異常気象にストップを。「脱炭素問題」最新情報、日本のCO2排出量4割占める建築分野のカギは”木造化と断熱化”。日本の気候テックに世界が注目 COP29
2024年は世界各地で記録的な猛暑が続きました。サウジアラビアではメッカ巡礼期間中に最高気温51.8度を記録し1300人以上が死亡、日本では熱中症による救急搬送者数が過去最多を更新。異常気象を肌で感じた方も多いのではないでしょうか。これらの背後には、地球温暖化が影響しているとされ、気候変動対策の緊急性がますます高まっています。
2024年11月11日~24日、アゼルバイジャンのバクーで開催されたCOP29(※)を取材したNHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー堅達京子さんに、最新事情を聞きました。環境問題が住まい&暮らしに与える影響や、住宅を借りたり、購入やリフォームする際に私たちができることを紹介します。
※COP
地球温暖化の影響緩和や適応策、炭素排出削減目標などに焦点を当て、国際社会の協力を促進する国際会議。
COP29「ファイナンスCOP」で何が決まった? 途上国支援と私たちの暮らしへの影響
堅達さんの著書『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』(山と溪谷社 刊)(画像提供/堅達京子)
COP29では、どんなことが話し合われたのでしょうか。
「温室効果ガス削減に向けた目標強化は以前から語られていますが、このCOP29は、特に気候変動対策を支えるための『気候資金』が議論された『ファイナンスCOP』として注目を集めました。気候資金とは、開発途上国が温室効果ガスの排出抑制や削減、および気候変動の影響に適応するなどの対策を支援するために、先進国が拠出する資金を指し、現在、いくつかの基金が運用されています」(堅達さん)
アゼルバイジャンの首都バクーのシンボルFlame Towers(炎のタワー)。産油国であるアゼルバイジャンの国名は「火の国」という意味。この建物はシンボルである炎を形取っている(画像提供/堅達京子)
会場は、首都バクーのオリンピックスタジアム(画像提供/堅達京子)
「気候資金」について、焦点になったことや、最終的な合意内容の意義は何なのでしょうか。
「焦点は、先進国から途上国への気候資金支援額です。先進国が2035年までに公的資金や民間資金を合わせて少なくとも年3000億ドル(約46兆4000億円)の支援をするとの目標で合意しました。しかし、途上国からは『この額では話にならない』という非難の声が上がりました。
資金の乏しい途上国では、再生可能エネルギーの普及に多額の支援が必要です。この取り組みが進まなければ、従来型エネルギーへの依存から脱却できず、温室効果ガス排出の削減が難しくなります。また、深刻化する異常気象や海面上昇に適応する資金や技術の移転も必要です。会場では、多くの活動家や代表が『Pay Up(お金を払え)』と書かれたガムテープを口に貼り、抗議を示す姿が印象的でした」(堅達さん)
アマゾンの自然破壊を伝える展示。森林伐採により多くの動植物が絶滅の危機に陥り、気候変動の悪化への影響も及ぼしている(画像提供/堅達京子)
COP29会場での抗議活動。至る所で「Pay Up」アクションが行われた(画像提供/堅達京子)
COP29を訪れた堅達さん。会場には、「1.5℃目標に整合するAMBITION(野心)が行方不明!」と書かれたポスターが。「行方不明の野心(猫)を見つけた報酬は、気候正義だと書かれています。先進国への皮肉がたっぷり込められたジョークですね」と堅達さん。気候正義とは、「温室効果ガス排出の責任が少ない途上国などの地域や将来世代が、真っ先に温暖化の被害を受けることの不公正」を正すことをさす言葉(画像提供/堅達京子)
加えて、地球温暖化を抑えるために必要不可欠な「化石燃料からの脱却」について、具体的な進展は乏しいままでした。各国の温室効果ガスの排出削減目標など気候変動対策を評価した「気候変動パフォーマンス・インデックス2025」で、日本は58位という非常に低い評価を受けています。
日本を含むG7は、交渉を後退させている国に与えられる不名誉な賞「化石賞」を受賞してしまった(画像提供/気候ネットワーク)
(写真/PIXTA)
「日本は、G7の中で唯一、石炭火力発電の全廃期限を設定していません。新興国であるインドネシアが2040年までの段階的廃止をCOP29で打ち出しているにもかかわらずです。イギリスも2035年までに81%削減という野心的な目標を発表し、注目を集めました。また、ブラジルも途上国でありながら高い削減目標を掲げています。日本がこれらに追いつくためには、エネルギー基本計画(※)やNDC(国別削減目標)(※)の見直しで野心的な目標を掲げることが不可欠です。特に遅れをとっている再生可能エネルギーや電気自動車(EV)の普及について、目標を設定するだけでなく、実現可能な具体策を提示し、迅速に実行することが求められます」(堅達さん)
※エネルギー基本計画
国のエネルギー政策における中長期的な指針を示す計画。2002年に制定されたエネルギー政策基本法を基に、2003年に初めて策定され、その後おおよそ3年ごとに改定が行われている。
※NDC(国別削減目標)
国連気候変動枠組条約(UNFCCC)(※)に基づき、各国が提出する温室効果ガス削減目標。各国が独自に設定し、パリ協定の目標達成に向けて5年ごとに更新される。
※国連気候変動枠組条約(UNFCCC)
1992年に採択された国際的な枠組みで、気候変動問題に対する世界的な対応を促進するために設立された。
会場では、グリーン建設、省エネビル、気候にレジリエントな都市づくりのための会合が行われた。レジリエントとは、回復力やしなやかさを意味する(画像提供/堅達京子)
インドネシアのパビリオン。インドネシアは、「2040年までに国内の石炭火力発電を段階的に廃止する」と宣言(画像提供/堅達京子)
イギリスのパビリオン(画像提供/堅達京子)
(写真/PIXTA)
2024年11月に再選されたアメリカのドナルド・トランプ大統領は、1期目にパリ協定から離脱し、2期目でも再離脱すると表明しています。COP29や今後の脱炭素化への影響は?
「COP29は、首脳級の出席も少なく、勢いのないCOPでした。トランプ氏の再選は、先進国のリーダーシップにブレーキをかけてしまったと言えるでしょう」(堅達さん)
それでも、「ビジネス界の脱炭素の動きは止まらない」と堅達さんは予想しています。
「欧州連合(EU)は、温室効果ガス排出量の多い国から輸入される製品の競争力を低下させ、排出量の少ない国から輸入される製品の競争力を高める炭素の国境調整メカニズムやデジタルプロダクトパスポートの導入を義務付けています。もはや『脱炭素なくして商いができない』時代に突入しているのです」(堅達さん)
デジタル製品パスポートで、製品がどのように作られ、どのように使われ、最終的にどのように廃棄または再利用されるかを追跡できる(出典/環境省資料 ※出所:欧州委員会資料)
世界の脱炭素にむけた最新の都市計画と建築業界の動き
気候変動対策において建築分野が果たす役割はどのように変化しているのでしょうか?
「実は、建築分野が日本のCO2排出量の約4割を占めると言われています。COP29の開催中、国連環境計画(UNEP)が主催し、新たに『ICBC(Intergovernmental Council for Building and Climate)』という組織が立ち上がりました。これにより、建築や都市が気候変動対策で果たす役割の重要性が改めてグローバルに再認識され、情報交換やルールづくりを進めていくことになりました」(堅達さん)
(写真/PIXTA)
国連の予測によると、2050年までに世界人口の7割が都市に居住するようになるとされています。これからの都市はどうあるべきでしょうか。自然そのものの力を活用する「ネイチャーポジティブ」な都市づくりも注目されています。
「産業界からCO2を減らすだけでは、地球温暖化の1.5度目標(※)の達成は難しいとされています。そのため、自然そのものの力を活用し、森林や植生(グリーンカーボン)、海洋生態系(ブルーカーボン)などによるCO2の吸収が今、非常に重要視されています。ブルーカーボンとは、海草などが炭素を吸収・固定するプロセスを指します。ネイチャーポジティブをまちづくりにもどんどん生かしていくことが大事であり、そういう政策が世界中で今行われています」(堅達さん)
※1.5度目標
パリ協定で示された世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より低く保ち、1.5℃に抑える努力をするという目標。COP26で実質的に1.5度目標は努力目標から国際合意に格上げされた。
(写真/PIXTA)
「都市インフラをいかに脱炭素型で、かつ災害からの回復力を持つ形で設計するかが重要なテーマとなっています。特に発展と環境の両立を目指した都市計画が進行中です。日本では、JR大阪駅に隣接する『グラングリーン大阪』で、鉄道の貨物駅の跡地の半分(4.5ヘクタール)を緑化するというプロジェクトが進められています。こうした街路樹やグリーンスペースの拡大は、パリなど世界各都市でも勢いを増しており、CO2吸収やヒートアイランド現象の緩和に大きく寄与すると期待されています」(堅達さん)
パリ市長による緑化政策では、2026年までに17万本を植樹し、 30年までに市の半分を植栽地にする計画が進んでいる(写真/PIXTA)
建築業界の脱炭素の取り組みで注目すべき点は?
「建設業界のカーボンニュートラルを目指す上でカギを握る素材は、木材です。世界では、北欧諸国が主導する木造高層ビルの建設や、建設廃棄物を極力排出しない建築のライフサイクル全体でのカーボンゼロ化が進んでいます。COP29でもこの分野の議論が活発に行われ、開発競争が激化しています。持続可能な建築は、グローバルな潮流になっています」(堅達さん)
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脱炭素社会を支える日本の気候テック。適応と緩和の最前線
脱炭素社会に向けた取り組みについて、「日本の強みは、気候テック」だと堅達さんは言います。
気候テックは、気候変動の影響に対応し、持続可能な未来を実現するための技術的なソリューションを指します。その主なアプローチには「緩和」と「適応」の2つがあります。緩和は気候変動そのものを抑制することを目指し、再生可能エネルギーの導入、エネルギー効率化技術などを指します。一方で、適応とは、気候変動によって引き起こされる影響に備え、被害を最小限に抑える取り組みを指します。これには、洪水に備えるためのインフラ整備や、干ばつ耐性のある作物の開発などが含まれます。
NHKで、11月18日に放送された『気候変動を食い止めろ!』第1回 都市のCO2を減らす新技術、第2回 都市のリスクに備える新技術(NHKオンデマンドで1年間 配信中)(画像提供/NHK)
日本発の気候テックであるソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)(画像提供/NHK)
「日本の衛星によるCO2やメタンの観測技術は世界最先端レベルですし、防災や品種改良技術も高く評価されています。さらに、ブルーカーボンを活用した炭素吸収の分野でも注目されています。惜しいのは、緩和策の一環として注目される洋上風力発電。日本近海の地形や風況に適しているにもかかわらず、開発の遅れが課題です。台湾など後発国が先行する現状に危機感を持ち、進行スピードを上げるべきです。
また、建築分野でも気候テックの革新が進んでいます。大成建設のゼロカーボンビルディングでは、CO2を吸収する新素材や建設過程でのグリーン電力活用が進行中です。木造建築物は、成長過程でCO2を吸収する木材を利用しており、建築後もCO2を固定し続けるため効果的ですが、耐震性・耐火性の向上で高層建築物に利用することも進んできています。さらに、次世代型のペロブスカイト太陽電池は薄くて軽量かつ柔軟性があり、都市部のビル壁面や屋根での活用が期待されています。ペロブスカイト太陽電池は、量産に向けた開発中ですが、国際競争力をあげることで、次世代のエネルギー市場において日本がリーダーシップを発揮する可能性を秘めています」(堅達さん)
大成建設は、COP29の日本パビリオンで、ゼロカーボンビルをアピール(画像提供/堅達京子)
開発が進むペロブスカイト太陽電池(積水化学工業)。薄くて曲げられる柔軟性が特徴(画像提供/NHK)
借りる・建てる・リフォームする際にできる脱炭素化。気になる補助金は?
革新的な建築技術の今後に期待が高まる一方で、日本の建築分野には解決すべき課題があります。そのひとつが「断熱性能」です。
「日本では建物の断熱性能が他国に比べて低い状況にあります。このため、エネルギー消費を削減し、カーボンニュートラルを実現するための取り組みを加速させる必要があります」(堅達さん)
省エネ住宅の普及は、気候変動対策の重要な柱となっており、経済産業省、国土交通省、環境省の3省が連携し、2050年カーボンニュートラル実現に向けた住宅の省エネルギー化や省CO2化の取り組みを進めています。
遅くとも2030年度までに新築住宅についてZEH基準の水準に引き上げられることが決まっており、段階的な実施が進行中です。
2024年4月から、省エネ性能の可視化を促進するため、新築の住宅や建築物を販売・賃貸する事業者に対し、省エネ性能ラベルの表示が努力義務化されました。 さらに、2024年11月からは、既存住宅を対象とした「省エネ部位ラベル」の運用も開始されています。この制度により、消費者が住宅選びの際に省エネ性能を判断しやすくなり、環境に配慮した選択ができるようになりました。
省エネ効果の高い断熱窓やエコ住宅設備の設置を支援する補助金も提供されています。省エネポータルサイトやデコ活サイトで周知をはかっているので、住まいについて検討する際は、のぞいてみてはいかがでしょう。
給湯器の高効率化や、断熱窓への改修に経産省・環境省事業で支援。国交省と共通のホームページからの申請を可能とするなど、3省連携でワンストップ対応を行っている(出典/資源エネルギー庁資料)
ZEH・LCCM住宅の推進に向けた取組(国土交通省)で(出典/住宅省エネ2024年キャンペーンサイト)” width=”720″ height=”482″>キャンペーン情報も見逃せない。制度や支援の最新情報は、ZEH・LCCM住宅の推進に向けた取組(国土交通省)で(出典/住宅省エネ2024年キャンペーンサイト)
SUUMOでは、2024年4月から新築住宅、2024年11月1日より既存住宅の省エネ性能ラベルの表示を開始しています。「SUUMOリサーチセンター」(2024年6月27日発表)によると、断熱性能が高い住宅は冷暖房効率を向上させることから注目され、SUUMOのサイトでも「ZEH」「省エネ」に関する問い合わせが増加。リフォームにおいても「断熱」や「省エネ」を重視する消費者が増えています。
新築住宅だけでなく、既存住宅についても、窓や給湯器など、省エネ性能の向上に役立つ部分がある場合には、販売や賃貸時の広告でその情報をわかりやすく示せる「省エネ部位ラベル」が設定されている(出典/リクルート報道資料)
政府は2024年度中に次期のエネルギー基本計画を策定する予定です。堅達さんは、消費者が環境に配慮した選択を行うことで、市場が変化し、それが政策に影響を及ぼす可能性があると話します。
「断熱性能の高い住宅や太陽光パネルを導入した家は、省エネだけでなく、災害時の備えにもなります。環境に優しい住まいは、自分たちの健康や安全にもつながる。そうした意識が広まれば、社会全体での変化が期待できます。一軒一軒の家が断熱性能を高めることで、省エネルギーの効果は大きくなります。個人の行動が積み重なれば、地球規模の変化を生むことができる。ちりも積もれば山となる、ということですね」(堅達さん)
COP29では、脱プラの一環として入場者には水筒が配られ、いたるところに設置された給水機で補給(画像提供/堅達京子)
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“住まいの断熱”最新情報まとめ「断熱新時代」
度重なる自然災害のニュースには胸が痛みますが、「地球を守るためにできることをしている」という実感は、未来への希望にもつながると感じました。住まい選びは、その小さな一歩を踏み出す機会になるでしょう。
●取材協力
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
堅達 京子(げんだつ・きょうこ)さん
1965年、福井県生まれ。早稲田大学、ソルボンヌ大学留学を経て、1988年、NHK入局、報道番組のディレクター。2006年よりプロデューサー。NHK環境キャンペーンの責任者を務め、気候変動やSDGsをテーマに数多くの番組を放送。NHKスペシャル『激変する世界ビジネス “脱炭素革命”の衝撃』 『2030 未来への分岐点 暴走する温暖化 “脱炭素”への挑戦』、NHK民放の6局連動特番『1.5℃の約束 いますぐ動こう、気温上昇を止めるために』はいずれも大きな反響を呼んだ。
2021年8月、株式会社NHKエンタープライズに転籍。日本環境ジャーナリストの会副会長。環境省中央環境審議会臨時委員。文部科学省環境エネルギー科学技術委員会専門委員。世界経済フォーラムGlobal Future Council on Japanメンバー。東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員。福井県立大学客員教授。
主な著書に『脱炭素革命への挑戦 世界の潮流と日本の課題』『脱プラスチックへの挑戦 持続可能な地球と世界ビジネスの潮流』。
~まだ見ぬ暮らしをみつけよう~。 SUUMOジャーナルは、住まい・暮らしに関する記事&ニュースサイトです。家を買う・借りる・リフォームに関する最新トレンドや、生活を快適にするコツ、調査・ランキング情報、住まい実例、これからの暮らしのヒントなどをお届けします。
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