「minagarten(ミナガルテン)」誕生4年で地域に欠かせないサードプレイスに成長中。カフェやベーカリー、シェアスペースなど住民の挑戦で場をはぐくむ 広島市

広島県広島市佐伯区五日市の住宅街、皆賀エリアにあるコミュニティスペース「minagarten(ミナガルテン)」が開業して4年。近所の住民はもとより、休日には全国からお客さんが訪れます。開業当時はイベントスペースのみの利用でしたが、今やカフェやアンティークショップなどのテナントもそろい、運営に関わる住民の手によって場が育っています。
「人と暮らしのウェルビーイング」に共感して集まった場をつくるスタッフたちやミナガルテンを立ち上げた谷口千春さん(たにぐち・ちはる、株式会社真屋)と、同施設のスタッフに「心地よさ」の秘訣を聞きました。
家族と地域のみんなの思い出を残しておきたくて
広島市佐伯区は市内中心部から電車で15分程度の場所に位置する住宅街。駅前には商店街があり、ほどよい活気とのどかさが共存するエリアです。休日ともなれば遠方から車に乗って訪れる人もいるコミュニティスペース「ミナガルテン」の前身は、谷口さんの父親が営んでいた真屋(しんや)農園です。この地で50年ほど営んだ後、小さなカフェベーカリー、本屋、レンタルスペースやイベントスペースなどがあるコミュニティスペースとして生まれ変わりました。

ミナガルテンは坂道の上に立っており、坂の下の部分にある1階、坂の上にある2階部分、どちらからも入店できる。写真は2階エントランス(写真撮影/古石真由弥)

真屋農園時代の倉庫。この建物をミナガルテンのメイン施設に改築した(写真提供/株式会社真屋)
父の代で農園を閉めることは決まっていました。しかし、父の突然の病によって予期せず早期に農園を閉じることになってしまったのです。
「農園を閉じることは“いつかは”と父は決めていたんです。でも覚悟が決まっていたわけではなく思いがけない形で急に閉めることになったので、後ろ髪を引かれる思いが残っていました。だからこそ、この場所の思い出を残しながらも新しい形に昇華したかったのです」(谷口さん)

真屋農園さよならパーティーの様子。多くの方がかけつけた(写真提供/株式会社真屋)

農園事業地がなくなるのを惜しむ人がたくさんいた。のちに事業地の一部である倉庫を利用してミナガルテンが誕生する(写真提供/株式会社真屋)
50年間、地域に根ざした経営をする中で、顧客の中には農園にある倉庫のことを大切な憩いの場だと思っていた人たちがたくさんいたそうです。「なかには私財を投資して倉庫を残す方法も考えてくれていた人もいらしたんです。そんなふうに思ってくれていた方が今もここでお手伝いしてくれているんですよ」と谷口さんは話します。
当時谷口さんは東京で仕事をしていました。いつかは帰郷したいと思っていたものの、東京での仕事も楽しく戻るタイミングを見計らっていたのかもしれません。
しかし「父が頑張ってきたこと、農園を愛してくれた人たちにもこの場を残したい。そんな思いで、私は帰郷することを決めました」
この場を再生するにあたり、谷口さんは”コミュニティを形成する場にする”と考えていました。その上で“人と暮らしのウェルビーイング”をテーマにします。
「人がすこやかに生きていくためには体と心の健康、社会とのつながりが大切だなと。そのためには誰かとみんながつながれるコミュニティが必要だと感じていました。困った時に頼れる関係性と、ふらっと立ち寄れば誰かがいる安心できる場をここにつくりたかったのです」

ミナガルテン代表の谷口さん。現在はミナガルテンにとどまらず広島各所でまちづくりアドバイザーやディレクターとして活動している(写真撮影/古石真由弥)
影響を受けたのは、谷口さんが在京時に関わっていた日本橋での朝活コミュニティ。“働く場所を第二の地元に”と掲げて活動する朝活コミュニティでの経験はとても心に残っていたそうです。知った顔が挨拶をして元気に声を掛け合い、また歩み始める。この姿が脳裏にあったからこそ、広島に帰郷した際にも同じような関係性を営みたいと谷口さんは思ったのです。
急がずじっくり理念を浸透させる。コミュニティは段階的にオープン
3階建ての倉庫は、1階にべーカリー「companion plants(コンパニオン・プランツ)」と小さな本屋「mina books(ミナ・ブックス)」、日替わりのシェアコーヒーショップ「watering duty(ウォータリング・デューティ) 」が。そして2階にはレンタルキッチンと、シェアビューティーサロン「Salon élan vital(サロン・エラン・ヴィタール)」、3階にアンティークショップ『屋根裏の猫』とワークショップゾーンがあります。

ミナガルテン1階エントランスの様子。店内は全面ガラス張りで開放的。中央にはシンボルツリーがたたずむ(写真撮影/古石真由弥)

ベーカリーオーナーは東京・代々木八幡の名店「365日」で修業したオーナー佐藤一平さん(写真撮影/古石真由弥)
一部の店舗は谷口さんが「いいな」と思う人に声をかけたそうですが、シェアコーヒーショップやシェアビューティーサロンは「この場が挑戦する場になってほしい」という谷口さんの思いもあって、ミナガルテンの理念に共感して集まった仲間が日替わりで出店しています。
場をつくるために谷口さんはお互いに心意気が合う、波長が合う人と共に行動をすることを重視。そのため、時間をかけて段階的にミナガルテンの場をオープンしていきました。

焼きたてのパンはどれにしようか悩むほど種類が豊富(写真撮影/古石真由弥)

平日の午前中でもベーカリーは大繁盛。休日ともなると店外に列ははみ出る(写真撮影/古石真由弥)
まず開業1年目の2020年10月、2階部分にシェアキッチンとレンタルスタジオを開設してスタートしました。各フロアのゾーンを時間をかけて一つずつ場づくりをしていったのです。

当初はレンタルスタジオとして開設された場所をリニューアルし、今はシェアビューティーサロンとして運営されている(写真撮影/古石真由弥)
“地域の人と何かを一緒にやりたい!”“ここに新しい場ができるんだよ!”とお知らせする意味も込めて、ミナガルテンではワークショップやマルシェを何度も開催しました。
「オープン直前の2020年8月に壁面緑化をするワークショップを開いたとき『何か手伝えることありませんか』『ここでの活動に興味があります』と、どんどん人が集まってきました。
帰郷前の広島エリアのことは深く知りませんが、単発のマルシェやワークショップはあれど、継続的に開催する固定の場所はほとんどなかったのではないでしょうか。みんなが集まってゆるくつながり続ける関係を築きにくかったのではないかと想像します」(谷口さん)
小さな商いをしたい人たちが集まるマルシェは続きます。2021年1月からは地元のつくり手の方やミナガルテンに関わる人たちが訪れる人と関わる小さなマーケット「サンクスマルシェ」として、毎月5・15・25日に開催。

サンクスマルシェの様子。つくり手と地元の人が直接会話ができるところが魅力(写真提供/株式会社真屋)

月3回サンクスマルシェを開催しているので、出店者も来場者も顔見知りになっていく(写真提供/株式会社真屋)
オープン後に“場”を活用したマルシェを継続的に開催することで、レンタルスペースを使用したい人、まずは小さくチャレンジしてみたい人、ワークショップをやってみたい人たちなどがどんどん増えていき、各々がやりたいことを試すようになりました。
「1年に36回。36回もあると、出会いも生まれるんですよね。『あそこに行けば何かがあるな 』『誰かに会えるな』というワクワク感や期待が生まれたことで、”私たちもここで何かをしたい””参加したい”という、一歩進んだ行動につながっていったように思います」(谷口さん)
役割は誰にでもある。理念を胸にそれぞれが挑戦をする
ミナガルテンは例えるならば一つの街。心意気が同じなだけではなく、みんなで協力しあって場の運営をしていきます。ゆえにこの場の旗振りをする人も存在しています。
もちろん場を立ち上げた時には谷口さんが参加するあらゆる人にこの場の理念やみんなと成し遂げたいことや思いを伝え続けて一緒に手を取り合ってきました。ですが、場所は生き物。たくさんの人が関わり交わり始めると、場を上手に調和してくれるキーパーソンが誕生していきます。それがミナガルテンのコミュニティマネージャーでした。

1階フロア中央部は読書、おしゃべり、カフェなど自由に過ごすことができるスペース(写真撮影/古石真由弥)
「例えば私と一緒にマルシェを立ち上げてくれた山口さん。彼女は地元でお料理教室を営む、40代の女性です。オープン前の壁面緑化ワークショップで知り合った方の一人なんですよ。地域の素敵なお店をどんどん巻き込んでマルシェを盛り上げてくれる存在になりました。さらに、毎日みんなの声に耳を傾けてくれる寮母さんのような存在もいます。ミナガルテンの近所に住んでいて、毎日のように足を延ばしてくれる人です。私だけが場を引っぱるのではなく、みんながよろず相談をできる人にいてほしかったんですよね。みんなの自発的な動きによって場の調和が保たれており、互いのウェルビーイングを育て合っています」(谷口さん)
そんな場のことを、働く人たちはどのように思っているのでしょうか。

フリーランスのバリスタ7人が日替わりで運営するカフェ。ケータリングやイベント出店だけを続けてきたバリスタにとって固定の場があるのはありがたいそう(写真撮影/古石真由弥)
2階のシェアビューティーサロンで働く羽熊蘭(はぐま・らん)さんは、東京の一等地で美容師として働き、2013年に帰郷。以後、地元のクリエイターやお客さん、街の人々とのつながりを模索してきました。そんな中で、ミナガルテンと出合い、マルシェに出入りするうちに「私もここに関わりたい」という気持ちに変化していったそうです。シェアサロンの開業のタイミングで谷口さんから声をかけてもらい、自分のサロンを立ち上げます。

羽熊さんは「ここはお客様との距離が近い。単なるお客様と美容師を超えた関係が築ける」と話す(写真撮影/古石真由弥)
「谷口さんが”みんなのウェルビーイングを目指す場所”とわかりやすく旗振りをしてくれている。だからみんなが同じ方向を向いていてお互いを支え合いたたえ合うことができているんです。”それぞれがやりたいことを実現する”という目標があり、毎日とても心地よいペースで働けています」(羽熊さん)
広島の人が足を延ばしたい場所を“みんな”で育てる
コミュニティマネージャーの太田英華(おおた・はなか)さんは現在3階の「屋根裏の猫」の店番をするほか、ミナガルテンの次期コミュニティマネージャーとして、イベントの企画をしたり、各店舗さんや関わる人たちの声を聞く役目を務めています。

2階の一部にもアンティーク商品が並ぶ(写真撮影/古石真由弥)
実はもともと太田さんはお客さんだったと言います。
「2022年ごろでしょうか。前の会社を退職して時間ができたので母とふらっと遊びに来たのです。五日市にこんな素敵なところができたなんて!ってうれしかったですね。穏やかで居心地がよく、細部にわたって統一されたスペースの雰囲気。何より訪れている人たちがおしゃべりしたり、本を読んだりと思い思いの時間をすごしている空気がいいなと思いました。知らず知らずのうちに私は常連客になっていました」

「訪れる人や挑戦するお店のスタッフやイベントスタッフが心から楽しめる環境をつくっていきたい」と熱い思いを話してくれた太田さん(写真撮影/古石真由弥)
だんだんとミナガルテンのスタッフさんと顔見知りになるうちに、太田さんは”私もこの場をつくる人になりたい”という気持ちが湧いていきました。そんなタイミングでインスタグラムにクリエイター募集と告知が出た際に、迷わず応募。
「友達や知人など、大切なお客様が来訪した時に招くのがミナガルテンでした。私の、とっておきの場所だったんです。私の身内だけではなく、今度はここに訪れる人にとって”とっておきの場所”と思ってほしい。そのためのお手伝いがしたいと思っていました。募集内容はクリエイターでしたが、それを超えた役割を務めたい思いもあったのです」
谷口さんは、当初からゆくゆく自分は旗振り役を少しずつ手を離していき、新たに場の編集をする人を迎え入れたいと考えていました。その中での、コミュニティマネージャー太田さんの誕生でした。

3階の『屋根裏の猫』は、岡山県の雑貨店『海猫』の暖簾分けのような存在。海猫の雑貨を預かり、ミナガルテンが運営をする(写真撮影/古石真由弥)
「ここは今、もう自分が育てているわけではない。みんなが育てるものなのです」と谷口さんは話します。
皆賀の街にどんどん人が来てくれるのがうれしいと微笑む谷口さん。実は2024年に総務省が発表した人口動態調査結果によると広島県は「転出超過」人数が4年連続で全国最多数でした。広島のまちづくりに関わる人たちは、これをずっと課題と受け止めています。しかし、谷口さんは「私も20年広島を離れていましたが、帰って来やすい都市だと思いました」と言葉に力を込めます。
そう思えるのは、自分の役割をつくる場やチャンスがあるからだと言います。
「ミナガルテンにも”帰って来た”お客様やスタッフがたくさんいます。自分を受け入れてもらえる場があり、役割があることによって、目の前のことがいっそう自分ごとになるんですよね。すると街に対して愛着がわくし、また戻って来たいって思えます。ミナガルテンはいつでもおかえりって言えるような港のような場所でありたいですね。これからも」
オープンして5年目になるミナガルテンは、常連さんもスタッフも、ここを巣立ち新たな挑戦をする人が生まれていくのかもしれません。安心して交流し、やりたいことに挑戦できる場があることは人生の質の向上にもつながりますし、そんな場のある街で暮らしたいなあと思うものです。いつでも戻って来ていい街として、ミナガルテンを始め、広島という都市が変化して行く様子にこれからも注目していきたいですね。
●取材協力
ミナガルテン

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