消防署なのに子どもから大人まで自由に見学できる! プリツカー賞受賞の「広島市西消防署」地域のみんなで防災を日常的に体験

地域社会のみんなで防災を考える消防署。広島市西消防署が素敵すぎる

広島県広島市の中心地にある広島市西消防署。建物を設計した建築家・山本理顕さんが2024年にプリツカー賞を受賞して注目が集まっています。印象的な外観をしているこちら、実は平日の日中は地域の人たちをはじめ、誰もが見学に出入りできるのです。見学テラスからは訓練の様子や職員の業務の様子が見え、展示室には消防服などが並びます。いったいどんな場所なのか訪れてみました。

ガラスだけで守られたスケルトンの空間

広島市街中心地から電車で約15分。広島電鉄本線「西観音町駅」からすぐの場所にある、外観がスケルトンの一風変わった建物が、広島市西消防署(以下、西消防署)です。まるで近未来からやってきた基地のようで消防署には見えません。

この建物は建築家の山本理顕さんが設計したもの。山本さんは才能やビジョン、献身といった資質を兼ね備え、人類と建築に対して一貫して重要な貢献を果たしてきた現役の建築家を評価する、プリツカー賞を2024年に受賞。今、山本さんが2024年に受賞したということもあり、その点でも西消防署に注目が集まっているのです。

地下1階から地上7階まで吹き抜けのつくりで、足元も目の細かな金網になっているので、ちょっとドキドキします。外壁はなく、壁の代わりとしてルーバー状の強化ガラスでおおわれている姿は印象的です。そのガラスですがなんと約2400枚を使用しているのだとか。隙間からはさわやかな空気や風が流れ込んできます。

施設の通路部分。足元も横も金網でスケスケ。写真右に羽板のように並んでいるのがガラスルーバー(写真撮影/水野浩志)

施設の通路部分。足元も横も金網でスケスケ。写真右に羽板のように並んでいるのがガラスルーバー(写真撮影/水野浩志)

さっそく消防署の入り口からエレベーターに乗って4階の業務室へとすすみます。のぞいてみると、消防職員さんたちが業務に励んでいます。

業務室はほぼ全面ガラス張りなので、見学者も職員たちの業務姿を見ることができます。執務スペースというと、外部からは見えない構造になっていることが多いイメージなので、見られて仕事するってなんだか落ち着かなさそうだと感じてしまいます。広島西消防署に初めて配属された職員さんは“見える”業務室をどう感じたのでしょうか。

警防課の沖野和也さんは「初めて異動してきた時は少し驚いた」と話します。ですが、今はすっかり慣れたもの。こんなものかなと思いながら自然に仕事をしているそうです。

インナーバルコニーから臨む業務室。たしかに手前の会議スペースで会議していると、見学者と目が合いそう(写真撮影/水野浩志)

インナーバルコニーから臨む業務室。たしかに手前の会議スペースで会議していると、見学者と目が合いそう(写真撮影/水野浩志)

その日取材に応じてくれた業務室内にいる職員さんも皆さん口々に「そんなに気にならないものですよ」「あ、外に人が通っているな、とは思いますが、ただそう思うだけです」「スケルトンで見えてはいるものの、ちゃんと空間が仕切られているからそこまで気にならないものなんです」と、見学者は彼らの風景の一部かのように、溶け込んでいるようです。

市民と地域の役割が分断されない

西消防署は、2000年3月に建築された建物です。建てられて20年以上が経過しますが、今も建物は美しく開放的で通る人たちの目を奪います。
消防署というと、市民が簡単には立ち入れない場所、というイメージがあります。実際、ほとんどの人はたずねたこともなければ、出入りもしたことがないのではないでしょうか。

その状況を変えるべく「公共機能と市民が分断されない雰囲気を」と開かれた親しみやすい消防施設として生まれたのが、西消防署だったのです。

きっかけは被爆50周年として1995年に始動した、優れたデザインの社会資本を整備していくプロジェクト「ひろしま2045 平和と創造のまち」。このプロジェクトでは建物や景観など、地域と社会をつなぐハブとなるような学校や、工場、公共施設などが生み出されました。そのひとつが西消防署だったのです。

西消防署1階に収まる消防車・救急車たちと警防課の沖野和也さん(写真撮影/水野浩志)

西消防署1階に収まる消防車・救急車たちと警防課の沖野和也さん(写真撮影/水野浩志)

建築家の山本さんは以前から「地域社会圏」というコンセプトで全国に数々の建物をつくってきました。人々が住宅や施設の中に閉じこもるのではなく、さまざまな関係性をつくり出せるような建築をめざしているのだそうです。

この建物も、地域に開いたスペース、という想いが込められています。壁も床もスケルトンになっているのは、「日ごろどんな仕事をしているのか、どんなスペースなのかが見える」ようにするため。この建築によって、地域住民にとっても理解がすすみますし、互いを身近に感じ、コミュニケーションをとりたくなりますね。

消防を学び、職員の日常を垣間見る

西消防署は、ただ職員たちの執務の様子が見えるだけではありません。地域の人とつながることができるもう一つのポイントは、見学ができる展示室があることです。業務室からさらに奥へ行き、地上4階、建物の中腹部にあります。ここももちろんガラス張りの空間です。

4階の展示室入り口。もちろんガラス張りで気軽に入りやすい(写真撮影/水野浩志)

4階の展示室入り口。もちろんガラス張りで気軽に入りやすい(写真撮影/水野浩志)

ここでは消防の仕事がどんなものなのかをさまざまな資料を通じて学ぶことができます。消防職員が実際に使用していた防火服やホースなどが20点近く展示されています。このほか、パネルや写真で市消防本部の歴史や防災活動の様子を知ることができます。

小さな子ども向けにうれしい、職員手づくりの小さな消防車の乗り物も展示されています。消防車は地域のイベントにもたびたび出動し、行列となる人気の車両。ここだとゆっくり乗れるのもいいですね。

写真手前の消防車は、職員がイチから手づくり。ホース部分は洗濯機のホースを利用して再現をしたそう(写真撮影/水野浩志)

写真手前の消防車は、職員がイチから手づくり。ホース部分は洗濯機のホースを利用して再現をしたそう(写真撮影/水野浩志)

パネル展示では西消防署のことはもちろん、広島市にある全消防署の業務内容がわかる(写真撮影/水野浩志)

パネル展示では西消防署のことはもちろん、広島市にある全消防署の業務内容がわかる(写真撮影/水野浩志)

足元もスケルトン仕様になっていて、ガラスケースの中には昔の出初式の様子や消防行事の写真が展示されている(写真撮影/水野浩志)

足元もスケルトン仕様になっていて、ガラスケースの中には昔の出初式の様子や消防行事の写真が展示されている(写真撮影/水野浩志)

展示室からインナーバルコニーに足をのばすと、職員たちの訓練スペースや仮眠室の様子が見えます。職員はインナーバルコニーの廊下をつたい、個室になっている仮眠室へ入り、夜勤にそなえます。この個室、外から眺めると宙に浮いている感じが不思議です。

職員の皆さんによると「夏は暑い、冬は寒い」とのことで、吹き抜けの消防署ならではの苦労もありそうです。

写真下部の番号が列記された部屋が仮眠室。もちろんプライバシーは配慮されているけれど、消防職員の皆さんが移動する通路の足元も金網になっており、慣れるまでは結構怖いそうです(写真撮影/水野浩志)

写真下部の番号が列記された部屋が仮眠室。もちろんプライバシーは配慮されているけれど、消防職員の皆さんが移動する通路の足元も金網になっており、慣れるまでは結構怖いそうです(写真撮影/水野浩志)

建物の中央上部、高さ20mの位置には、訓練用のロープが張ってあり、建物のどこからでも、その様子がチェックできます。ちょうど訓練している様子を見ることができたのですが、全長約20mのロープを往復する訓練は、見ているこちらもドキドキ。ただし、あくまで日常の一瞬を覗かせてもらっているため、いつ行けば見られるか決まっているわけではありません。もし見学に行ったときに遭遇したら嬉しいですね。

建物上部には落下防止のネットが張ってある。この上部にて訓練をするそう。天井にはガラスが張り巡らされているので、雨風は入ってこない(写真撮影/水野浩志)

建物上部には落下防止のネットが張ってある。この上部にて訓練をするそう。天井にはガラスが張り巡らされているので、雨風は入ってこない(写真撮影/水野浩志)

地下1階から地上7階までの吹き抜けは高さ20m近くあり、ロープやハシゴでの昇降訓練が可能。沖野さんは「これだけの高さの吹き抜けがある施設を生かした訓練ができている」と話します。そして地下1階には、体を動かすことができる広々と開放的なスペースがあり、ここで職員たちはトレーニングや訓練をしているそうです。

写真の中央部に見えるのが、昇降訓練用の登り壁。吹き抜けを生かした高さのある壁はインパクト大(写真撮影/水野浩志)

写真の中央部に見えるのが、昇降訓練用の登り壁。吹き抜けを生かした高さのある壁はインパクト大(写真撮影/水野浩志)

「ここは訓練だけではなく、消防音楽隊の練習場所としても活用されています」と沖野さん(写真撮影/水野浩志)

「ここは訓練だけではなく、消防音楽隊の練習場所としても活用されています」と沖野さん(写真撮影/水野浩志)

1階に足をのばすと、市民の暮らしを支える消防車の数々が待機しています。職員が見学時にそばにいれば消防車の機材の見学や、防火服を着せてもらったり、消防車や救急車に乗車させてもらえたりすることも。

沖野さんは「見学は予約不要なので、土日祝日以外は受付にて声をかけてくれればいつでも入れますし、タイミングが合えば職員さんが案内してくれることも。他の消防署ではあまりできない体験かもしれないですね」と話します。

隊員一人ひとりの消防服が並ぶ。出動時はここで実際に着替える(写真撮影/水野浩志)

隊員一人ひとりの消防服が並ぶ。出動時はここで実際に着替える(写真撮影/水野浩志)

「普段見学に訪れる人たちは、地域の小中学生が多く、みなさん学級単位で見学にいらっしゃいます」と沖野さんは話します。ところがこの流れが変化しているそうです。昨今はコミュニティづくりや建築に興味のある方々、海外からも観光スポットとして訪れる人もいるのだとか。

加えて2024年に「建築界のノーベル賞」と呼ばれるプリツカー賞を、建築家・山本理顕さんが受賞したことが影響している様子。知名度の高い賞だけに、山本さんも大きく注目され、再び西消防署にも関心が高まっているからです。

「先日も海外の学生さんたちから“見学に行きたい”と問い合わせをもらい、海外からも注目されていることに、驚きを感じています」(沖野さん)

ピカピカの消防車や救急車が出動に備えて並ぶ(写真撮影/水野浩志)

ピカピカの消防車や救急車が出動に備えて並ぶ(写真撮影/水野浩志)

知って体験をすることで、いざという時の一歩が踏み出しやすくなる

この地域では消防署を活用して署内での防災訓練や教室、地域の人たちに向けた講座を実施しています。時には防災訓練や出前講座を商店街や学校などに出向いて行うことも。

特に秋冬が近づいていくとき、冬から春に切り替わるとき、火を使うことが増える上に空気が乾燥するため、火災のリスクが高まります。そんな年に2回のタイミングで消防署は「火災予防運動週間」を実施し、防災訓練や、消防署での職員による防火講話と電気火災の再現実験なども実施します。

市民に向けた防災イベント。親子連れで防災について学びます(写真提供/広島市西消防署)

市民に向けた防災イベント。親子連れで防災について学びます(写真提供/広島市西消防署)

市民を招いた消防訓練の一コマ。ロープを渡る訓練を市民が固唾(かたず)をのんで見守ります(写真提供/広島市西消防署)

市民を招いた消防訓練の一コマ。ロープを渡る訓練を市民が固唾(かたず)をのんで見守ります(写真提供/広島市西消防署)

前述したとおり、日常的に消防署の門戸を開いたり、他の地域よりもイベントを多く開催したりすることで、住民にとっては、消防署の存在や活動が自分たちの日常の延長線上にあるのだという理解がより深まります。

プリツカー賞の審査委員長であるアレハンドロ・アラベナ氏は「パブリックとプライベートの境界線をやわらかにゆるませて、人々のコミュニティを活性化させた」と述べていました。
アラベナ氏の講評の通り、分断をしないよう仕切りを取り払った時に、人は想像力や理解を深められるのだと感じます。

施設内にある会議室。職員の会議でも利用するが、市民に向けた教室を実施する際にも活用する(写真撮影/水野浩志)

施設内にある会議室。職員の会議でも利用するが、市民に向けた教室を実施する際にも活用する(写真撮影/水野浩志)

職員にとっても、日常的に消防署に地域住民等の往来があることが当たり前になり、地域の一部として機能しているのだと意識が生まれること、消防署の役割を地域に自然に伝えられる関係をはぐくむことができるということは理想的ですね。

「これからもこの拠点を通して、一人でも消防署の役割や取り組みを自分ごとと捉えてくれる人が増えてくれたら嬉しいですね」と沖野さんは未来への思いをはせました。

関係性をつくっておくことは、地域の防災活動や困ったときに手をつなぐことができる人たちやつながりを増やすために必要なことなのではないでしょうか。たしかにふだんから挨拶や世間話をする仲ならなんとなく相手の人となり、行動を理解しているゆえに、非常時の救助が少しでもスムーズに進むなと感じますね。

有事が発生しないことが一番だが、有事の際に困った人がかけこめるオープンな空間があることは大切(写真撮影/水野浩志)

有事が発生しないことが一番だが、有事の際に困った人がかけこめるオープンな空間があることは大切(写真撮影/水野浩志)

●取材協力
広島市西消防署
【見学可能日】土・日・祝日・年末年始を除く平日
【見学時間】8時30分から17時15分まで

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