築65年老朽化団地、1棟まるごと断熱リノベで暑い、寒い、カビ・結露と決別! 住人は住みながら改修・仮住まいや引越しなしで 「アンレーベ横浜星川」神奈川県横浜市
団地の老朽化や住人の高齢化が問題になっていますが、古い建物が抱える問題はそれだけではありません。住宅の性能は年々進化しているため、現在新築されている建物に比べると1950年代~1960年代(昭和20年代~昭和40年代)に建てられた古い建物が多い団地は、断熱性能がかなり低い状態。そのため、多くの古い団地で暑い、寒い、カビや結露などの問題が生じています。
そのような中、神奈川県住宅供給公社では、2018年に「アンレーベ横浜星川」の1棟丸ごとリノベーションとして外断熱改修を行いました。同社賃貸事業部 設計監理課の上田憲治さんに「お住まいの方のことを第一に考えて行った」という改修工事の経緯や手法、その効果についてお話を聞きました。
古い団地の「暑い」「寒い」「カビ・結露」問題
相鉄本線「星川」駅から徒歩14分、JR横須賀線「保土ケ谷」駅から徒歩で16分のところにアンレーベ横浜星川(旧桜ヶ丘共同住宅、1954年竣工、総戸数32戸)があります。起伏のある土地で緑に囲まれた1棟の小さな団地は築後70年が経過したとは思えないシンプルでモダンな外観。
アンレーベ横浜星川(旧桜ヶ丘共同住宅)は築70年(2024年6月の取材時点)。築年数を感じさせないモダンな外観、郊外型の団地には珍しい駅から徒歩圏の立地などに魅力を感じる人は多いだろう(写真撮影/桑田瑞穂)
ところが上田さんによれば「改修前は、ご多聞にもれず結露が原因と思われるカビが多く発生していて、例えば、長年タンスが壁に接していればタンスの裏はカビだらけ、という部屋もあった」と言います。断熱性能が十分でない住まいはコンクリートが外気の影響を受けやすく、冷暖房の効率が悪く、冬に暖房を入れてもなかなか暖まりません。また、コンクリート住宅は気密性が高いこともあり、室温や湿度により壁や天井に結露が発生する問題も生じています。換気して外の乾燥した空気を取り込めばよいのですが、部屋が寒いのでなかなかそうはいかず、結露した壁にカビが発生してしまう住戸も。
「建物の老朽化が進み、設備面でも現代の賃貸住宅と比較して性能が劣る部分がある建物を、今後も優良な公社の賃貸住宅として継続させるため建物の長寿命化や商品価値の向上を図ることを目指した事業です。改修の背景としてあったのは、建て替えても投資利回りが期待できない団地における既存ストックをどうすればこの先も有効活用できるか、ということです。
『建物寿命90年』をコンセプトに掲げ、建物を改修することでこの先の30年も、お住まいの方にとって快適な団地となることを目指しました。アンレーベ横浜星川(旧桜ヶ丘共同住宅)は今後の団地の改修モデルとするために当社の管理する団地の中で最初に外断熱改修工事に着手した物件です」(上田さん、以下同)
アンレーベ横浜星川(旧桜ヶ丘共同住宅)の設計を担当した、神奈川県住宅供給公社の上田憲治さん(写真撮影/桑田瑞穂)
団地の改修のモデルとして旧桜ヶ丘共同住宅を選んだワケ
改修モデルとして旧桜ヶ丘共同住宅に白羽の矢が立ったのは、いくつかの条件からです。まず改修時点で築60年を超えていたこと、空き住戸があること、規模が大きくなく、1棟丸ごとでの改修が可能なことなどです。
改修前の旧桜ヶ丘共同住宅の外観。よく見る古い団地の雰囲気と同様だった(画像提供/神奈川県住宅供給公社)
「改修とともに建て替えも検討されるところですが、古い団地が存続してきた数十年の間には建築基準法の改正があり、現行の法律の高さ制限などを超えている建物もあります。基準を満たすよう現状よりも建物を小さくすれば、建て替え費用に対して収益が見合わず、事業としての採算が取れなくなってしまいます。
住人のみなさんの快適な生活を守ることが私たちの第一の使命ですが、同時にきちんと収益を確保できる形でなければサービスを継続できません。長く、快適な住まいを提供できる団地のあり方を検討するためのモデルとなったと言えるでしょう」
建物寿命90年を目指した「外断熱改修」の手法とは?
快適な住まいへ改修するために旧桜ヶ丘共同住宅で採用されたのは「外断熱」工法でした。当時、全32戸のうち22戸が入居中。長く住んでいる人たちに居住スペースへの立ち入りや工事中の騒音・振動などの負担をできる限りかけないよう選択された方法です。さらに建物の構造体にできる限り荷重をかけない工法として「透湿型湿式外断熱工法」を採用しました。
構造体に荷重をかけず、騒音や振動が少ない断熱工法として東邦レオ株式会社による「透湿型湿式外断熱工法」を採用した(画像提供/神奈川県住宅供給公社)
この透湿型湿式外断熱工法は、コンクリートに高い透湿性をもつ断熱材を接着させて外壁を断熱材で支える工法です。支持金物を設置して外装材と断熱材を施工する乾式工法に比べ、建物への負担が少なく済みます。旧桜ヶ丘共同住宅では断熱等級4相当、厚さ50mmの断熱材を使用しました。
軽量の断熱材を接着し、上から塗装をしている(画像提供/神奈川県住宅供給公社)
さらに全ての住戸で窓サッシをLow-E複層ガラスを使用したものに改修。古い建物で換気設備が整っていなかったため、24時間換気設備も備え、断熱性能とともに換気性能の向上も図り、結露やカビの対策をしています。
全ての住戸の窓は断熱効果の高い複層ガラスを使用したサッシに改修。換気機能の付きの白い調整弁もついている(画像提供/神奈川県住宅供給公社)
「住人が選べるプラン」「居ながら改修」ってどうやったの?
「居ながら改修」と名づけられた旧桜ヶ丘共同住宅の改修手法は家賃がアップする「フルリノベーション」「部分リノベーション」と家賃が変わらない「必須リノベーション」の3つのプランから、住人の希望に応じて選べるようにしたものです。
「フルリノベーション」はその名の通り、居住スペース全体を変更。外断熱で覆われない、内階段側の壁も内断熱工法で屋外の暑さ・寒さをシャットアウトします。37.30平米で2DKだった間取りをスケルトン化して、現代の生活スタイルに合わせた1LDKに変え、床や天井はもちろん、キッチン・バス・トイレなどの設備も全て新しいものに替わる分、改修後の家賃が月額約1万5,000円アップすること、工事後はリノベーション済みの住戸に住み替える必要があります。
「フルリノベーション」では、建物をスケルトン状態にしてリビングとダイニング・キッチンがひと続きとなった近年のライフスタイルに合った間取りに全面変更。家事がしやすいように配慮された回遊動線になっている(画像提供/神奈川県住宅供給公社)
「部分リノベーション」と「必須リノベーション」では、外断熱と別に、希望する人のみ居住スペースに入って内廊下側に内断熱工事を実施。いずれも今まで通りの住戸に住み続けることができます。「部分リノベーション」は、間取りの変更はありませんが、サッシ交換や設備の入れ替えに加え、和室から洋室に変更するため仮住まいが必要で、改修後の家賃が月額約1,500円アップ。「必須リノベーション」はサッシ交換や設備の入れ替えのみで家賃の増額はありません。
「必須リノベーション」と「部分リノベーション」では給湯器やサッシなどの設備交換が主な工事となる。「部分リノベーション」では基本の間取りはそのまま和室を洋室に改修(画像提供/神奈川県住宅供給公社)
最終的に当時入居していた17世帯のうち「フルリノベーション」を選んだのは4世帯、「部分リノベーション」が4世帯、必須リノベーションが9世帯でした。
日々の生活で実感したその効果。「エアコンの設定温度が変わった!」
暑さ・寒さについて、断熱性能が十分でない環境に住んでいるときは「夏は暑いもの」「冬は寒いもの」と無意識に受け入れている人が多いようです。ところが「断熱工事をした後の部屋に住んで初めて、その違いを実感するようだ」と上田さんは工事前後のことを振り返ります。
「お住まいのみなさんからは『工事後の部屋に住んでみたら、エアコンの設定温度が変わった!』と喜びの声をいただきました。例えば、これまで猛暑日はエアコンの温度を24度~26度にして過ごしていたのが、断熱がしっかりしていれば外の熱を遮断し、エアコンの効きがよくなるので、27度~28度の設定でも十分涼しく過ごせるようです。
たしかに私たちも工事中の空き部屋で打ち合わせをすることなどがありましたが、エアコンがよく効くようになったな、と感じました」
フルリノベーションされた住戸の内観。工事後の空き部屋で上田さんたちが打ち合わせをしたり、内見の案内をするときなど、短い時間でも「エアコンの効きがよくなった」と感じるそう(写真撮影/桑田瑞穂)
改修を行った2018年当時に空いていた住戸は全てフルリノベーションされました。それら10戸のうち4戸は以前から住んでいた人がフルリノベーションを選択して移動。残りの6戸のうち4戸は部分リノベーションの工事中に仮住まいとして使用し、以後は入居者を募集。募集するとすぐに入居が決まるようになり、満室になったそうです。
まずは空き住戸を活用して「フルリノベーション」と「部分リノベーション」のモデルルームをつくり、フルリノベーションの工事から順に進めていった(画像提供/神奈川県住宅供給公社)
団地やマンションなど、集合住宅で快適に住み続けるために大切なこと
旧桜ヶ丘共同住宅はアンレーベ横浜星川と名前を変え、以後も退去する人がいても「募集すればすぐに入居を希望される方から連絡がある」(上田さん)という状態です。
リノベーションされた部屋は若い世代からの人気が高く、建物の問題とともに課題だった住人の高齢化にも歯止めがかかりました。改修工事の後、フルリノベーション住戸に入居した世帯は、60代以上の世帯が6世帯、20代~40代の世帯は21世帯(延べ数)と高齢者だけでなく、若年世帯からも支持を得られるようになったことでほとんど空室のない状態を維持できるようになっています。
外から窓を見るとフルリノベーションをされた部屋かそうでない部屋かがわかるという。手摺がなく窓の下半分がパネル状になっているところがキッチンに変わったフルリノベーションの部屋(写真撮影/桑田瑞穂)
それも上田さんたちが工事前から大切にしてきた「お住まいの方のことを第一に考える」姿勢の賜物と言えます。
「工事前は工事期間が11カ月と長期間に及ぶため、お住まいの方からは多くの苦情が寄せられるだろうと予想していました。そのため考えうる限り、お住まいの方への配慮を意識しながら工事を進めたのです。
ご希望に応じてプランを選べるようにしたことに加え、例えば説明会を事業の進捗に合わせて段階ごとに開催してみなさんに十分納得いただけるよう繰り返し説明しました。フルリノベーションと部分リノベーションのモデル住戸を先につくって、実際に見てからプランを決めていただくようにしたことも工夫のひとつです。
さらに全てのプランで行うサッシや設備の交換においては、事前にアンケートでお住まいの方のご都合のいい日時を伺ってご希望の日程で作業を行うようにしました。おかげさまで苦情のようなものはなく、工事が終わる頃には設計・工事監理・施工を担当した馬淵建設株式会社の現場担当者とお住まいの方とは名前で呼び合うほどの仲になっていました」
「お住まいの方からの苦情のようなものは実際にはほとんどなく、ほっとした」と嬉しそうに振り返る上田さん(写真撮影/桑田瑞穂)
上田さんは「お住まいの方に最大限配慮した対応」を「お互いの合意や丁寧なコミュニケーションが大事であることを痛感する機会にもなった」と振り返ります。
日本全国で建物の老朽化が社会問題になっている今、団地に限らず、建て替えや改修の必要性に迫られている集合住宅が多くあることでしょう。アンレーベ横浜星川は、単に老朽化して危険なところを修繕するのではなく、住む人の快適な住環境を維持・向上させるために断熱性能を上げる工事を行った結果、多くの世代に支持され空室がなくなった好例と言えます。建物を大切に使い続け、住む人の負担を減らしながら、適切な改修を行ったこの取り組みを多くの人に参考にしてほしいと思います。
●取材協力
・神奈川県住宅供給公社
・アンレーベ横浜星川
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