災害時、住宅確保どうする? 熊本地震きっかけに県内の不動産会社が強固に連携。現在も高齢者や低所得者、ひとり親等への住まい支援つづく 熊本県賃貸住宅経営者協会
近年、日本各地で災害が発生し、着の身着のままで家を失う被災者も多くいます。2016年の熊本地震の時、不動産会社はどのような問題に直面し、どう対応したのでしょうか。その経験には、災害に備えて構築すべき体制や、被災した後の復興に向けたヒントとなる話があるかもしれません。
被災者支援を機に、不動産会社同士が競争相手ではなく、協働の仲間として一つになった熊本県賃貸住宅経営者協会の活動について、事務局長の大久保秀洋(おおくぼ・ひでひろ)さんに話を聞きました。
災害に見舞われてきた熊本。地域・社会の課題解決に挑む、熊本県賃貸住宅経営者協会とは
熊本県はこれまでも地震や豪雨などの災害が発生してきた地域。2020年の豪雨災害は記憶に新しいところです。災害が起こるたび、建物にダメージを受けたり、倒壊したりして自宅に住めなくなった人たちがいました。その支援をきっかけに生まれたのが、熊本県賃貸住宅経営者協会(以下、経営者協会)です。
経営者協会は、熊本県下の不動産会社と賃貸物件のオーナー、弁護士や税理士、建築士といった専門家など、住まいにかかわるあらゆる立場の人たちが集まって、住まいの面から行政とともに地域・社会の課題解決に貢献する一般社団法人です。稼働するのは災害時だけではありません。平常時にも、少子高齢化が進む日本において、賃貸住宅が適正に管理・供給され、オーナーと入居者それぞれが良好な関係のなかで暮らし続けられる環境を目指しています。
2020年に一般社団法人として設立された熊本県賃貸住宅経営者協会(画像提供/熊本県賃貸住宅経営者協会)
お互いが「競争相手」だった熊本県内の不動産会社
全国で災害が頻発するようになった2010年よりも前、熊本県内の不動産会社はお互いを競争相手と捉え、それぞれが賃貸管理や仲介、不動産売買を行っており、協働の関係にはありませんでした。
2011年の東日本大震災や2012年の九州北部豪雨災害のときには、熊本市居住支援協議会(住まいに困っている人たちのために民間住宅への円滑な入居を支援する団体が集まった組織)に参加していた不動産会社が中心となり、被災者を支援するために社員を派遣。当時、熊本県内の不動産業界で災害時の被災者支援の受け皿となっていたのは、経営者協会の前身であり、現在の上位組織でもある全国賃貸住宅経営者協会連合会(以下、連合会)と熊本県内にあるその5支部でした。
一般社団法人熊本県賃貸住宅経営者協会が設立される前は、全国賃貸住宅経営者協会連合会の5つの支部に分かれて活動していた(画像提供/熊本県賃貸住宅経営者協会)
しかし、5つの支部同士で連携が取れておらず、当時、行政職員として被災者支援に携わっていた大久保さんは「国と各自治体との間での協議にも時間を要しており、派遣時には罹災状況に応じたスピーディーな支援につなげることが難しかった」と振り返ります。
熊本地震が発生! 不動産会社がコールセンターを設置して住まいの支援にあたる
不動産会社が連携して活動するようになったきっかけは、2016年に発生した熊本地震でした。被災した人たちは今まで暮らしていた自宅が被害を受けたため、今後の生活に不安を抱えながら避難所で過ごしていました。また、障がいのある人が避難所で過ごしにくいなどの課題も見られました。避難所の暮らしは、体力的、精神的にも負担が大きく、被災時の住まいの問題は「緊急性を要していて時間との勝負だった」と言います。
「まず、仮設住宅に入居するには罹災証明書が必要です。しかし多くの問い合わせがあるなか、自治体の職員自身も被災しているので、人的対応が追いつきません。被災した人たちの心身の健康や日々の暮らしを考えれば、仮設住宅への移行など、早急な対応が必要ですが、行政の担当者だけでは手が足りませんでした」(大久保さん、以下同)
お話を聞いた熊本県賃貸住宅経営者協会 事務局長の大久保秀洋さん(オンライン取材時の録画をキャプチャ)
震災直後、県からの要請を受け、連合会の熊本県支部の代表を務める不動産会社が、自社の会議室に被災者のためのコールセンターを開設。発災から10日後には電話とFAXによる相談の受付を開始したそうです。さらにはこの対応に、全国各地から多くの不動産会社の社員がボランティアとして協力し、みなし仮設受付窓口の設置、避難所への出張相談など、県や市と連携して次々に必要な支援を行いました。
「私もほぼ毎日コールセンターに詰めている状態でした。なかには、自身も仮設住宅に入居しながら支援にあたった人も。地震が起こったのは4月だったので、その年に新規採用された行政職員や不動産会社の社員も支援に奔走しました。後で振り返ると、その時に入社した人たちが一番離職率が低かったようです。みんな、自分たちがやらなければ住まいの支援が行き届かないという強い思いがあったのだと思います」
不動産会社の会議室に電話とFAXを設置し、発災後10日にはコールセンターを開設した(画像提供/熊本県賃貸住宅経営者協会)
連合会の職員のほか全国各地からのボランティアも含めて1日15名以上が対応に当たり、約6カ月の間に受けた電話は約7000件、そして実際に相談対応したのは4000件以上にのぼったそうです。
被災現場で急がれた「住めるかどうか」を判断する安全確認調査
被災した住宅については、安全確認調査の実施も急がれました。
「余震によって倒壊の恐れがあるかなど、建物の『応急危険度判定』は自治体が実施しますが、その判定は『今後も住めるかどうか』の判断とは一致しません。例えば、タイルがはがれ落ちかかっていて“危険”と判定されても、その部分を取り除いて補修すれば再び住める場合や、みなし仮設住宅(※)として提供が可能な場合もあります。住まいとして利用できるかの判定には、自治体の応急危険度判定とは別に、建築士などの専門家による『安全確認調査』が必要です」
しかし、安全確認調査は建築士が一軒一軒回って調査しなくてはならないため、手間もお金もかかります。震災時には公費で全国から建築士を手配してもらって作業を進めたそう。安全確認調査によって利用可能と判断できるみなし仮設住宅の数が増え、被災者の入居に対応できるようになったのです。
震災直後に行われる、建物の応急危険度判定は、建物に入ることで危険があるかの現状を判断するもので、罹災証明のための判定や、被災建物の恒久的な使用の可否を判定するものではない(画像提供/熊本県賃貸住宅経営者協会)
※みなし仮設住宅:災害により自宅に住めなくなった被災者に対して、自治体が民間の賃貸住宅を借り上げて一時的に(原則2年間)提供する住宅
震災直後だけでは終わらない、被災者への住まいの支援
熊本地震の翌年には、連合会の熊本県支部が、熊本市の仮設住宅に入居する人たちの住まいの再建を支援する「伴走型住まい確保支援事業」の公募に名乗りを上げました。約2年半にわたって、さまざまな相談に乗り、2953世帯の恒久的な住まいの確保を支援したそうです。また同様に熊本県の「住まいの再建相談支援事業業務」も受託し、熊本市以外の地域の被災者の再建の支援も行いました。この段階では、大久保さんいわく「仮設住宅に入居した人も次の住まいに移ることを念頭に置いて、早めに動く必要がある」とのこと。
「仮設住宅に入居できれば、それで終わりではなく、あくまでも仮の住まいです。行政から提示された期限まで住めるので安心されている人もいましたが、期限ギリギリになってから次の住まいを探すと選択肢も狭まり、費用が余計にかかることもあります」
高齢者や連帯保証人がいない人などは、仮設住宅を出て一般の民間賃貸住宅に移ろうとしても、なかなか次の住まいが見つからないケースも見られました。被害を免れて入居できる物件の数が限られるなか、入居後の生活や家賃の支払いなどを懸念するオーナーや管理会社から敬遠されるためです。また、ペットと暮らしている人はさらに一緒に住める住宅が少なく、支援が遅れることもあったとか。
「このような問題に対応していくには、行政だけ、それぞれの不動産会社だけはなく、居住支援協議会や福祉関係の団体とも一緒に取り組まなければ解決はできません。支援を必要とする人に適切な情報と支援を提供するには、関係者全員が一緒に力を合わせ、行政と協力しながら進めることが必要でした」
熊本地震の翌年、経営者協会は恒久的な住まいを探すための「伴走型支援窓口」を市役所や町役場などに設置し、常駐職員約20名で対応。高齢者など、特に配慮が必要な被災者には、居住支援協議会と協働で住まい探しを支援した(画像提供/熊本県賃貸住宅経営者協会)
被災者の支援を通じて「競争」から「共創」に転換した不動産会社
そこで同じ方向を向いた共創が必要不可欠となり、経営者協会の設立へと大きく動いていきました。大久保さんは、経営者協会の存在意義について次のように語ります。
「各団体や人が、それぞれの地域や分野でどのような支援を行ってきたか、情報を共有することで、その後の支援の幅が広がります。また、行政側からすると、経営者協会の1カ所に業務委託をすれば組織の会員のなかから必要な会社・団体が対応するので、スピーディーに新たな取り組みを実行できる点もメリットです」
以前は各不動産会社がバラバラに活動していたが、熊本地震以後、各不動産会社や、専門家、オーナーが一つの組織に集まることで活動の幅も広がった(画像提供/熊本県賃貸住宅経営者協会)
「熊本地震から8年が経ちますが、被災された人が落ち着きを取り戻してきたのは6年を過ぎたくらいからという感覚。被災者に対する住まいの支援は被災直後だけではない継続的な支援が必要で、そのためにも多方面の関係者と連携して事業を進められる組織体が必要だったのです」
熊本地震の経験から、全国の被災地支援に思うこと
近年はとくに地震や豪雨など、全国で災害が起こり、深刻な被害をもたらしていますが、これらは対岸の火事ではありません。自分たちが暮らす地域でも、いつか必ず起こることを前提に考えなければならないことです。
大久保さんは、不動産関係者や行政の担当者の経験の少なさから、みなし仮設住宅についての細かい手続きや災害救助法の制度自体を知らない人も多いことを危惧しています。
「平時から制度についての理解を深め、行政を含めて住まいの支援に関連する団体と顔の見える関係を築いていなければ、いざ、災害が起こったときにスムーズに動くことは難しいでしょう。日ごろから関係者同士が同じ方向性を見て互いに相談し合える体制をつくっておくことが、万一の際に被災者に寄り添う支援につながります」
2024年10月に開催された防災フェアに出展したときの様子。多くの人に被災時の避難先や応急的な住まいの選択肢について情報を届けられるように活動を続けている(画像提供/熊本県賃貸住宅経営者協会)
さらに、「災害というものは実際に経験しなければなかなか想像できないもの。今後も私たちの経験を伝えていきたい」との思いから、各地で災害が起こるたびに、大久保さんや協会の職員が現地に赴いて仮設住宅の立ち上げ支援などに参加しているそうです。
熊本地震における被災者支援を通して見えてきた課題と、経営者協会が示す解決の方向性(画像提供/熊本県賃貸住宅経営者協会)
現在、経営者協会は行政やさまざまな専門家・団体と共創し、多岐にわたり活動しています。コロナ禍によって住まいを失った人、単身高齢者、ひとり親世帯など、さまざまな理由で住まい探しに困っている人たちの居住支援のほか、相続・法務等に関する相談対応、公営住宅の管理業務の受託、熊本地震における経験を全国の地方自治体に伝えることなどです。
熊本地震をきっかけに競争から共創へいち早く動き、住まいの支援を推し進めてきた経営者協会の活躍の場面は、被災時や被災後の支援のみならず、ますます広がりを見せているようです。この経験と取り組みは、ほかの地域においても参考にできる被災者支援のヒントが多くあるのではないでしょうか。
●取材協力
熊本県賃貸住宅経営者協会
~まだ見ぬ暮らしをみつけよう~。 SUUMOジャーナルは、住まい・暮らしに関する記事&ニュースサイトです。家を買う・借りる・リフォームに関する最新トレンドや、生活を快適にするコツ、調査・ランキング情報、住まい実例、これからの暮らしのヒントなどをお届けします。
ウェブサイト: http://suumo.jp/journal/
TwitterID: suumo_journal
- ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
- 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。