誰でも日本一を目指せる「全日本大学準硬式野球」、選手たちのプレーそのものがダイバーシティを体現
11月21日、朝8時50分。晴天の阪神甲子園球場に「よし、さあいこう!」という掛け声が響きわたります。そして主審がプレーボールを宣言。バックネット裏の一塁ベンチ寄り、三塁ベンチ寄りのスタンド席に陣取るブラスバンドが演奏がスタートさせると、球場全体が一気に活気づきます。楽曲を奏でるのは、関西学院大学、同志社大学のブラスバンドです。「狙い撃ち」「アルプスいちまんじゃく」など野球応援の定番曲を演奏し、「かっとばせ」と声を上げて選手たちを鼓舞します。
同球場で開催されたのは「三機サービス杯 全日本大学準硬式野球 東西対抗日本一決定戦甲子園大会」と「第42回全日本大学9ブロック対抗準硬式野球大会 決勝戦」。各地域の大学選手たちが東西のチームに分かれて対戦する「東西対抗日本一決定戦甲子園大会」では、東日本選抜が西日本選抜に3対0で勝利。各連盟地区の選抜9チームのうちの2チームが予選リーグ、準決勝を勝ち抜いて激突した「第42回全日本大学9ブロック対抗準硬式野球大会 決勝戦」では、全九州選抜が全関西選抜を5対3で下して優勝を果たしました。
「ジュンコー」の略称で親しまれている、全日本大学準硬式野球。使用される準硬式ボールは、プロ野球などで使われている硬球と、学童野球の軟球の間くらいの硬さ。そのため、たとえ野球経験がなかったとしても、それほど違和感なくボールを扱うことができます。つまり準硬式野球は間口が広い球技と言えるのです。
そんな「ジュンコー」が重視しているのは、ダイバーシティ(多様性)。そのため、さまざまな経歴を持つ選手たちがグラウンドで白球を追っています。また今回の両大会に出場するチームの編成も、各大学から選手を集めた“混成チーム”です。その点でも多様性のテーマが感じられるのではないでしょうか。
もっとも印象深い出来事を挙げるとすれば、試合開始時と終了時ではスコアボードの選手の名前がガラッと入れ替わっているところです。2試合とも、回を重ねるごとに頻繁に選手交代がアナウンスされました。ベンチ入りしている多くの選手の出番が与えられました。これも、あらゆる人にチャンスや機会が与えられるべきだという、ダイバーシティを実践する上でもっとも必要な現代社会のあり方そのものです。
選手たちのプロフィールもチェックすると、東日本選抜・久保嶋真也選手(早稲田大4年)は、5歳から野球にのめり込みながらも、度重なる怪我により硬式野球を断念したそうです。怪我から復帰後、高校時代は軟式野球に取り組み、大学では「ジュンコー」の道へ。今回、念願だった聖地・甲子園でのプレーをつかみとりました。西日本選抜の松下晃大選手(香川大4年)は新たな細胞の情報を取得する研究をおこなっており、香川大大学院へ進学予定とのこと。
同選抜の中村栄太選手(福岡大3年)は、怪我が多かった自分の治療やメンタル面を支えてくれた主治医と接するなかで医師を志望することに。また、選手のなかには新型コロナの影響で高校時代、「春夏甲子園」中止を味わった選手もいるようで、悔しい気持ちを活力に変えて「ジュンコー」の舞台で躍動しています。
なぜそういった選手たちが「ジュンコー」に集うのか。理由としてあるのは「アマチュアスポーツの精神に則り学業と両立を目指す」をモットーに、いわゆる「野球漬け」ではなく、学力の充実、大学卒業後の社会進出を意識した活動を求めていること。全日本大学準硬式野球連盟が掲げるのは、「学業も本気、野球も本気、アルバイトも本気」です。一つに特化しない考え方や個々の状況・環境に配慮されている部分が、取り組みやすさに繋がっているのではないでしょうか。
一方、その信条のなかから、埼玉西武ライオンズ、広島東京カープで活躍した青木勇人元選手(同志社大出身)、埼玉西武ライオンズの大曲錬選手、オリックス・バファローズの高島泰都選手らプロ野球選手も輩出しています。
紆余曲折を経て「ジュンコー」にたどり着き、未来に向けていろんな選択肢を持つ選手たちが、投げて、打って、走る。華やかな実績をひっさげる必要はありません。野球を純粋に楽しみ、その経験をこれからの自分に、そして社会に生かそうとする気持ちがあれば良いのです。
好プレーを披露すれば讃えられ、ミスをしても「オッケー、オッケー!」と受け入れてもらえます。そのようにいろんな背景、いろんな場所から集まった選手たちがチームとして一体となる姿は、野球を知らない人が観戦しても心揺さぶられるものがあるはず。さらに自分の家庭、学校、職場のあり方、課題と向き合うきっかけにもなりそうです。選手たちのプレーそのものがダイバーシティを体現していると言って良いでしょう。
また「ジュンコー」で注目するべきは、選手たちだけではありません。試合前、試合中、試合後、さまざまな場面で興味深い様子を見ることができました。たとえばファールボールがスタンドへ飛んで行ったとき。スタンドでは、グラブを着用した男子学生がファールボールを追いかけ、ボールを回収し、グラウンド袖に待機する選手にトスしていました。プロ野球であればボールボーイのスタッフが対応しますが、「ジュンコー」はその役割も学生たちが担います。
ほかにも女子学生がネット越しにカメラを構えて一球一打を撮影したり、取材に訪れた記者の誘導を学生がおこなったり、試合後は複数の学生がトンボを手に素早くグラウンドを整備したり。なんと、塁審も学生が務めていました。ちなみに「ジュンコー」の情報が掲載されているWEBメディア「JUNKO WEB」の記事制作も学生が担当しているそう。グラウンド内外で「ジュンコー」ならではの光景があちこちに広がっていました。
試合後の閉会式では、全日本大学準硬式野球連盟の鈴木眞雄会長が「審判やボールボーイなどは全部、大学生です。大学生だけでも大会運営ができることを証明してくれました。今年のスローガンは『誰でも目指せる、準硬式野球の日本一』でした。これも学生たちが考えたスローガンです、誰でも大学の準硬式野球部に入れ、日本一を目指せます。全日本大学準硬式野球連盟は、学生がいなければ成り立たちません」と大学生たちの奮闘を讃え、全日本大学準硬式野球連盟「甲子園プロジェクト」学生委員長の鈴置結希奈さんは「私は数あるスポーツのなかでこの準硬式野球を選んだことを誇りに思います。今後も準硬式野球が注目されることを願っています」と「ジュンコー」への想いを口にしました。
多様化が進む現代において、「ジュンコー」の存在はより増していくのではないでしょうか。今後の発展に期待がふくらみます。
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