横浜の戦後闇市が起源の商店街・六角橋がおもしろい! 小商いできる賃貸長屋などを地域の拠点へ。江戸時代から続く地主が奔走
渋谷と横浜を結ぶ東急東横線のひとつ、白楽駅前の六角橋には戦後闇市を起源とする六角橋商店街が現在も活況を呈しています。
この六角橋で街の文化や歴史を次世代に残していこうと、所有する不動産を活用しまちづくりに奔走するのが有限会社やまむろの取締役である山室興作さん。ご自身でも「短期的な収益を考えれば非効率」と考える丁寧な建物づくりによって、街に活気を生む拠点をつくってきました。代々続く地主だからこそ可能になるまちとの関わり方を取材しました。
既存建築の特徴をそのまま活用したロッカクパッチ
白楽駅からすぐの「六角橋商店街ふれあい通り」。幅の狭いアーケードの両側に、昔ながらの商店が立ち並ぶ(撮影/筆者)
六角橋交差点から商店街方向を見る。左手の「ふれあい通り」と右手の広い「大通り」に分かれている(撮影/筆者)
有限会社やまむろの山室興作さん。自宅に併設している事務所にて(撮影/筆者)
六角橋商店街のすぐ近くに建つロッカクパッチは2階にオフィス、1階にはセレクトショップとコーヒースタンド、住居が入居する複合施設です。幾度も増築を行い、さらに蔵も併設する質屋を運営していたオーナーから建物ごと土地が戻ってきた当時、興作さんは別の土地でのプロジェクトに着手したばかりのタイミングだったといいます。
「地主といっても、地所をお貸ししている場合、そこには借地人さんの建物が数十年と建っています。その貸地がどういうタイミングで自用地になるか又はならないかは、その時々の双方の都合によりますので想定通りにはいきません。ロッカクパッチの土地は駅からすぐの場所にあるため遊休地にさせておくことができず、すぐに活用の仕方を検討しました」
残されていた建物は質屋としての機能がそのままかたちに現れたユニークなものでした。更地にして新築するよりも複雑な対応が必要なことはわかっていたものの、建物の魅力を生かした場所にしようと改修を決意します。設計を依頼したのは建築家の石井大吾さん。興作さんが建物の使い方について具体的なイメージをもっていたことから、細かな部分まで一緒にデザインを詰めていったそうです。
「石井さんとは前職のつながりでもともと知り合いだったこともあり、密にやり取りを重ねて設計を進めていきました。質屋のショーケースをそのままショップのショーケースにしていたり、物品の受け渡しをしていた窓口をコーヒースタンドに転用するなど既存建物をそのまま生かすようにしています」
ロッカクパッチ外観。1階は開放的なガラスのショーケース、2階が居住スペースだった(撮影/筆者)
右手前の、かつての質屋の窓口がコーヒースタンドとして活用されている(撮影/筆者)
ロッカクパッチに入居するセレクトショップ、「KURAAK」は代官山に事務所をもつデザイン会社が運営しています。オーナーさんはデザイナーとして仕事をするなかで、友人知人らの手掛けたプロダクトを集めて広める店舗をもちたいと考えていたそう。募集サイトで入居募集を知り、内見したところ蔵にひと目惚れして開業を決意したのだとか。店名の「KURAAK」は、「蔵が開く」という意味で付けられています。この建物との出合いがなければ生まれていなかった、唯一無二のショップです。
質屋時代のガラスのショーケースをそのままショーケースとして活用(撮影/筆者)
店内全景。オーナーがセレクトしたさまざまな雑貨が陳列されている(撮影/筆者)
蔵を活用した展示スペース。期間限定での展示やポップアップなどに利用し、メインの店舗スペースとは使い分けている(撮影/筆者)
イッタラの食器と写真家の展示。蔵の空間に合う作品や商品の展示を行っている(撮影/筆者)
質屋の建物の特徴が活用されたデザインはほかにも見られます。
「建物中央のショーケースは1段目のみを残し、外部に開いたベンチに転用しました」
ロッカクパッチの中央部分は地域に開かれたコミュニティスペースとして生まれ変わりました。駅チカかつ隣接する商店街には小さなお店が多く、ひと息つくにも手段が限られてしまっていることから、誰でも自由に滞在して良いスペースをつくりました。商店街のまちづくりに関するイベントが開催されたり、近隣の神奈川大学の展示で使用されるなど、使われ方も広がりを見せています。
商店街のイベントの際にはロッカクパッチに入居するメンバー皆で協力して出し物をするなど、新しい結びつきも生まれています。
ロッカクパッチ中央のコミュニティスペース。イベント時以外は近隣住民の憩いの場となっている(撮影/筆者)
外壁の中央部分はガラスの棚を撤去しベンチに。庇に隠れているため雨宿りもできる(撮影/筆者)
街に新たな人の流れを生み出す小商い
ロッカクパッチと同時並行で設計施工を進めていたのが、下北沢駅前の新拠点として話題となったBONUS TRACKなどを手掛ける建築家ユニット、ツバメアーキテクツに設計を依頼した「六角橋の四軒長屋」です。ロッカクパッチから徒歩10分ほどの位置にあり、小商いも可能な小規模な集合住宅として計画しました。
ここでも興作さんは、建物で行われる活動が周りに影響を与えるような土地利用を意識していました。
「ひとつの土地の運用を考えるのであれば、高層化して貸し出せる面積を最大化し、できるだけ短納期でコストを抑えることが利益の最大化につながります。しかし当家の場合は、街を長期的な視点で考えていく上で、六角橋に点在する地所を相互に結びながら活用していくことが重要だと考えています。街に人の流れが生まれて豊かになることで、エリア全体の魅力が上がっていく。そうすると保有している土地それぞれが生み出す利益の向上に寄与してくれる。新築でもリノベーションでも、いまある土地をより良い場所にしていくことを”土地を更新する”と呼んでいます。六角橋の地を少しずつ更新していってより良くしていきたい、という想いには、子どもやその先に生きる人たちのために良い街を遺してあげたいという想いも含まれています。先祖代々、地主として地域に関わり続けてきたからこそ、そのような愛着がもてるような気もしています」
四軒長屋の外観。1階と2階の階高が大きく異なる外観が目を引く(撮影/筆者)
四軒長屋は、1階が大きなガラス窓の開放的なスペース、2階が居住スペースの小さな住宅が4軒連結したつくりになっています。興作さんはツバメアーキテクツと、いくつかの土地の活用方針の全体ビジョンをつくりました。この長屋はビジョンづくりの議論を通じてまとまっていったものだそう。オープンな1階を小商いなどに活用してほしい、という意図で計画したところ、実際に1階を店舗に利用されている方もいらっしゃいます。
そのうち最も道路に近い1室に入居するのが、書店と図書室を併設した「電燈」です。2階に居住し1階を店舗として利用している電燈の店主は、このような店舗スペースを併設した住宅を探していてこちらの長屋を見つけたのだそう。本業は別にあるため、夜間や仕事がない週末にお店を開けています。
ガラス窓に手書きで書かれた店名と営業時間。本業に支障を来さない範囲で営業されている(撮影/筆者)
店内全景。こぢんまりとした店内に、選りすぐりの書籍が並べられている(撮影/筆者)
店舗奥には図書室と称し、閲覧用の書籍も配架。店主の本棚としても活用されている。左手に見える階段が居住スペースへの入口(撮影/筆者)
著者と直接やり取りをして仕入れることも多く、大手書店とは異なる個性的なラインナップ(撮影/筆者)
「以前は読んだ本の感想をインスタグラムに投稿しつつ、オンラインで書籍の販売をしていました。趣味が高じて始めた副業でしたが、店舗を構えたいなと考えていたときにこちらの物件を見つけて入居しました。自宅と別で店舗を借りようと思うと賃料が嵩んでしまいますが、ワンルームプラスアルファの金額でお店も開けるこの物件は、願ってもない好条件だったんです」
電燈への来客のほとんどは近隣の住人なのだそう。「近くを通る度に気になっていて覗いてみました、というお客さんが多く、建物のおかげなのかなと思うとありがたいです」という店主の言葉の通り、ズレながら連なる1階部分の隙間に店舗の活動が表出するようにデザインされています。
興作さんの声がけで四軒長屋の住人皆で食事会も開催。以来、住民同士で不在の際に植木の水やりをし合うなど、ゆるやかなつながりが生まれているそうです。
通りから見た外観。居住者の1階部分の活動や暮らしが表に表れるような設計(撮影/筆者)
人口減少が進むにつれて人が住み続けるエリアも取捨選択が行われていくことでしょう。やまむろが手掛けている「人の動きを生み出す」建築は、そのような状況に対する先行投資の意味をもつと興作さんはいいます。
「ロッカクパッチや四軒長屋は建物を使う人の『やってみたい』を受け入れ、膨らませていくような建築です。その分管理する立場としては個別の対応をする手間も出てきますが、それによって入居者の方との関係が生まれたり、街との関わりが増える楽しさもあります。六角橋に住む人、プロジェクトに関わる人たちと良い関係を結びながら、地主として建物よりも長いタイムスケールで街を考え、より良い六角橋を次の世代に受け渡すことができたらいいなと思っています」
昔ながらの商店街が残る街に新たな拠点が生まれている六角橋。その歴史や文化を体感しに訪れてみてください。
●取材協力
有限会社やまむろ 六角橋プロジェクト
ツバメアーキテクツ
電燈
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