まちの電気屋さん、敷地の庭を子ども達に開放! 図書館やアスレチック、ミニ牧場など”地域の遊園地”なぜつくった? 群馬県前橋市「ソウワ・ディライト」

まちの電気屋が庭を開放。ウマやヤギに「世界一小さな本屋さん」も。住民で賑わうスペースに

全国各地で公園の利用制限が増えていますが、ただでさえ街中で子どもたちが集える場は、実はなかなかないもの。そんななか、群馬県前橋市にある電気工事企業「ソウワ・ディライト」は、子どもたちをはじめ、地域の人たちに「誰でも使えるスペース」を開いています。アスレチックスペース、子ども専用の世界一小さな本屋さんに、バーベキューができる屋外キッチン、なんとミニ牧場まで。小さく始めたスペースはどんどん拡張されていき、自然と放課後・休日に子どもたちが集まってくるようになりました。街の電気屋さんがあえて取り組む場づくりにはどんな意味があるのでしょうか。

耕作放棄地を活用してアイデアが湧いてくる庭を作る

群馬県前橋市南部にある駒形エリア。地方ののどかな街の一つです。幹線道路沿いの視界がひらけたスペースに突然現れる巨大なトランポリンの数々に高梯子。その横にビニールハウスが立ち並び、まるでキャンプ場や大きな公園のようなエリアがあります。

大きなトランポリンとビニールハウスが並ぶ、地域に開放するスペース「あきち」(写真撮影/片山貴博)

大きなトランポリンとビニールハウスが並ぶ、地域に開放するスペース「あきち」(写真撮影/片山貴博)

ビニールハウス内には野生の植物の数々。ここでソウワ・ディライトの社員が会議をしていることもあれば、子どもたちが探検したり宿題をしていることもある(写真撮影/片山貴博)

ビニールハウス内には野生の植物の数々。ここでソウワ・ディライトの社員が会議をしていることもあれば、子どもたちが探検したり宿題をしていることもある(写真撮影/片山貴博)

飲食もできる共用スペース。緑がたっぷりで心地いい(写真撮影/片山貴博)

飲食もできる共用スペース。緑がたっぷりで心地いい(写真撮影/片山貴博)

地域の人たちも積極的に使うかまど。定期的に食事会を行う(写真撮影/片山貴博)

地域の人たちも積極的に使うかまど。定期的に食事会を行う(写真撮影/片山貴博)

窯ではピザを焼いて、社員同士や地域の人たちと食することもある(写真撮影/片山貴博)

窯ではピザを焼いて、社員同士や地域の人たちと食することもある(写真撮影/片山貴博)

さらに敷地沿いを歩き進むと、小さな森があり、ソーラースペースや本のスペース、子どものための小さな本屋さん「tiny tiny book store」まで。「あれ、私、会社じゃなくてレジャーに来たんだっけ?」と思わず勘違いをしてしまいます。

写真左部が「tiny tiny book store」。右部が大人も入ることができる図書館(写真撮影/片山貴博)

写真左部が「tiny tiny book store」。右部が大人も入ることができる図書館(写真撮影/片山貴博)

心躍る憩いのスペース、持ち主の正体は電気設備会社の「ソウワ・ディライト」。創業43年と歴史のある街の企業です。なぜまた電気設備会社がこんなことを? と思いますが、「これも会社の取り組みとして大切なこと」と代表取締役の渡邉辰吾(わたなべ・しんご)さんは話します。

「始まりは社屋の横にある余白スペースにベンチや小さな小屋、オブジェをもうけて社員の共用スペースとしてカスタマイズしたことです。私たちはチームの行動指針として「infinity loop(インフィニティループ)」をかかげています。これは、feel(感じる)とaction(行動する)を無限にループするという意味。

この指針を実現するためには、オフィスにいて何か良いアイデアを、と考えても浮かばないじゃないですか。それよりもリラックスした場で、感じる心を高めてよいアイデアを生み出してほしい。そのためには、外の空気を吸ってリラックスできるスペース、一人になるスペースなど、あらゆるシーンが必要だと思ったのです」

社屋の横にある憩いのスペース。晴れた日は風と光がここちよい。ハンモックに揺られながらアイデアを考える時間は最高(写真撮影/片山貴博)

社屋の横にある憩いのスペース。晴れた日は風と光がここちよい。ハンモックに揺られながらアイデアを考える時間は最高(写真撮影/片山貴博)

スペースは社屋の横にとどまらず次第に拡張をし、先のアウトドアスペースのような場として広がっていくのです。まずは社有地のはす向かいにある雑草だらけの荒地を購入して、いこいのスペース「ココノモリ」をつくり始めました。

「社有地の横には、耕作放棄地がたくさんあったんです。近年高齢化が進み、土地の相続問題が浮きぼりになるなかで、こうした土地がどんどん生まれている状況を悩ましく思っていました。だったら私たちが何か活用できないものかと考えたのです」

耕作放棄地確保の一番の目的は、災害時の社員の避難場所。その他太陽光パネルなど、有事の際の備えを設置する意味もありました。ただそれだけではもったいないと渡邉さんは思い、地域の人への開放を考えたのです。

地域に根付く企業として、街の人たちにできること

ただの災害拠点であるのは面白くない。それであれば地域の人や子どもたちのための拠点として作ろうと始めたのが数々の遊具がある「moriスペース」と「あきちスペース」でした。

耕作放棄地にある大きなトランポリンで遊ぶ子どもたち。縦横無尽にかけ回るそう(写真提供/株式会社ソウワ・ディライト)

耕作放棄地にある大きなトランポリンで遊ぶ子どもたち。縦横無尽にかけ回るそう(写真提供/株式会社ソウワ・ディライト)

「私たちの役割は、ただの電気設備企業として物を作ったり、お客様から求められたことを形にするだけじゃないと思っています。地域に根付いてきた企業として、街の人と一緒に考え楽しめることは何か? 一緒にわくわくしたり感動したり、アイデアをひらめかせたり、交流することでうまれるゆるやかな化学反応を楽しみたかったのです」

以前よりこのような思いを抱いていた渡邉さんは「ココノモリ」に先がけて、社の共用スペースを開放した寺子屋活動をしていました。もともとは社員の英語教育の一環として共用スペースにて英語のレッスンをしていましたが、地域の子どもたちにも開放。英語の学びに参加してもらうだけではなく、子どもたちがくつろぐ場所、大人の働く姿に触れてもらいたいという思いがあってのことでした。すると好奇心旺盛な子どもたちが次々に寺子屋活動に足をのばすように。

ソウワ・ディライトの2代目渡邉辰吾さん。自身も前橋市生まれで、育った街の持続可能な未来をつくるべく積極的に活動している(写真撮影/片山貴博)

ソウワ・ディライトの2代目渡邉辰吾さん。自身も前橋市生まれで、育った街の持続可能な未来をつくるべく積極的に活動している(写真撮影/片山貴博)

「子どもたちにとって会社は秘密基地、冒険地のようなもの。業務用コピー機やパソコン、AI機器など見たことのないものがあり、知らない大人がたくさんいる。何を触っても誰かが騒いでも大人は制限をしない。きっと未知の世界との接触にワクワクしているのでしょうね。この場では私は会社の社長ではなく、よく分からないけれど面白いことをしている近所のおじさんです。でもそれでいいのです。子どもたちが学び、大人は子どもたちから学び、未来の担い手が育ってくれることが地域にとって大切だと思うから」

子どもたちのそばには馬やロバがやってきてのびのびと過ごす(写真提供/株式会社ソウワ・ディライト)

子どもたちのそばには馬やロバがやってきてのびのびと過ごす(写真提供/株式会社ソウワ・ディライト)

寺子屋活動で地域の子どもたちとのつながりを実感したことで、より貢献できることは何かを考えるようになりました。そして「ココノモリ」の発展へとつながっていったのです。

ココノモリの中には天窓がついた大人がゆったりと入れる小さな小屋型の図書館と、子どもだけが入れるちょこんとした大きさの書店と2つが並びます。

哲学書から科学書、ビジネス本や図鑑まであらゆるタイプの本がそろう図書館。天窓から降り注ぐ光が気持ちいい(写真撮影/片山貴博)

哲学書から科学書、ビジネス本や図鑑まであらゆるタイプの本がそろう図書館。天窓から降り注ぐ光が気持ちいい(写真撮影/片山貴博)

小さな書店をあえて作ったのは大人から離れて子どもらしい、子どもとしての時間を楽しんで欲しいから。子どもが一人か二人入るのがやっとのスペースに科学や宇宙を中心としたラインナップの本が詰まっています。

「tiny tiny book store」。世界一小さいとギネスに認定された書店スペースは、およそ1.5平米(写真撮影/片山貴博)

「tiny tiny book store」。世界一小さいとギネスに認定された書店スペースは、およそ1.5平米(写真撮影/片山貴博)

天井には光るシールが散りばめてあり、ブラックライトで照らすとまるでプラネタリウムのよう(写真撮影/片山貴博)

天井には光るシールが散りばめてあり、ブラックライトで照らすとまるでプラネタリウムのよう(写真撮影/片山貴博)

「大人が入れない子どもだけの世界で知の探求をして欲しい」という渡邉さんの思いが込められていました。

大人が介入できない子どもだけの城を築く

耕作放棄地を次々に借りてスペースを拡張していく渡邉さん。小屋の横には大きなビニールハウスにバーベキューもできる炊事スペース、さらには高ハシゴにトランポリンスペースもつくりました。子どもはもちろん社員や地域の人たちが自由に使うスペースです。
高ハシゴの上から眺める景色はスリル満点。大人も足がすくむレベル。ですが、放課後に訪れる子どもたちはひょいひょい登っては楽しんでいるそう。

高ハシゴの上からみた、ココノモリの風景。向かいにはもうひとつの高梯子が映るがこちらもなかなかの高さ(写真撮影/片山貴博)

高ハシゴの上からみた、ココノモリの風景。向かいにはもうひとつの高梯子が映るがこちらもなかなかの高さ(写真撮影/片山貴博)

「子どもたちは、好奇心と恐怖心の狭間を行ったり来たりしているのかもしれないですね。自分たちなりに工夫をして飛び乗り、横にあるトランポリンに飛び降りて上手にやりくりしていますよ」と社員の今井さんが話します。

どんどん拡大していくココノモリ。のちに、道路を挟んだ向かい側にある空き家付きの広い敷地を借りて牧場を創設しました。ここには馬、ヤギ、ロバ、羊、北海道犬が暮らしています。企業と地域の子どもたちをつなぐ役割を担っている重要な社員たちです。
ココノモリには子どもたちが平日に200人ほど、多い時は300人も訪れるのだとか。こんな風に土地にゆとりの多い地方都市だと遊べる場所がいくらでもあると想像しますが、「意外と子どもたちの居場所は少ない」と渡邉さん。

牧場でゆうゆうとくつろぐ、ロバのニコラとマルガリーテ(写真撮影/片山貴博)

牧場でゆうゆうとくつろぐ、ロバのニコラとマルガリーテ(写真撮影/片山貴博)

「昔はかけ回る公園や空き地もたくさんありましたが、今はこのエリアもそう多くありません。公園や空き地は子どもたちがエスケープできる(逃避できる)場所。それなのに大人も子どもも寄り道できる居場所がないなんて、しんどいですよね。学校と家との行き帰りのみで、精神的にも立ち寄れる場所がないじゃないですか。なので、集団登校している子どもたちの元気のない様子が気になっていました」

だからこそこの場を息抜きの場として活用してもらっているそうです。

まるで絵本に出てきそうな白く美しい馬のアマナ。訪れる子どもたちは自ら鞍をつけて馬に乗るそう(写真撮影/片山貴博)

まるで絵本に出てきそうな白く美しい馬のアマナ。訪れる子どもたちは自ら鞍をつけて馬に乗るそう(写真撮影/片山貴博)

2匹のヤギ。人なつっこく、取材陣にずっとくっついていた(写真撮影/片山貴博)

2匹のヤギ。人なつっこく、取材陣にずっとくっついていた(写真撮影/片山貴博)

「空き地は子どもたちにとってのサードプレイス。今の子どもたちの日常は、家、学校、もしくは習い事の場でうめつくされている。それ以外のサードプレイスがないから、ここに子どもたちが足をのばしてくるんですよね」

企業の利益こそ、地域に余白やゆとりを生むことができる

ソウワ・ディライトの社員は、子どもたちがココノモリに足をのばしてくる時は、大人が介入しすぎない環境を守っています。もちろん危ないこともあるかもしれませんが、自己責任。誰かがサポートすることがあっても介入しすぎないように、保護者の方にも極力付き添わないようにお願いしているそうです。

子どもたちは怖がることなくロバと積極的にコミュケーションをとる(写真提供/株式会社ソウワ・ディライト)

子どもたちは怖がることなくロバと積極的にコミュケーションをとる(写真提供/株式会社ソウワ・ディライト)

「余白こそが子どもの好奇心や自由な発想を生むわけです。そこに大人が介入してしまうとどうなるか。『お前の親連れてくるなよ!』『お母さんちょっと恥ずかしいからついて来ないで』みたいに、子どもたちが萎縮してしまっているのです。心配しなくても自然と子どもたちはここで序列を学び、自分たちで自治形成をしていきます。子どもたちこそ楽しい・面白い・なんだか変だぞ? とfeel(感じて)&action(行動)するべきなのです」

ソウワ・ディライトの本社。社屋はまるでテーマパークかのようにポップで自由な空間だった(写真撮影/片山貴博)

ソウワ・ディライトの本社。社屋はまるでテーマパークかのようにポップで自由な空間だった(写真撮影/片山貴博)

馬やヤギまで飼い、庭にはたくさんの植物を育て、森を作る。なぜここまでするのでしょうか。その疑問に、渡邉さんはこう答えてくれました。

アイデアが湧くと屋外のブラックボードに描いて遊ぶことができる(写真撮影/片山貴博)

アイデアが湧くと屋外のブラックボードに描いて遊ぶことができる(写真撮影/片山貴博)

「企業として、ただ業績や数字、KPIなどの経済合理性だけを突き詰めるだけではこれからは面白くない。私たちなりの地域のあり方をもっと突き詰められるのではないでしょうか。ギリギリ赤字にならないくらいのレベルで、生まれた利益を地域にささげた方が人も生物も多様で面白い関係性ができると思うのです」

群馬といえばダルマ。会社のスペースの至る所にダルマを始め、オブジェが並ぶ(写真撮影/片山貴博)

群馬といえばダルマ。会社のスペースの至る所にダルマを始め、オブジェが並ぶ(写真撮影/片山貴博)

「その土地に根差してやってきた企業には人々の声を聞いてきた歴史がある。だからこそ土地の方々が求めることや必要とすることにこたえないと社会の課題解決には結びつかないと思うのです。私たちはこれからも自分たちの半径500mで精いっぱいやることが大切だと思っています。未来のためにも」

今、地域のために何かできることはないか、持続可能な社会のために、と考える企業は増えています。しかしただ形だけ何かをやればいいわけではありません。住民がこの街のこの企業があってよかった、と思うつながりや場所、活動があってこそ地域のための活動なのです。行政など公共の枠組みが人やお金など資源が減少し、できることは限られています。今、企業だからこそできる、地域の人たちを思う血の通った活動があるのではないでしょうか。

●取材協力
株式会社ソウワ・ディライト

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