジされたものです。ふたりが感じているメランコリックなものをあの2、3コードで出来ているものがメロディーで、すぐに観客に伝わるということがあると思います。歌詞はあの歌が出てきた60年代から何を言っているのか議論されていて、誰も良く分かっていない歌詞ですが、だから逆に良かったのです。こういうラブストーリーだよ、とわかりやすく説明しているものだとしたら安っぽくなってしまうと思いますし、そんなことをしたら観客に失礼だと思いました。歌詞の中身がよくわからないというのもよかったのです。

●これから観る日本の観客に向けて一言お願いします。

わたしはまだ日本にいったことがないのですが、次の作品ではZoomオンライン取材ではなく、ぜひ日本に行きたいと思っています。日本文化、映画にとても惹かれていますし、特にクラシックな映画にはとても多くのことを学ばせていただきました。『あの歌を憶えている』に限らず、今までの映画、かなり日本で配給されて、多くの方にご覧いただいているということで、とてもありがたいと思っています。これからも日本の方々と、わたしの作品との特別な絆をどんどん広げていきたいと思います。

■ストーリー

世間を恐れていたふたりの心の殻は、ゆっくりと溶けていくー

ソーシャルワーカーとして働き、13歳の娘とNYで暮らすシルヴィア。若年性認知症による記憶障害を抱えるソール。それまで接点もなかったそんなふたりが、高校の同窓会で出会う。家族に頼まれ、ソールの面倒を見るようになるシルヴィアだったが、穏やかで優しい人柄と、抗えない運命を与えられた哀しみに触れる中で、彼に惹かれていく。だが、彼女もまた過去の傷を秘めていた──。

『あの歌を憶えている』
© DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023
全国順次公開中

公式サイト:https://www.memory-movie-jp.com

(執筆者: ときたたかし)

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